2018年3月に、前年の小中学校に続いて高等学校の新学習指導要領が改定公示された。教育基本法改悪以後、2度目の学習指導要領改定で、或る意図に基づいた明らかな改悪である。今度の改定の特徴を一言で言い表せば、2006年の改悪教育基本法のねらいが全面展開したことである。
前回の文章では、高校新学習指導要領の問題点を①「道徳教育」を柱に据えたこと、その観点から新科目「公共」が設置された、②「愛国心」がいよいよ教科目の「目標」と「内容」に入ったこと(とくに「地歴」と「公民」)、③学習指導要領が教育の「方法」つまり授業や評価に関してまで一歩踏み込んだ、の3点を指摘し、地歴・公民の新科目「歴史総合」と「公共」の重大な問題点の概略について述べた。
次の課題は、その内容を詳細に検討し、批判的観点を深化させ構造化することである。その作業の手始めとして、まず昨年(2017年3月)に公示された「中学校学習指導要領」の主として総則部分に対する批判的検討を行う。「総則」部分については中学校と高校とではほぼ同一である。以下の文章は、昨年(2017年)7月時点で作成したものである。
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《1》概観
2017年3月改定告示の小学校・中学校新学習指導要領は、道徳の教科化のみならず、事前に「アクティブ・ラーニング」や「カリキュラム・マネジメント」など耳新しい言葉が氾濫していて、ともすると全体の流れが見失われがちである。しかしその本質は、基本的な流れは、2006年改定教育基本法路線が教育の内容にまで及んできた、この一語に尽きる。
以下、新学習指導要領の批判的な検討を「中学校学習指導要領」を対象に行う。
今回の改定の要点としてまず次の3点があげられる。
第1に、「総則」の抜本改定である。「総則」は、全体の要(かなめ)のような位置にあって、学習指導要領の法的な位置付けを記述した箇所でもある。この部分の全面改定は、学習指導要領の位置付けそのものを変えるものと言って良い。今回の改定の主眼がどこに置かれているのかをあらかじめ結論づけてみるならば、それは「教育課程の編成基準に加えて教育課程の達成点検の基準」という観点を与えたことになるのではないのか、と私は考えている。
第2に、達成すべき目標を全体として統括しているのが「資質・能力」という概念である。「資質・能力」の育成・獲得が「目標」であり、従ってその達成が学習評価の基準となり、点検の対象となるというのである。従来は学校現場では「学力」(これも曖昧な概念だが)という概念で全体を包摂していたが、(尤も、学習指導要領にも、学校教育法などの法規にも「学力」という語は出ていない)新学習指導要領ではすべてにおいて「資質・能力」である。
第3に、2006年の改定教育基本法の「教育の目標」の中に加えられた〈愛国心条項〉が、教育の内容に本格的に進出したということである。ひとつは「道徳教育」として。「特別の教科道徳」を要として学校教育全体として行われることを「総則」の中に新たに1項目を加えたことである。もうひとつは、これが重要なことであるが、〈愛国心条項〉が「道徳」に加えて、ついに教科の「目標」の中に入ったことである。社会科の「目標」の中に次のように文章化されている。「…我が国の国土や歴史に対する愛情、国民主権を担う公民として、自国を愛し…」。教科の「目標」の中に入ったというのは極めて大きなことで、具体的にはまず教科書検定で威力を発揮することは必至である。
以上にあげた3つのことは、相互に関連し合っているが、突然今回の改定で出てきたものではない。2007年の学校教育法の改定、2008、9年の学習指導要領の改定、そして2013年からの安倍内閣の下での「教育再生」の中でひとつひとつ実現させられてきたものである。一言で言えば2006年の改定教育基本法路線の現実化である。
以下まず、第2次安倍政権における教育改革、言わゆる「教育再生」の流れを概観し、その中から今回の学習指導要領改定における彼らの課題とは何であったのかを考えていく。
《2》安倍政権における「教育再生」と学習指導要領改定
―2017年3月告示までの経過 ―
(1)安倍政権における「教育再生」の第1段階 2013~2015年
安倍政権における「教育再生」は5次にわたる教育再生実行会議の「提言」に基づいて、主として法制度の改定として行われた。言わゆる「いじめ対策法」から始まって、地教行法の改定による教育委員会制度の解体、「学校教育法」「国立大学法人法」の改定による大学自治の最終的な剥奪、2015年には教免法の改定による開放制の教員養成制度の改悪、等々、戦後の民主的な教育改革の遺産をことごとく無にしようとしてきた。そしてそれは、きわめて残念なことに「着々と」実現されている。
(2)第2段階 教育の内容と方法への介入 2015年~2017年
2015年からは「教育の内容と方法」に向けられる。一つは、道徳の教科化と教科教育内容の道徳化とでも言うべきものである。すでに2015年に「道徳」の内容が先行改定され、小学校は 2018年度から、中学校は2019年度から「特別の教科 道徳」が実施される。先行改定の内容は、「主として集団や社会との関わりに関すること」の格上げと「内容」項目化=〈徳目〉化である。つまり「~すること」「~を高めること」のように、資質・能力の獲得を目指した表現となっていて、これが個々の〈徳目〉の評価と関連してくる。
「主として集団や社会との関わりに関すること」には[我が国の伝統と文化の尊重、国を愛する態度]が評価の項目に入っている。
二つには、教育の方法への介入である。少しさかのぼるが、2014年3月31日とりまとめの「育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会―論点整理―」(2012年12月設置の文科省内の有識者会議『検討すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会』の)によると、“これまでの学習指導要領は教育内容中心となっているが、これからは「育成すべき資質・能力」を特定し、それに応じた「教育目標と内容」を定め、それに応じた「学習評価」の方法を検討する”、とある。そして具体的な指導方法の可否についてまで論じている。つまり、従来は教育の《内的事項》として個々の教師の専門性に委ねられていた教育の「方法」と「学習評価」についてまで、行政文書である学習指導要領の中に書き込むことを提言しているのである。この内容は、同年の11月20日に中教審に諮問される(「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について」)。そして、長期間の審議ののちに、長大な中央教育審議会答申(2016年11月20日)「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(答申)」が出される。この中で、様々に話題を呼んだ「アクティブ・ラーニング」や「カリキュラム・マネジメント」などの用語が提唱された。そして、従来の「学力」中心から、「資質・能力」の育成へと教育課程を大きく転換することを提起している。
(3)「資質・能力」の由来
ここで「資質・能力」という用語の由来について2つだけ触れたいと思う。
一つは、いうまでもなく、2006年の改定教育基本法第1条の教育の目的に「平和で民主的な国家及び社会の形成者としての必要な資質を備えた…」とある。また、第2条の「教育の目標」の第2号に「個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし…」とある。「資質」も「能力」も用語としては既出のものであるが、改定教基法においては「資質」「能力」と連記されることによって新たな意味合いを付与されていく。
二つは、言わゆる“ゆとり教育”と同時期に唱えられた「生きる力」との関連性である。2003年10月の「初等中等教育における当面の教育課程及び指導の充実・改善方策について(答申)」の概要版によりると、「生きる力」とは、「確かな学力」・「豊かな人間性」・「健康・体力」の3つを統合する概念となっている。
財界からの強い要求である“即戦力”としての労働力の育成が背景にあることは間違いない。とくに高校学習指導要領の随所で唱えられている「グローバル化」とも密接につながっている概念でもある。
「資質・能力」概念については、教育目的・目標とも関連して重要な概念である。教育史的な視野を踏まえてさらに検討したい。
《2》学習指導要領2017、2018年改定の意味と位置付け
(1)2008年、2009年学習指導要領の到達点
① さて、前回2008年、2009年学習指導要領改定の安倍教育改革としての到達点要点は何であったか。
2006年12月の教育基本法改定を承けて2007年に学校教育法が改定さた。義務教育共通の「教育の目標」を21条として新たに設定し、この中に「規範意識」「公共の精神」「伝統と文化を尊重し」「我が国と郷土を愛する態度を養う」等の項目が付加されたことは一番大きな改定点だが、注目すべきことは、それまでの「目標の達成につとめなければならない(改定前18条)」の文言が「目標を達成するように行われるものとする」(改定後21条)と変えられたことである。「ならない」よりも「ものとする」の方が、一見すると弱いように見えるが、実際の運用面ではむしろ強化されたと言える。なぜならば「つとめる」が「行う」に変わったからである。「つとめる」は努力規定であるのに対して「行う」は実施規定だからだ。「つとめる」は点検の対象ではないが、「行う」は点検の対象になりうる。私はこれを目標達成規定と考える。
今回(2017、8年)の学習指導要領改定では、その目標達成基準が教育課程の編成基準に加えられたと見ることができると私は考える。
2008年2009年の学習指導要領改定では、「伝統と文化を尊重し」「我が国と郷土を愛する態度を養う」等の言わゆる愛国心条項が「総則」の中に道徳教育の「目標」として記載され、義務教育においては「道徳の時間」が「要(かなめ)」としての扱いを受けるようになった。ここから、内容上はともかく形式上は、戦前の「首位教科修身」を読み取ることができると考える。
② その上で、「総則」に「目標達成」規定を付加したことは重要な点である。
「各学校においては、教育基本法及び学校教育法その他の法令並びにこの章以下に示すところに従い、(略)適切な教育課程を編成するものとし、これらに掲げる目標を達成するように教育を行うものとする。」
先述したたように、2007年学校教育法改定で51条(高校)46条(中学)30条(小学)21条(義務教育)に「教育の目標」達成規定を入れたことを承けている。
これは、学習指導要領が、教育課程の編成基準に加えて、実施つまり「目標達成」の点検基準となったことで、学習指導要領の性格を大きく変えるものにほかならない。東京都では、2003年の10・23通達を契機とする卒・入学式における「国旗国歌」の強制に際して、「教育課程の適正実施」、つまり「目標達成」がテーマとなっており、2008年学習指導要領改定を先取りしていたと言える。
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