「世を去った人達を思う──古い抜粋から」……周回遅れの読書報告(その57)

 事情があって、作業部屋に置きっぱなしにしておいた資料を片付けなければならなくなった。その中に書き溜めていた古い抜粋ノート(ファイル)があった。何年かぶりに抜粋ノートを開いてみた。その中に出てくる多くの関係者がもうこの世を去っているのを知った。この抜粋ノートを作ったのが随分と昔のことで、それから何年もこのノートを開いたことがなかっただということでもあり、私の世代の少し上の人たちが次ぎ次ぎと世を去っているということでもある。
 抜粋ノートの最初に出てくるのは、篠原三代平氏の『長期不況の謎をさぐる』(勁草書房、1999年)である。篠原氏のことは「周回遅れの読書報告(その49)」でも触れた。その時、対象としたのは、『成長と循環で読み解く日本とアジア』(日本経済新聞社、2006年)だった。この本はその7年前のものである。篠原氏は1999年にはもう80歳になっていた。ノートの中では、この本の内容に言及することはあまりなく、80歳になる篠原氏がこういう本を書いたということに驚いて、こう書いている。「年をとっても気力と集中力があれば、これだけのことができるのだ」。ひるがえって今、自分が80歳になったとき、これがけのことができるかと自問すると、「多分、無理だ」という情けない答えしか返ってこない。そんな気力と集中力は今でももうないのだから。
 1998年10月にこぶし書房のPR用のパンフレット「場」の第8号を貰った。その中に、同書房が刊行した甘粕石介『ヘーゲル哲学への道』に対する読者からの通信として、弁護士・馬場正夫氏の次のようなものがあった。「学生時代(戦前)に入手した初版本を失い、多年入手を希望していただけに書店で知り早速入手しました。これから50数年ぶりに再読にかかりたく思います」。これを読み、私も『ヘーゲル哲学への道』を購入した。しかし、難解さに閉口し、ついに途中で読むのを断念した。馬場氏はほとんど無名の町ベン(市井の弁護士)として生涯を過ごした。たまたま氏と面識があり、翌年に一緒に会食する機会があった。その席上でヘーゲルのことを聞こうと思った。そしたら馬場氏は「僕は本当はヘーゲルじゃなくて、カントなんです」と言われた。ヘーゲルは追加的なものと知って、更に驚く。抜粋ノートにはそう書いてある。馬場氏はこの時、すでに80歳近かった。そしてその数年後に世を去られた。老境に至って、なお自分の本来の関心外の専門書を贖い、読もうとするその姿勢には(多分、自分にはできそうもないこともあって)感服する以外にはない。
 馬場氏と同様、篠原氏ももう世を去られた。このノートの最後に「人間、一生勉強である。やろうと思えば死ぬまで『学徒』であり続けられるのである。篠原氏や馬場氏をみて、つくづくそう思った」と書いた。1999年の9月のことである。それから19年前近くが経過した。まだ80歳にはかなり時間がある。それでも、「お前は今でも『学徒』か」と仮に問われたら、「そうだ」とは到底答えられない。今書いているように、古い資料から駄文をまとめるのがやっとなのである。それを思うと、生涯を閉じる直前まで、読んだり書いたりしていて、「生涯現役」のままだった、古い先輩たちの凄さを実感する。「だったら、お前も少し反省して、もう一度『学徒』になってみたらどうだ」と言われそうだが、それができれば苦労はない。「生涯現役」の方法よりも、今は「どうやったら、人々の前から静かに消えることができるか」ということのほうに関心があるという、情けない状況にある。

  篠原三代平『長期不況の謎をさぐる』(勁草書房、1999年)
  甘粕石介『ヘーゲル哲学への道』(こぶし書房、1996年)

 

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