企業活動のあり方としてCSR(Corporate Social Responsibility・企業の社会的責任)が問われるようになって久しい。最近では企業とNPOとの協働事業も盛んである。経済団体の一つ、企業経営者個人の集まりである経済同友会主催のシンポジウム「テーマは企業とNPOの協働~CSRで企業は強く、社会はより良く~」を聴く機会があった。
基調講演「善意や志が循環する社会をめざして~新しい時代の企業とNPOの戦略的連携~」に続いて、大企業とNPOとの協働事業に関する現状報告があった。いずれも21世紀の今日における企業の社会的責任とは何か、を改めて問い直す形となった。(2010年12月18日掲載。インターネット新聞「日刊ベリタ」に転載)
2010年12月16日東京都内で経済同友会(代表幹事・桜井 正光リコー取締役会長)主催の第4回CSRシンポジウムが開かれ、企業とNPO(特定非営利活動法人)のプロジェクトリーダーがCSRに関する協働事例を発表した。登場した企業は武田薬品工業、日本電気(NEC)、三菱地所の3社で、以下、企業別の協働事例を紹介する。
▽ 大企業とNPOとの協働事例
(1)武田薬品工業とNPO・市民社会創造ファンド(2002年設立。NPOの資金源を豊かにすることを目的とする特定非営利活動法人)=協働事例は「タケダ・ウエルビーング・プログラム~長期療養の子供たちに生きる力を~」
武田薬品工業の経営理念は「優れた医薬品の創出を通じて人々の健康と医療の未来に貢献する」で、その具体化の一つが協働事例として発表された「長期療養の子どもたち支援」だ。
次のような事例が挙げられている。
・闘病中の子どもたちに笑顔を届けるホスピタル・クラウン(注)の養成
(注)クラウン(道化師)が入院中の子どもたちを訪れて、パフォーマンスを行う活動
・遠隔地から高度専門病院に通う子どもとその家族への宿泊施設の提供
・病気の子どもの兄弟の支援
・入院中の子どもと遊ぶボランティア派遣
このような特別な支援が必要な背景として次の諸点が挙げられている。
・痛い治療やつらい副作用が避けられないこと
・学校に行って、友人と学び、遊ぶという普通の生活ができないこと
・家族にとって仕事が多忙のため、病院へしばしば面会に行くことが難しいこと
以上の支援活動は市民社会創造ファンドが担当し、武田薬品工業は寄付によって助成する。助成金総額(2009年)は700万円で、助成件数は5件程度。
(2)日本電気(NEC)とNPO・マドレポニータ(2007年設立。出産後のヘルスケアを開発、研究、普及する特定非営利活動法人)=協働事例は「NECワーキングマザーサロン~子育てしながら働く女性を応援、多様性豊かな社会へ~」
ワーキングマザーサロンは北は岩手県から南は福岡県まで全国49地域で展開、サロン開催回数も計225回(2009年9月から2010年11月までの間)、参加者数も計1399名にのぼった。育児中の漠然とした不安・悩みを自己解決することをめざすもので、次のようなプログラムの構成になっている。
・「自分はどうありたいのか?」と自分自身に向きあうこと
・自分の思いを表現し、仲間と分かち合うこと
・深いつながりが地域で生まれること
「育児中は不安がいっぱい」というのが働く女性たちの悩みで、インターネットでいくら情報収集しても、話せる人、話せる場がないと、情報に翻弄(ほんろう)されるだけで不安は解決されないという認識に立っている。
さらに心身ともに健康でスムーズな職場復帰を支援することも重要な課題である。そのためにはマザーサロンが表面的な情報交換で終わることのないようにすること、愚痴・不満などの井戸端会議にしないこと―が大切になる。
その知恵が「共に育む」ための地域ごとのネットワーク作りであり、それを手助けするのが公募によって選抜された女性のファシリテーター(お助けウーマン、2010年度16名)だ。主役はあくまでも育児中の母親で、ファシリテーターは育児中のサロン参加者に対し話し、表現する機会を提供するにとどまる。
(3)三菱地所とNPO・えがおつなげて(2001年設立。山梨と東京を中心に都市と農村のニーズと資源をつなぐ活動を行う特定非営利法人)=協働事例は「空と土プロジェクト~都市と農山村がお互いに元気になる社会に向けて~」
三菱地所の社会貢献活動は、①社会的課題の解決=社会の持続的な発展がない限り、企業の経済的な繁栄はあり得ない、②企業価値の向上=多様な価値観や感性に触れることにより、社員の人間力が育まれ、それが事業活動に生かされるなどにより、企業としての社会の信頼を得ることにつながる―の2本柱。
その具体化の一つが「空と土プロジェクト」だ。2008年から開始したプロジェクトで、山梨県北杜市増富地区が活動の舞台で限界集落地域との交流を通して都市と農山村が共に支え合う持続可能な社会の実現に向けて以下のような活動を行っている。
・これまで三菱地所グループや東京丸の内で働くサラリーマンを中心に計20回のツアーを実施。参加人数延べ540人
・現地の限界集落地域で間伐、開墾から田植え、収穫までの農林業を体験
・間伐材や木材の活用、食材の活用など事業活動との連携も視野に入れてプロジェクトを推進
以上のような都市と農山村との交流・連携を進めつつあるNPO「えがおつなげて」は、将来構想として「都市と農山村の共生社会つくり」をめざしている。それは「日本は地下資源はないけど、地上資源は宝庫」という視点を生かす、農商工連携による農山村資源活用策で、これを進めて新たな「10兆円産業・100万人雇用の可能性」という夢を描いている。10兆円産業の内訳は農林漁業3兆円、観光・交流2兆円、建築・不動産2兆円、エネルギー・交通1兆円、教育・情報・IT・メディア等サービス分野2兆円―という。
▽ 「本業を生かす企業の社会的責任」とは
企業の社会貢献活動、いいかえればCSRに対する考え方が変化してきた。その変化は三菱地所CSR推進部によれば、次の三つである。企業内部からもこういう変化を促す動きが始まっている。
・<かつての本業から離れた分野でのCSR>から<本業を生かした「その会社らしさ」のCSR>へ
・<寄付などの資金的支援>から<その企業の多様な経営資源の活用>へ
・<思いつきの単発的な事業>から<継続性のある事業>へ
本業で大きな利益を上げながら、そのほんの一部を慈善行為風に社会に還元する時代ではもはやない。いいかれば公害垂れ流しなどに対する社会からの企業批判を避けるための一時的な便法としての社会貢献活動はもはや有効とはいえない。もちろんNPOとの協働事例はもっと増えることを期待したい。しかしここでは「本業を生かす企業の社会的責任」とは何か、を考えてみたい。以下で一つの提言を参考までに紹介する。
労働運動総合研究所(労働総研)は12月14日、「働くものの待遇改善こそデフレ打開の鍵―企業の社会的責任を問う」という提言を発表した。その骨子は以下の通り。
・日本経済の健全な成長策として①非正規雇用労働者の正規雇用労働者への転換②最低賃金1000円への引き上げ③すべての労働者の賃金月額1万円引き上げ④賃金なしのサービス残業の廃止、年休の完全取得など働くルールの厳守―が必要。
・企業が上記の社会的責任を果たした場合の経済効果は以下の通り。
試算(概算)では356万人の雇用創出、27兆円の消費需要が生まれ、これによって国内生産51兆円が誘発され、年5%を超える経済成長率が実現する。これに必要な原資38兆円は2009年までの10年間に企業が貯めた内部留保増加分195兆円の20%程度にすぎない。
この提言は景気対策であり、同時に日本経済改革案であり、働く者たちの暮らし改善策ともなっているが、それを「企業の社会的責任を問う」という視点から提起しているところに新鮮味を感じる。
様々な数字はもちろん一つの試算にすぎない。ただ企業の社会的責任のあり方として従来とは異質のこの種の具体策こそが「本業を生かす企業の社会的責任」の実践ともなり得ることに着目したい。これが新しい潮流となっていくことを期待したい。
初出:安原和雄のブログ「仏教経済塾」(10年12月18日掲載)より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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