ここに紹介するのは、韓国の文在寅大統領が昨年(2017年)12月15日に、訪問先の中国・北京大学で行った講演の一部です。翻訳したのは立命館大学コリア研究センター上席研究員の波佐場清氏で、同氏はこれを同年12月17日付の自らのブログ「コリア閑話」http://hasabang.blogspot.com/2017/12/blog-post.html
に発表しましたが、その内容には文大統領の政治理念や外交政策、さらに韓国と中国の関係を知る上でまたとない情報が含まれていると思われますので、同氏の許可を得て、転載させていただくことにしました。(編集委員会・岩垂弘)
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韓国の文在寅大統領は12月13日~16日、中国を訪問。習近平国家主席と会談したほか、日本の植民地期に独立運動をたたかっていた大韓民国臨時政府の最後の拠点、重慶市を訪れて「韓国建国のルーツ」と向き合うなど「歴史色」の濃い旅となった。
文大統領訪中のそんな色合いは、大統領が15日に北京大学でおこなった講演からもうかがえた。その内容は、歴史認識で日本が「修正主義」に立つ限り、韓国はますます日本から遠ざかり、中国に近づいていくであろうことを予感させる。
北京大学の学生、教職員らに「韓中青年の力強い握手、共につくる繁栄の未来」と題して話した講演で、目についた部分を以下に抄訳しておきたい。韓国大統領府のHPの講演文をテキストとして使った。http://www1.president.go.kr/articles/1784
北京大学で講演する文在寅大統領=青瓦台HPより
■日本の陸軍大将らを殺傷した民族の英雄
私が中国に到着した13日は「南京大虐殺」80周年を追慕する日でした。韓国人には中国の方々が味わったこの悲惨な事件に深い共感と同情の気持ちがあります。この不幸な歴史で犠牲になったり、今も痛みを抱える方々にご慰謝の意を申し伝えたく存じます。
このような不幸が二度と繰り返されないよう、私たち皆が過去を直視し、省察しながら東北アジアの新しい未来への門、協力の門を大きく開いていかなければなりません。
1932年4月29日、上海の虹口公園で朝鮮の青年、尹奉吉が爆弾を投げつけました。そこで催されていた日本の戦勝祝賀記念式(ママ)を膺懲するためでした。尹奉吉は韓国独立運動史における英雄の一人です<*>。
彼の行動によって韓国の抗日運動は中国といっそう固く手を取り合うこととなりました。尹奉吉は現場で捕まり、死刑にされましたが、いま魯迅公園と名前を変えた虹口公園には彼を記念して梅園という名の小さな公園がつくられています。誠にありがたいことです。
<*訳注>尹奉吉(ユン・ボンギル/1908~32)は、韓国忠清南道出身。中国に渡り、上海の大韓民国臨時政府で活動していた独立運動家金九(1876~1949)の指令を受け、1932年4月29日、上海虹口公園で開かれた「天長節祝賀会」に集った日本の要人たちに手榴弾を投擲した。これによって、上海派遣軍司令官陸軍大将の白川義則ら2人が死亡。ほかに第3艦隊司令長官海軍中将野村吉三郎(のちに外相、駐米大使など)、第9師団長陸軍中将植田謙吉、上海駐在公使重光葵(のちに外相など)ら多数が負傷、野村は隻眼となり、重光は片足を失った。尹奉吉は現場で逮捕され、上海派遣軍軍法会議で死刑判決。大阪衛戍刑務所をへて同年12月、第9師団の駐屯地だった石川県金沢市の軍法会議拘禁所へ移され、同市内で銃殺刑に処せられた。
■韓中が協力し合った歴史
同様に、韓国にも中国の英雄たちを称える記念碑や祠(ほこら)があります。三国志演義の関羽は忠義と義理のシンボルとしてソウルの東廟はじめ各地に関帝廟が設けられています。
韓国全羅南道莞島郡では壬辰倭乱[文禄・慶長の役]の際、秀吉の軍を撃破した朝鮮の李舜臣将軍と明国の陳璘将軍をいっしょに称える事業が進んでいます。韓国ではいま、陳璘将軍の子孫2千余人が暮らしてもいます。
光州市には中国人民解放軍歌を作曲した韓国の音楽家、鄭律成を記念する「鄭律成路」があり、いまも多くの中国人がそこにある彼の生家を訪ねています。
毛沢東主席が率いた長征には朝鮮の青年も加わりました。韓国の抗日軍事学校だった「新興武官学校」の出身で広州蜂起(広東コミューン)に参加した金山<*>です。彼は延安で抗日軍政大学の教授を務めた中国共産党の同志です。
私はおとといの13日、彼の孫の高雨原氏に会いました。その方は中国人ですが、朝鮮人だった祖父を尊敬し、中国と韓国の間の深い友情に包まれて暮らしておられます。
<*訳注>金山(キム・サン)は、米国人女性ジャーナリスト、ニム・ウェールズの『アリランの歌―ある朝鮮人革命家の生涯』 の主人公であり、共著者。
中国と韓国は近代史の苦難をいっしょに味わい、克服した同志です。私は今回の中国訪問がこのような同志的信義に基づき、両国関係をもう一段階高める出発点となるよう希望します。また、私は中国と韓国がかつて「植民、帝国主義」に共に打ち勝ったように、いま東北アジアが直面する危機をいっしょに克服していくことを願っています。
■戦争再発はあってはならない
北朝鮮は今年に入ってからだけでも15回にわたって弾道ミサイルを発射し、6回目の核実験を敢行しました。とくに先ごろ発射したICBM級ミサイルは朝鮮半島と東北アジアを越え、世界平和に対する深刻な危機となっています。
北朝鮮の核・ミサイル問題は単に韓国だけの問題ではありません。北朝鮮は中国とも接しています。北朝鮮の核開発とそれに伴う域内緊張の高まりは韓国だけでなく、中国の平和と発展にも大きな脅威になっています。
韓中両国は北朝鮮の核保有はいかなる場合も容認できず、北朝鮮の挑発を防ぐために強力な制裁と圧迫が必要だという確固たる立場を共有しています。
また、朝鮮半島での戦争再発は決してあってはなりません。北朝鮮の核問題は究極的には対話を通し平和的に解決されなければならないという点でも深く共感しています。
私たちが望むのは北朝鮮との対立や対決ではありません。北朝鮮が正しい選択をする場合、国際社会とともに明るい未来を提供できるということをいま一度強調したいと思います。
「二人心を同じうすれば、その利、金を断つ」(二人同心、其利断金)といいます。韓国と中国が同じ心で共に力を合わせれば、朝鮮半島と東北アジアに平和をもたらすうえで、どんな困難をも克服できるでしょう。
■平昌冬季五輪を平和五輪に
私たちは朝鮮半島に平和を定着させる重要な転機を迎えています。来年2月、韓国の平昌で冬季オリンピックが開催されます。平和を愛する世界のスポーツ関係者らは平昌冬季五輪が平和五輪として成功することを望んでいます。
去る11月13日、国連総会でオリンピック休戦決議案が193加盟国のうち中国を含む157カ国の共同提案で、表決なしに満場一致で採択されました。これは朝鮮半島の平和に一歩近づくことを願う世界の人々の念願を反映したものと考えます。
また、2020年には東京で夏季五輪、2022年にはここ北京で冬季五輪が開催されます。東北アジアで連続して開かれるオリンピックの成功を、朝鮮半島と東北アジアの平和と共同繁栄をはかるよい機会としていくよう、提案したいと思います。
■人生楽在相知心
王安石の詩、明妃曲の一節が思い浮かびます。「人生楽在相知心」(人生の楽しみは知己を得ることにある)。私は中国と韓国が「易地思之」(相手の立場に立って考えてみる)の関係へと発展することを願います。
人と人の関係と同様、国家間の関係にも困難なことは常にあり得ます。しかし数千年にわたって続いてきた韓中間の交流の歴史は、両国間の友好と信頼は決して容易に揺るぎはしないことを証明しています。
私は「疎通と理解」を国政運営の基本に据えています。これは、国と国の関係にあっても同じことだと考えます。両国があらゆる分野で心を開き、お互いの声と考えに耳を傾けるとき、誠意ある「戦略的疎通」が可能となるでしょう。
指導者間、政府間、そして国民一人ひとりに至るまで両国が緊密に意思を通い合わせ、相互理解を深められるよう努力したいと思います。私は、私たち両国が困難を克服し、平和と繁栄の運命を共に切り開いていくことこそが両国民共通の願いであり、歴史の大きな流れであると信じています。
そのためには両国間の経済協力と同レベルにまで政治と安全保障の分野における協力もバランスよく発展させていく努力が求められるでしょう。
■「地上にもともと道はなかった…」
25年前の国交正常化が何の困難もなく達成されたものではなかったのと同様、両国が共に開いていくべき新しい25年も多くの人々の努力と熱誠を必要としています。ここにいる皆さんこそ、まさにその主人公となるのです。
韓国でも広く知られた中国の文豪、魯迅は言っています。「地上にもともと道はなかった。歩く人が多くなれば、それが道になるのである」<*>と。
<*訳注>魯迅著『故郷』の締めくくり部分からの引用。
未知の未来を切り拓く皆さんのチャレンジ精神が中国と韓国の「新しい時代」を引き寄せるものと信じます。皆さんの熱誠と明るい未来が韓中関係の新しい発展につながることを祈念致します。
<波佐場 清氏の略歴>はさば・きよし。1947年石川県生まれ。71年朝日新聞入社。大阪社会部員、AERAスタッフライター、ソウル支局長、編集委員など。定年退職後、神戸大客員教授などをへて現職
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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