ちきゅう座の新年の記事を見ていていたら、「どうか」と思うものがあった。田畑光永氏の「2012年―「崩」の時代」である。氏は「民主党の・・・議員たちが駄々っ子のように消費税引き上げ反対、断固反対と騒ぎまわって・・・。消費税が上がったら自分が落選する、それだけだ」と言われるのだ。さらには「今の日本は専制君主制と変わらない。君主は勿論、国民という専制君主だ」とも。
しかし昔から「泣く子と地頭には勝てぬ」というが、いま国民が困っているのは、はたして泣く子(駄々っ子議員)なのか?それとも地頭(官僚)なのか?
少なくとも消費税増税について、様々な論議があるのだから、「消費税が上がったら自分が落選する、それだけだ」と切って捨てるのは、いささか乱暴ではないか。
議会制度の原点は『代表なくして課税なし』だと言う。政府から増税の提案があれば、議会で――あるいは世論においても――大いに議論があってしかるべきだ。それも「ならぬ」というのなら、江戸時代のように一揆でも起こすしかなくなる。
「今の日本」では「国民が専制君主」などと言われるのもどうか。「今回の原発事故」を思い出してみても、情報は官僚・企業・政界・学界の「エリート」たちが独占していたのだ。これには大新聞の方々も加わっていたから、ジャーナリストである田畑氏は、「国民が専制君主」などと勘違いされるかもしれない。しかしじっさいのところ「国民」は何も知らされず、多くの人びとが被曝したのだから、「国民」など虫けらも同様ではないのか。
さて私は、いまの財政状況がノーマルだと思っているわけではないし、何か魔法のような政策があって、問題が解決すると思っているわけでもない。しかしそれでも「今回の消費税増税案」にはいろいろの疑問がある。
第一に、ずいぶんと税金の『無駄』があるのではないか?
第二に、消費税の10%への引き上げに、『庶民』の生活は耐えられるのか?
第三に、現在の情勢下で消費税率を上げると、経済自体が失速するのではないか?
第四に、消費税を10%にすれば、『財政再建』ができるのか?
第五に、増税が必要だとして、なぜ消費税なのか?
「官僚」から十分な「レクチャー」を受けている政治家やジャーナリストには、こうした疑問はないのかもしれない。しかし私はそういう「恩恵」を受けていないので、「駄々っ子」と言われても、消費税増税に疑問を呈することにしよう。
官僚制と『無駄』
まず『無駄』について。現政権下でも天下りと補助金の関係などには手がついていない点などをはじめ、様々な指摘がなされているが、ここでは「原子力政策」と「防衛政策」について簡単に見てみよう。
まず原子力政策。野田政権は『脱原発依存』と言ったものの、じっさいには原発の再稼働をうかがっているようだ。しかし原発の継続自体が、危険性という『コスト』を無視したものであり、また「使用済み核燃料」処理や安全対策のコストを計算に入れると、『無駄』以外の何ものでもない。
さらに直接的な問題は「核燃料サイクル」。与党内でも批判が多い「もんじゅ」(すでに1兆円以上をつぎ込んでモノになっていない)が存続し、「核燃料再処理」も継続されている。この「核燃料再処理」について、元日の毎日新聞は次のようなニュースを伝えている。
「経済産業省の安井正也官房審議官が経産省資源エネルギー庁の原子力政策課長を務めていた04年4月、使用済み核燃料を再処理せずそのまま捨てる「直接処分」のコスト試算の隠蔽(いんぺい)を部下に指示していたことが、関係者の証言やメモで分かった。」「試算は通産省(当時)の委託事業で、財団法人「原子力環境整備センター」(現原子力環境整備促進・資金管理センター)が98年、直接処分のコストを4兆2000億~6兆1000億円と算定した。直接処分なら再処理(約19兆円)の4分の1~3分の1以下ですむことを意味する。」(注1)
つまり「核燃料再処理」は13兆~15兆もの『無駄』であるわけだ。(六ヶ所村の再処理工場もすでに2兆円以上の資金が投入されているが、いまだ本格稼働していない。もっとも稼働すると膨大な量の放射性物質を放出するのだが。)
当面の問題としても東電は、核燃料再処理積立金0.9兆円を積み立てているが、「核燃料再処理」を断念しなければ、これを取り崩すことはできない。結果としてそれだけ事故補償に対する財政負担は増える。多方面から「再処理引当金の取り崩し」が提案されている所以だ。(注2)
さて、「防衛関連」はどうか。昨年末政府はF35(単価99億円)を42機調達すると発表した。購入や維持にかかる総額は「試算によれば」1.6兆円とのことだ。しかしこのF35は開発が難航している未完成機。性能も納期も実際の価格も定かではない。いや、納期は守られず、価格は高騰することは確実で、性能にも?がつくというのが、「ウォッチャー」たちのほぼ共通した見方だ。それらをいっさい無視して購入を決定したのだから、この決定を防衛政策上の『合理性』から説明することは不可能だろう。米国と空自の利害が主導し、防衛産業にとっても妥協しうる内容であったということか。(注3)
そもそも防衛予算は根本的な問題をかかえている。それは初期の自衛隊の装備・編成がその後の装備・編成を大きく規定してきたため、政策・戦略上の「合理性」と防衛費の支出が著しく乖離している点だ。(この点は元防衛審議官の太田述正氏(注4)を参照。この点は石破茂氏(自民党・元防衛庁長官)の指摘(注5)も参照していただきたい。)
結局、各組織の勢力や利権のバランスが巨額の予算(H24年度の防衛関連予算案4兆7138億円)を決めているわけだ。
ここでは防衛関連を取り上げたが、こうした構造はほとんどあらゆる官庁に共通と言ってよいだろう。野田政権は「議員定数削減・公務員給与削減・農林水産系3特会統合」を改革と称しているが、これでは本質的な問題から目をそらせているのも同然。
菅政権以降、急激に官僚の影響力が復活したのは明白だが、いまや民主党政権の実体は官僚制(「ビューロクラシー」だから「官僚政」と書くべきか)そのものではないか。そして「官僚政」からすれば、『無駄』は決して無駄ではないのだろう。
消費税引き上げに、『庶民』の生活は耐えられるのか?
第二に、消費税引き上げは家計にどのような影響を与えるか。
この点については大和総研のレポート「復興増税・2012年度税制改正 -ポイント、影響、今後の課題」(11年12月22日)(注6)が詳しいので、このレポートから「40歳以上片働き4人世帯の試算結果」の部分を紹介する。
40歳以上片働き4人世帯の試算結果(2011年比を除いて単位は「万円」)
税引き前世帯年収 300 500 800 1000
2011年の実質可処分所得 281.52 434.22 641.77 767.83
2015年の実質可処分所得 257.44 402.78 600.53 696.99
2011年比(差額) -24.08 -31.44 -41.24 -70.84
2011年比(%) -8.55% -7.24% -6.43% -9.23%
消費税率引上げによる負担 -10.70 -16.76 -25.00 -29.02
このレポートの分析対象には――標題にある通り――「復興増税」・「12年度税制改正」の影響が含まれていて、消費税以外の実質所得を引き下げる要因は、「厚生年金の保険料増加」、「子ども手当の減少」、「住民税の年少扶養控除廃止」などとなっている。いずれにせよ、税引き前世帯年収300万の世帯(40歳以上片働き4人世帯)の実質可処分所得を24万円引き下げて、257万円余とする――といっても「エリート」たちには実感できないだろうが――という政策が、「やむを得ない」と言って済ませられる範囲内のものか。
もっとも与党案(民主党税制調査会「税制抜本改革について(骨子)」11年12月29日)には、「2015年度以降の番号制度の本格稼動・定着後の実施を念頭に・・・総合合算制度や給付付き税額控除等、再分配に関する総合的な施策を導入する」とあると言われるかも知れない。
しかし消費税増税が先行(14年4月に8%)するのであり、また「総合的な施策」を実効性のあるレベルで行うには、相当の予算が必要となる。マニフェストを捨ててきた民主党政権に、それを期待できると思うひとがどれだけいるだろうか。
更に問題なのは、「税引き前世帯年収」が同じでも「実質可処分所得」が大幅に減少するのだから、何か外的な所得増加要因が働かない限り、必然的にGDPも大幅に減少することになる。したがって今度は「税引き前世帯年収」自体が減少し、各世帯の所得は更に減少することは避けられないだろう。
今回はここまでにして、次回、「現在の情勢下で消費税率を上げると、経済自体が失速するのではないか?」、「消費税を10%にすれば、『財政再建』ができるのか?」、さらに「増税が必要だとして、消費税増税が妥当なのか?」を見て、最後に総括を行うことにしよう。
(注1)http://mainichi.jp/select/seiji/news/20120101ddm001040033000c.html
(注2)http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/110617_2.pdf
http://www.jcer.or.jp/column/fukao/index288.html
(注3)http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111220/plc11122022210025-n1.htm
http://podcast28.blogzine.jp/milnewsblog/2011/12/20111231_a04b.html
http://podcast28.blogzine.jp/milnewsblog/2011/12/tdmsl07w2011122.html
(注4)http://blog.ohtan.net/archives/50955777.html
(注5)http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-05-24
(注6)http://www.dir.co.jp/souken/research/report/law-research/tax/11122201tax.pdf
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1771:120105〕