「一つの中国」を最も危うくしているのは誰か

――カイロ宣言・ポツダム宣言・サンフランシスコ条約をめぐる倒錯

導入

高市首相が国会予算委員会で「台湾有事」が日本の存立危機事態になりうると答弁し、中国政府がこれに強く反発するという深刻な局面を迎えている。この発言をめぐっては、日本の対中姿勢の右傾化や「一つの中国」原則からの逸脱を問題視する声が強く、とりわけ石田隆至氏の論考は、高市発言を戦後日本の植民地主義的欲望の延長線上に位置づけ、中国の立場から厳しく断罪している。

「一つの中国」を受け入れない戦後日本:石田隆至 Japan’s doublespeak on one-China principle: Ishida Ryuji

しかし、問題は本当に日本側の「曖昧さ」や「反動性」に尽きるのだろうか。むしろ本稿では、中国政府およびその代弁的言説が、カイロ宣言・ポツダム宣言・サンフランシスコ講和条約を恣意的かつ倒錯的に理解してきたこと自体が、「一つの中国」論を内側から危うくしているという点を指摘したい。

1 カイロ宣言の当事者は「中華民国」である

まず確認すべき基本的事実がある。1943年のカイロ宣言に参加した「中国」の代表は、蒋介石率いる中華民国政府である。当時、中華人民共和国は存在していない。したがって、仮にカイロ宣言において台湾の「中国への返還」が語られていたとしても、その返還先は中華民国以外にはありえない。

ところが今日、中国政府は、カイロ宣言をあたかも中華人民共和国の領有権主張の直接的根拠であるかのように用いる。しかしこれは、歴史的当事者関係を無視した後付けの読み替えにすぎない。ここにすでに、重大な論理の飛躍が存在する。

2 ポツダム宣言は「戦争目的」の確認であって領有権確定ではない

ポツダム宣言第8項は、カイロ宣言の条項が履行されるべきことを述べているが、これはあくまで戦争終結の条件を示したものであり、領有権移転を法的に確定する条約ではない。国際法上、領土の帰属は講和条約によって確定されるのが原則であり、宣言文それ自体に直接的な物権変動効はない。

ポツダム宣言を根拠に「台湾は当然に中国の領土となった」と主張することは、戦争目的と戦後処理の区別を意図的に曖昧化する行為である。

3 サンフランシスコ講和条約を否定すれば、戦後秩序は崩壊する

石田氏は、中国政府の立場にならい、サンフランシスコ講和条約を「不法」「無効」と位置づける。しかし、この主張が意味するところを、どこまで自覚しているだろうか。

もし同条約が無効であるなら、日本は法的にはいまだ連合国の占領下にあり、台湾も朝鮮半島も、日本が放棄したという効力自体が消滅する。すなわち、台湾も朝鮮半島もいったん日本に帰属した状態に戻し、そこから改めて戦後処理をやり直す以外に筋道はなくなる。

これは、中国にとって到底受け入れ可能な帰結ではない。サンフランシスコ講和条約を否定しつつ、その成果だけを前提に「台湾は中国の領土だ」と主張することは、論理的に成立しない。

4 中華人民共和国は「包括的承継国家」ではない

1971年の国連総会決議によって、中華人民共和国は「中国の唯一の合法的代表」となった。しかし、これは国連における代表権の承認にすぎず、中華民国のすべての国家的権利義務を包括的に承継したことを意味しない。

現に、中華人民共和国は、台湾が有してきた対外債権債務や条約上の権利義務を引き継いでいない。にもかかわらず、領有権だけを都合よく「承継」したと主張するのは、国際法上きわめて不自然である。

ここには、「中華民国を承継した」と言い切ることも、「承継していない」と認めることもできないという、中国側の構造的自己矛盾がある。

想定される反論について

本稿の議論に対しては、いくつかの反論が予想される。

第一に、「国際法とは結局、戦勝国が作った秩序にすぎない」という主張である。確かに、サンフランシスコ講和条約が冷戦下の政治的産物であったことは否定できない。しかし、それを理由に同条約を「不法・無効」と断じるならば、戦後国際秩序そのものを根底から否定することになり、台湾のみならず朝鮮半島や日本の主権回復の正当性まで同時に失われる。この帰結を引き受けない限り、条約否定論は自己矛盾を免れない。

第二に、「中華人民共和国は中華民国を当然に承継した」という政治的事実論がある。しかし、国際法において国家承継は自動的・包括的に生じるものではなく、実際に中華人民共和国は台湾が有してきた対外債権債務や条約上の地位を引き継いでいない。承継を主張するのであれば、その範囲と法的根拠を明示する責任がある。

第三に、「台湾問題は中国の内政問題であり、外部が法理を持ち出すこと自体が内政干渉だ」という主張も想定される。しかし、台湾の地位が国際条約と戦後処理の帰結として形成されてきた以上、その法的整合性を検討すること自体が内政干渉に当たるという論理は成立しない。むしろ、国際法を援用して主張する以上、その整合的解釈から逃れることはできない。

結語

石田隆至氏の論考は、日本の曖昧さや保守政治家の歴史観を厳しく批判する。しかし、カイロ宣言・ポツダム宣言・サンフランシスコ講和条約をこのように恣意的に接合し続ける中国政府自身の態度こそが、「一つの中国」論を最も不安定なものにしている。

カイロ宣言の当事者は中華民国であり、ポツダム宣言は戦争目的の確認にすぎず、サンフランシスコ講和条約を否定すれば戦後秩序は崩壊する。さらに、中華人民共和国は国連代表権を引き継いだにとどまり、国家としての権利義務や領有権を包括的に承継したわけではない。これらの点を直視せず、「一つの中国」だけを結論として先取りすることは、法理ではなく政治的呪文に頼る態度である。

日本が台湾の地位について法的確定を避けてきたのは、植民地主義的未練というより、戦後国際秩序に内在する未整理の矛盾を不用意に爆発させないためでもあった。

「一つの中国」を本気で守りたいのであれば、まずその法的基盤を誠実に語り直す必要がある。

さもなければ、その原則は、中国を守る盾ではなく、自らを傷つける刃として作用し続けるだろう。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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