「原発の安全指針ズサンだった」と斑目委員長

福島第一原発事故に関する国会の事故調査委員会(委員長、黒川清・元日本学術会議議長)は2月15日、第4回会合を開き、原子力安全委員会の斑目春樹委員長と経済産業省原子力安全保安院の寺坂信昭・前院長を参考人に招いて意見を聴取した。
原発事故原因解明のため、国会の調査委員会の位置づけで発足。黒川委員長をはじめ、石橋克彦(地震学者)、田中耕一(分析化学者)田中三彦(科学ジャーナリスト)野村修也(中央大学法科大学院教授)ら各専門分野の10人の委員で構成する調査・検証機関だ。この日の参考人ははともに「原子力安全機関」の責任者であり、委員会では緊迫した質疑が行われた。

「やらなくてもいい」の理屈が罷り通る
先ず黒川委員長から原発事故についての総括を問われた班目委員長は、「安全審査指針に、いろいろな意味で瑕疵があったと言わざるを得ない」と答え、「明らかな誤りがあった。お詫び申し上げます」と謝罪した。津波や全電源喪失の可能性の想定が甘かった原因について、日本の官僚制の体質に触れ、安全性を徹底するより、「『やらなくてもいい』という理由付けばかりに時間を費やしてしまう」ことを認め、「諸外国では、津波や電源喪失時の対策を検討していたのに、日本は安易だった」と釈明した。
次に斑目氏はSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測システム)に関し、「計算には1時間必要で、風向きが変わる場合がある。SPEEDIが生きていたらうまく避難できていたというのは誤解だ」と述べ、住民避難に生かすのは困難だったとの見解を示した。また「SPEEDIの予測結果に頼った避難計画自体が問題で、直ちに避難するようなルールにしておくべきだった」とも付け加えており、答弁に窮した発言も目立った。

適切な対応を阻んだ組織的欠陥
班目委員長は事故後、官邸において技術的な観点から助言をする立場だったが、当時の助言の有無・内容について委員らが詳細に聞き取ろうとしたのに対し、初期の激務による睡眠不足を理由に挙げ「まったく記憶にない」「記憶にない」という答弁を繰り返した。結局のところ、ベントや海水注入の決定のプロセスは、明らかにされなかった。また、原発対策本部・事務局長だった寺坂・前保安院長は陳謝するばかりで、「情報を適切に評価・点検できなかった」と、事務系官僚の無能さを〝告白〟していた姿には驚かされた。原子力行政の怠慢と政治の劣化・官僚組織の腐敗が洗い出されたように感じた。
16日朝刊各紙の取り上げ方は平板で、もう少し問題点を報道してほしかったと思う。
4月の「原子力規制庁」発足を前にして、もっと鋭い追究姿勢を示すべきではないか。
神戸新聞18日付社説は、「班目氏は自他ともに原子力を推進してきたと認める。その人が安全審査指針の瑕疵を自覚し、不適切な場所に原発が立地しているとの認識を語った。そんな人を委員長に据えて国は何をしようとしたのか。原子力規制の誤りやゆがみを、どうただそうとしたのか。事故調は究明しなければならない。……米国では事業者の安全追求と国の規制が相互作用し、原発の安全と品質が保たれている。そう話したのは班目氏だが、日本で、なぜできないのか。そこに手をつけて出直さない限り、原発に未来はない。安易な再稼働も許されない」と指摘していたが、メディア側の反省材料も多い。

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