「どこまで踏み込む消費税論戦―参院選投開票まであと20日」

著者: 瀬戸栄一 せとえいいち : 政治ジャーナリスト
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 参院選は公示(6月24日)が3日後に迫り、投開票日(7月11日)はあと20日後に迫った。参院選で与党・民主党が単独で過半数を確保するのか、それとも国民新党などと連立しての過半数にとどまるのか、あるいは与党過半数割れの敗北に終わるのか―。

 与党過半数割れの敗北を喫すると、衆院での310議席を土台とする民主党が参院でも安定勢力を維持するためには、国民新党以外の新たな勢力との連立―政界再編を模索し一気に実現しようと動くだろう。

 そうしなければ、予算と条約承認を除くすべての法案が、衆院で可決されても参院で否決され、廃案となる。自民党を軸とする野党勢力は、この激変に対抗して民主党内にクサビを打ち込もうとするだろう。激しい勢力争奪の駆け引きが大急ぎで展開される。昨年の8月30日衆院選で民主党が圧勝し政権交代が実現する直前まで、2年間にわたり自民党政権を苦しめた「ねじれ国会」がちょうど「逆」のかたちで再現される。

▽選挙直前の消費税はタブーだった

 そして参院選の最大の争点として急浮上しているのが、消費税の税率引き上げ問題である。

 かつて衆院選や参院選の直前に争点として「消費税」を持ち出せば政権与党は敗北必至とされ、実際に惨敗した。古くは1979年、大平正芳首相(故人)が消費税に言及しながら解散―総選挙を断行、自民党の過半数割れと引き続く「40日間抗争」を巻き起こした。この抗争は首相指名のための衆院本会議で現職首相の大平氏と前任首相の福田赳夫氏(故人)の二人が自民党の首相候補として指名争いをするという前代未聞の「事件」にまで発展した。

 大平氏が僅差で勝って政権の座を守ったものの、その後遺症は翌年に持ち越し、通常国会会期末に野党・社会党が否決覚悟で提出した大平内閣不信任決議案が、福田赳夫、三木武夫氏らグループの欠席戦術の結果、可決された。大平首相は直ちに衆院を解散、総選挙に打って出たが、初の衆参ダブル選挙として行なわれたこの選挙で自民党は圧勝した。投票前に大平首相は心筋梗塞で入院、急死した。

 選挙直前の、政権担当者による消費税引き上げ言及はこのとき以来、タブーとなった。故竹下登首相が1988年暮れ、ついに消費税3%の税制改革を実現させたが、翌89年4月、リクルート事件の余波もあって、退陣を表明した。

▽10%発言で9ポイント下落

 6月8日の首相就任後、菅直人首相は「(消費税引き上げを含む)税制改革による強い財政」を正面から掲げた。自民党がマニフェストで「10%」という消費税の目標を掲げると、素早く飛びつき「参考にしたい」と述べた。野党の自民党だけが10%の消費税を打ち出しても衝撃度はあまりないが、政権を担当したばかりの菅直人首相が10%を参考にする、と述べると、その重みは比べ物にならない。

 さっそく、参院選での民主党への逆風が生じた。21日の朝日新聞朝刊は一面トップで菅内閣支持率「59%」が12、13日の前回世論調査からわずか1週間後の19、20日世論調査で「50%」に下落した、と報じた。消費税引き上げについて現職首相が具体的数字に言及しただけで、1週間に9ポイントも支持が下がったのである。

 だが、菅首相の「10%参考」発言は非公式のものではない。17日に参院選用の民主党マニフェストを発表した際に、首相自ら口に出した発言である。仙石由人官房長官や枝野幸男民主党幹事長らは支持率下落を見て、菅首相と協議し「ぶれない」ことを確認し合った。

▽ギリシャ危機知る有権者

 だが、参院選の民主党候補たちや応援者たちは、全国各地で公示を待たずに展開されている選挙戦のなかで、消費税の引き上げ問題にばかり訴えるわけにはいかない。選挙戦の現場では消費税はやはりタブーに近い。そこで、実施された高校無償化や子ども手当て、医療や介護を中心に民主党が掲げている目玉政策を中心に、声を張り上げる。

 政策を訴えて投票を御願いする候補者のほうも、どこのだれに投票するかを考えながら聞き入る有権者の側も、日本国の財政が危機的状況にあることは十分、知っている。ギリシャの財政破綻が欧州共同体全体の財政危機感につながり、さらに日本を含む先進諸国にとって「いま、そこにある危機」であることも知っている。

▽鳩山退陣受けすばやく動く

 ことし1月に財務相に就任した菅氏が財務官僚のデータを基に、猛勉強し、6月2日の鳩山由紀夫前首相と小沢一郎幹事長の辞意表明で自らに出番が回ってくるや否や、間を置かずに両院議員総会で代表に選出され、最も力を込めて「強い経済、強い財政、強い社会保障」を訴えている。その中心が「財政再建」すなわち「消費税率引き上げを軸とする税制改革」にあることは明白だ。

 同時に、そのための「超党派の協議機関設置」を訴えた。もちろん選挙戦を目前にして、自民党の谷垣禎一総裁ら野党側が「超党派協議」に応じてくるとは期待していない。

▽国際会議で危機を認識か

 だが参院選が連立与党側の勝利に終われば、駆け引きとか戦術を超えて、消費税協議に臨まなければならない、と計算した上での一連の働きかけであり、自民党が応じるならば「大連立的」手法で国家の財政危機に対処せざるを得ないだろう。

 昨年12月の2010年度予算編成では、前任者の藤井裕久財務相が2010年度の新規国債発行額がはじめて税収を上回ったことを明らかにしつつ、子ども手当ての導入など民主党マニフェストの公約実行のために、一般会計の歳出が過去最大の92兆円に肥大し、2010年度の国債残高は637兆円に上ることを公表した。

 当時は国家戦略担当相として傍観しいていた菅氏は、1月に藤井氏からバトンを引き継ぐや、国際会議などの場で日本の累積赤字国債が「天文学的数字」に上っていることを批判され、早急な解決策を迫られた。その総額はギリシャの比ではない。

▽大連立と顔ぶれは同じか

 菅首相は就任早々、正面突破作戦をどうやら決断した。「10%」については、自民党は「カンニングだ」と非難するが、自民党を離党し新党「たちあがれ日本」の与謝野馨元財務相らは菅首相発言を前向きに評価した。

 与謝野氏のバックには2007年11月に当時の福田康夫首相と小沢一郎民主党代表との間に煮詰まりかけた「大連立構想」を仲介した中曽根康弘元首相や渡辺恒雄読売新聞会長らが動いたとの説もある。

 菅直人首相は「進むのも退くのも速い」高杉晋作率いる奇兵隊をモデルにしている。菅氏を生んだ山口県の先輩で、明治維新の導火線の一つとなった英雄である。

▽3年前を上回る可能性

 同時に「現実主義者」の菅直人首相を支えているのが、10%発言で下落したとはいえ、まだ高率を保っている支持率である。

 発言の直前ではあるが、共同通信が12、13両日に実施した参院選トレンド調査では、このとき菅内閣支持率は64・8%の高率に達し、別のサンプル調査をした全国緊急世論調査の61・5%を上回った。

 比例代表投票先政党では民主党29・4%で、自民党14・5%の二倍に達し、選挙区の投票先候補者政党でも民主党30・6%、自民党15・7%と大差がついた。

 これらを2007年の前回参院選で計5回実施したトレンド調査と比較すると、比例代表では投票日1ヶ月前の調査で民主党は24・5%で、実際に20議席を獲得。自民党は17・9%で14議席にとどまった。その比較を単純に当てはめると、今度の参院選比例代表では民主党が23議席前後、自民党が11議席前後と推定できると専門家は見る。

 選挙区選挙でも民主党は前回のこの時期に30・6%で40議席を獲得したことを単純に当てはめるなら、今回は40議席を上回る可能性すら否定できないという。3年前の前回参院選で民主党は選挙区で40議席、比例代表選挙で20議席を取り、自民党を惨敗に追い込んだのである。

▽無党派層でも大差

 もちろん、前回と今回とでは参院選を取り巻く情勢が異なる。3年前の自民党は長期政権の驕りから脱していなかったし、今回の民主党は8ヵ月半の鳩山政権による「失敗」の直後であり、菅首相が鳩山政権の副総理だった事実がある。

 にもかかわらず、トレンド調査を点検する首相官邸には、「政権交代への期待感がまだ残っているからではないか」と楽観視し、無党派層の比例代表投票先は民主党が19・7%、自民党は8・4%とこれまた大差がついている点に注目している。

 トレンド調査は2回目が「6月19、20両日」と3回目が「7月7、8両日」に実施される。(了)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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