「平和の鐘 一振り」10年、60数カ所に - 長崎原爆の惨禍を忘れまい -

著者: 岩垂 弘 いわだれひろし : ジャーナリスト
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 8月は、日本人が戦争と平和ついて考えたり、行動する月である。広島原爆の日(8月6日)、長崎原爆の日(8月9日)、終戦記念日(8月15日)など戦争と平和にからむ事跡がこの月に集中しているからだ。今年もこれらの事跡にちなむ催しが展開されたが、その一つを紹介したい。「平和の鐘 一振り」運動が今夏で10年を迎えたことである。

 今夏も8月9日、長崎で原爆が炸裂した午前11時2分に、国内外の寺や教会で「長崎を最後の核兵器使用の地とし、これからは核のない世界を築こう」との祈りを込めた鐘が鳴り渡った。長崎出身の作家で被爆者の鶴文乃さん(茨城県つくば市)が提唱した「平和の鐘 一振り運動」に寺や教会側が応えたものだ。

 長崎に原爆が投下された時、当時4歳だった鶴さんは爆心地から約4キロの山奥に母といて被爆。父と兄は長崎市内に出かけていて被爆、数日後に亡くなった。それだけに原爆へのこだわりが強く、これまで長崎原爆をテーマとした小説やノンフィクションを書いてきた。
 
 執筆活動のかたわら、2006年に次のようなニュースレターを内外の友人・知人へ英文と和文で送った。
 「うち鳴らそう、世界中の鐘を! それもたった一振りの鐘でいいから、毎年8月9日AM11:02(日本時間)に!
 1945年8月9日11時2分にアメリカによって、長崎の浦上に投下されてから61年になりました。当時3、4発しかなかったとされる原爆(核兵器)は、今や3万発を超えていると言われます。幾度となく完全に地球を破壊するのに十分な数です。
 数限りなく生命を育んでいる地球を、人間の勝手で破壊していいわけありません。そこで、最後の被爆地、長崎の悲劇を忘れず、これから核なき平和な地球を祈願して、全世界の平和の鐘(教会、諸施設など)を、毎年8月9日11時2分(日本時間)に合わせて、一斉に鳴らせましょう! たった10秒間で約7万の犠牲者を出した、その一瞬を実感するために、たった一振りの鐘で結構です。
 犠牲者を多く出した浦上地区はカトリック信者の町でした。どうか全世界の教会がリードして、この『平和の鐘 一振り運動』が広がりますように。このニュースレターを受け取ったあなた、あなたの町の教会やお寺に働きかけてください。世界では真夜中に鐘が鳴る地域も出てくるでしょう。うるさいと怒らず平和のために祈ってください。日本も戦争ができる国になろうとしています。平和を願う人々が連帯することが、最後の希望になると信じます」

 ニュースレターを出すまでには、鶴さんに二つの思いがあった。それまで海外で生活する機会があったが、そこで痛感したのは、アメリカによる宣伝が行き渡っていて、原爆の使用により戦争の犠牲者が少なくてすみよかったと信じている人が多かったことだった。「このままでは、核兵器を使用してもいいということになりかねない」と思ったという。
 もう一つは、日本国内でも、年を経るにつれて、8月9日に長崎で何が起きたかを知らない人たちが増えてきたことだった。

 どうすれば長崎で起きたことを知ってもらえるだろうか。そして、どうすれば核兵器の怖さを知ってもらえるだろうか。そう悩んでいた時、たまたま目に止まったのがNHKテレビのドキュメンタリー『原爆投下・10秒の衝撃』だった。それは、原爆が広島の街を壊滅させるのに10秒しかかからなかった、と伝えていた。「そうだ。この10秒間の恐ろしさを世界の至るところで、体感することはできないものだろうか」。そこで思いついたのが「平和の鐘 一振り運動」だった。

 寺、神社、教会、公の施設などにお願いして、あの瞬間に、鐘や鈴、サイレンを鳴らしてもらうという運動だ。これを耳にした人たちは、「いったい何だろうと」と思案するにちがいない。運動の趣旨を説明すれば、それが、核兵器がもつ非人道的な残虐さを伝える警鐘であり、原爆の犠牲者への鎮魂と「核なき社会」実現への祈りを込めた響きであることを理解してくれるのではないか、と考えたわけである。

 運動を広げたい。が、一人では限界がある。そこで、運動の趣旨に賛成する人を増やし、その人たちが自ら近くの寺、神社、教会、公の施設などに足を運んで「平和の鐘 一振り」を頼む、というやり方はどうか、と考えた。そこには「そうすれば、ヒロシマ・ナガサキを被爆者だけの問題に終わらせず、市民の1人ひとりが自らの問題としてとらえることができるはず」「平和運動は特定の人たちに委ねるのでなく、市民のだれもが無理せずかかわれるものでなくてはならない」との鶴さんの思いが秘められている。

 その運動が、今夏で10年になった。「一振り」に参加しているところを正確には把握できていないが、日本では東京、茨城、千葉、神奈川、静岡、滋賀、長崎、宮﨑の8都県で計約60カ所ではないかと鶴さんは推計している。寺、キリスト教の教会、天理教の教会、幼稚園などだ。鶴さんからの要請に応えたところが大半だが、鶴さんの友人の要請で「一振り」に参加したところもある。
 寺では、東京・大塚の護国寺、浅草の長昌寺、大田区の池上本門寺、調布の深大寺、横浜の総持寺、滋賀県大津市の延暦寺も「一振り」に参加しているという。教会では、自由ヶ丘めぐみ教会(つくば市)、カトリック沼津教会、福音ルーテル沼津教会など。
 海外でも数カ所で、8月9日に一斉に鐘が鳴らされる。フランス、ベルギー、ドイツ、オーストラリア、アメリカなどで、教会によって行われているという。

 日本におけるこれまでの平和運動は、団体や組織の主導で行われることが多かった。鶴さんの試みは、やろうと思えば1人でも可能であることを示している。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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