2011年度政府予算案が3月1日未明、衆院本会議で可決され攻防の舞台は参院に移った。本会議の採決で、与党民主党の会派離脱組の16人が欠席し、野党側の熱い視線を浴びたが、衆院で圧倒的多数を持つ民主党議員の賛成で可決となった。
これで菅直人首相らがホッと一息ついたわけではない。政府予算案の本体は憲法の規定で衆院可決の30日後(つまり3月末の年度内)に自然成立するが、裏付けとなる予算関連法案については民主党が参院で過半数を失っているため、成立の展望、確信は得られていない。
中でも国債発行による予算の歳入を確保するための特例公債法案は、自民党や公明党はもちろんのこと、社民党なども強く反対しており、いまのところ成立させるメドは五里霧中である。さらに民主党の目玉政策である子ども手当て法案も修正抜きでは到底成立しそうにない。
民主党はこれら26本の予算関連法案をめぐり、できるだけ早期に衆院を通過させ、参院審議を経て何らかの戦術で成立を図らねばならない。最もたやすい戦術は衆院21議席の公明党が民主政権に協力し、民主、国民新と公明で参院過半数を確保することだが、公明党は4月の統一地方選を目前に与党に対して厳しい姿勢をとらざるを得ず、公明党の協力は少なくとも現時点では望み薄だ。どの党よりも地方選を重要視する公明党・創価学会は少なくとも統一地方選の前半戦で好成績を収めるまでは、民主党に協力してくれそうにない。
▽自民は政権奪還に突進
自民党は専ら予算関連法案の難航をテコに菅首相あるいは後継の首相に絶え間ない攻勢をかけ、解散・総選挙に追い込むことを最大の目標に掲げている。2009年衆院選の惨敗で民主党に政権を奪われた自民党は、できる限り早期の衆院選でいまの与野党議席を逆転させ、政権の座を取り戻そうと懸命だ。2005年の小泉郵政選挙の圧勝で獲得した議席が回復すれば、民主党は政権の座から転落し、二年ぶりで与党に返り咲くことができる。だから2011年度予算審議で自民党が妥協の手を差し伸べる可能性は限りなくゼロに近い。
自民党にとって幸いなことに、直近の世論調査で自民党は僅差ながら民主党を上回っている。菅内閣への支持率も20%を切った。このチャンスを逃したら当分、自民党の議席奪回は無理と見ており、参院での予算審議が近く始まれば論客をそろえて菅政権に猛攻撃をかける腹だ。
▽ぎりぎりの衆院3分の2
菅内閣にとって2011年度予算関連法案を成立させるもう一つの方法は、参院で否決された法案を衆院に差し戻し、3分の2以上の賛成による再可決によって成立させるやり方だ。ところがこの手法を多用した自公政権と違って、民主・国民新政権は衆院のトータルで3分の2を切っている。3分の2は、318議席である。民主の307に加えて国民新の4、無所属の2と衆院議長の1議席を差し引けば、欠員が2なので、全議席477の3分の2という計算になり、ぎりぎり「5議席」足りない。
そこで社民の6議席の賛成に期待しているのだが、普天間飛行場の移設問題をはじめ法人税の5%引き下げや膨大な国債発行など、社民党側に次々と民主党政権への反発材料が出て、今の時点では社民の協力にも期待できない。
▽思わぬ16人の造反欠席
そこへ持ってきて民主党の小沢一郎グループから16人の比例代表選出新人が会派を離脱している。民主党そのものを離脱していないので、そこが菅執行部による切り崩しの材料だが、1日未明の衆院本会議では16人がこぞって予算案採決を欠席し、執行部にとって油断できない状況が生まれた。
この16人が予算関連法案の衆院再可決でも欠席すれば、社民党の6議席が仮に協力してくれても、3分の2以上は絶望的である。そこで、菅首相としては再び公明党への協力期待を復活させ、4月の統一地方選が終わった時点で改めて子ども手当て修正などを軸に公明側に働きかけ、衆院公明党21議席の賛成に賭けるハラ積もりとみられる。
▽糸を引いた小沢氏
16人は全員が比例代表選出で、代表代行として2009年衆院選で小沢氏がかき集めた議員たちだ。名前も顔も多くの国民が知らない人ばかりだが、小沢氏への執行部による処分決定(裁判終了までの党員資格停止)に抗議して決起した。小沢氏とは相談せずに造反行動を決意したことにしているが、だれが考えても背後で糸を引いているのは小沢氏であろう。離党はしないが会派を離脱して本会議での予算採決にそろって欠席するなどという「高等戦術」は長年、永田町を引っ掻き回してきた小沢氏でなければ思いつかない。
16人を除名処分にするにしても、菅首相の足元は「307マイナス16イコール291」となり、政権基盤がその分だけ弱くなる。裁判開始を前に小沢氏が指揮した造反の動きと見ざるを得ない。
▽竹下首相の取引
かつて1989年にリクルート事件や消費税、農産物自由化で支持率をわずか3%にまで引き下げた竹下登首相は、この年4月に退陣を表明、それと引き換えに予算案、関連法案を成立させた。自民党が半永久的に政権の座にいた時代には、こうした取引が可能だった。しかし、竹下氏が自ら「早大閥」を基準に後継総裁―首相に選んだ宇野宗佑氏はその夏の参院選で自らの女性スキャンダルによって惨敗。直ちに退陣表明し、竹下氏は宇野首相の後釜にやはり早大出身の海部俊樹氏を据えた。
菅首相にとって自分の退陣と予算・予算関連法案の成立を取引材料にできなくはないが、自民党の竹下氏が自分の後任に宇野・海部両氏を充てることができたのは、自民党が専ら政権を担当し竹下氏自身が当時の社会党や公明・民社両党など野党との間に密接なパイプをもっていたからだ。
▽渡部、仙石氏らも菅退陣へ動く
こうしたいきさつを熟知している渡部恒三元衆院副議長などは早くも予算関連法案成立のための菅首相退陣もやむなしと述べた。問責可決で官房長官の座を失った仙石由人氏は、持ち前の権謀術数を駆使して、菅氏から前原誠司外相へのバトンタッチを工作している様子だ。
菅首相にとって怖いのは16人の造反よりも渡部、仙石氏らのバトンタッチ戦術で、予算との引き換えに首相の座を失うことであろう。(了)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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