今朝、与党が参院本会議で採決を強行し共謀罪法(形式は、「組織犯罪処罰法」改正)が成立した。身震いがする。
2017年6月15日を記憶せねばならない。この稀代の悪法を国会に提出したのは安倍晋三内閣。成立させた主力は自民党だが、自民と連立を組んで下駄の雪になり下がって久しい公明党の罪は深い。それだけではない。日本維新の会という与党別働隊の姑息さも記憶に留めておこう。
備忘録として、問題点をできるだけ簡潔に書き留めておきたい。
まずは法案審議から法成立までの手続の問題。
民主主義とは手続的正義である。民主主義の立場からは、法案審議の結果ではなく、過程こそが重要なのだ。審議とは国民の代表者による討議を意味する。充実した討議が尽くされ、その内容が国民に公開されなければならない。主権者国民は、この熟議の過程を把握して法案への賛否の意見を形成する。その主権者の意見分布が、自ずから審議に影響する。少なくとも、次の選挙における主権者の審判の判断材料となる。
ところが、共謀罪法案の審議に、手続的正義はなかった。与党は、衆院での審議30時間、参院は20時間と、強行採決までの勝手な時間設定をして、ひたすらその消化にのみ関心を寄せ、およそ真摯な議論応酬の姿勢はなかった。まったくの消化不良のまま、衆院での強行採決が行われ、参院では委員会採決すらカットされた。囁かれた「20時間で強行採決」の20時間の議論すらなかった。時間だけでなく、その討議の質も目を覆わんばかり。
私は、「中間報告」という委員会審議カットの奥の手あることを知らなかった。過去にも例があると指摘されて、思い出してみればそんなこともあったかとおぼろげな記憶があるかないか。すぐには、与党側の作戦が理解できなかった。
これは、手続的正義の観点からは、「だまし討ち」「卑劣」「姑息」「議論からの逃走」「汚い禁じ手」「究極の強行採決」…。どう言われようと、弁解の余地はない。積み残した問題山積のまま、自公は、野党との議論を避けて逃げたのだ。形式的に取り繕ってみても、実質的には手続的正義を欠いた行為。政党として、政治家として、なんと恥ずべきことをしでかしたものか。今朝成立した共謀罪法は、こんな恥ずべき手段で成立した法律だと、深く烙印を押しておこう。
「議会制民主主義の危機」「国会死にかけている」「参議院の自殺行為」などの刺激的なフレーズが、誇張に感じられない。いつから、どうして、日本はこんなムチャクチャな国になってしまったのだろう。
さて、問題は成立した法案の内容である。
内閣が提案理由とした「テロ対策」に有効かという問には、明らかに「ノー」という以外はない。しかも、この法律は不必要というだけではない。著しく危険で有害なのだ。
取って付けたような、「テロ等準備罪」という命名。名は体を表していない。批准のために必要と、共謀罪成立のためのダシにされたパレルモ条約(TOC条約)。政治的なテロ対策条約ではなく、マフィア・ヤクザの国際越境的な経済活動取り締まりが目的であることはよく知られてきた。テロ対策に役立つものではないと化けの皮が剥がれそうになって、自公勢力が幕引きに焦り出したのでもあろう。
しかし、この法が「役に立たない」というのは不正確である。刑事権力を持つ者の立場からは、非常に役に立つのだ。テロ対策にではなく、権力に抗う者、まつろわぬ者、あるいは権力から見て好ましからざる者に対する弾圧に、極めて有用なのだ。弾圧にまで至らずとも情報収集段階でこの法律は使える。
なにしろ、犯罪行為の着手以前の「準備行為」を一般的に犯罪とするというのだ。なんでも、「準備行為」として把握できる調法な法律。
「国民総監視社会」とは、現実に一億国民が監視対象となる社会ではない。権力が不都合と考えた誰でもが、監視対象となりうるということなのだ。政権に楯突きそうな人物のプライバシーを丸裸にして弱みを探し出す、そんなことをやるのに役に立つ。
権力にとって使い勝手がよいということが、とりもなおさず国民にとって非常に危険な代物ということになる。
なにしろ、犯罪行為の着手以前の「準備行為」が一般的に犯罪とされるというのだ。なんでも、「準備行為」として把握される危険極まりない法律。
集会結社の自由も言論出版の自由も、政権が嫌う思想、権力に憎まれる思想の表現の自由に意味がある。読売や産経が、権力からの弾圧を心配する必要はない。彼らはのびのびと権力の広報で紙面を飾ることができる。しかし、これを言論出版の自由が保障されているとは言わない。
反権力の表現の自由、あるいは反権威の表現の自由こそが権利として保障されることに意味をもつ。実に曖昧な、なにが犯罪か茫漠とした行為を犯罪とすることは、権力の恣意的な取り締まり対象の選択を許容することになる。権力は、いつでも好ましくないとする行為を取り締まることができるのだ。このことは、社会全体に広範で深刻な萎縮効果を及ぼすことにもなる。多くの国民が無難に、見ざる・聞かざる・言わざるを決めこむことになる。忖度の充満した息苦しい世の中になる。それは、権力にとって支配しやすい望ましい時代。
安倍晋三とその取り巻きの高笑いが聞こえる。身震いがする。
とりあえずのリベンジは、次の選挙でするしかない。東京都民には、7月2日がその日だ。
(2017年6月15日)
なお、本日付で日弁連会長声明が出ている。以下のとおり。
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いわゆる共謀罪の創設を含む改正組織的犯罪処罰法の成立に関する会長声明
https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2017/170615.html
本日、いわゆる共謀罪の創設を含む組織的犯罪処罰法改正案(以下「本法案」という。)について、参議院本会議において、参議院法務委員会の中間報告がなされた上で、同委員会の採決が省略されるという異例な手続により、本会議の採決が行われ、成立した。
当連合会は、本法案が、市民の人権や自由を広く侵害するおそれが強いものとして、これまで本法案の制定には一貫して反対してきた。また、本法案に対しては、国連人権理事会特別報告者であるジョセフ・カナタチ氏が懸念を表明する書簡を発出するという経緯も存した。
本国会における政府の説明にもかかわらず、例えば、①一般市民が捜査の対象になり得るのではないか、②「組織的犯罪集団」に「一変」したといえる基準が不明確ではないか、③計画段階の犯罪の成否を見極めるために、メールやLINE等を対象とする捜査が必要になり、通信傍受の拡大など監視社会を招来しかねないのではないか、などの様々な懸念は払拭されていないと言わざるを得ない。また、277にも上る対象犯罪の妥当性や更なる見直しの要否についても、十分な審議が行われたとは言い難い。
本法案は、我が国の刑事法の体系や基本原則を根本的に変更するという重大な内容であり、また、報道機関の世論調査において、政府の説明が不十分であり、今国会での成立に反対であるとの意見が多数存していた。にもかかわらず、衆議院法務委員会において採決が強行され、また、参議院においては上記のとおり異例な手続を経て、成立に至ったことは極めて遺憾である。
当連合会は、本法律が恣意的に運用されることがないように注視し、全国の弁護士会及び弁護士会連合会とともに、今後、成立した法律の廃止に向けた取組を行う所存である。
2017年(平成29年)6月15日
日本弁護士連合会 会長 中本 和洋
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2017.06.15より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=8689
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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