北朝鮮の後継者として目されていた、キム・ジョンイル(金正日)総書記の三男、キム・ジョンウン(金正恩)氏がついに公の舞台に登場した。
先月28日、44年ぶりに開かれた朝鮮労働党の代表者会、最前列で拍手する動画像が全世界に流れた。その後、立て続けに露出を続ける。父親をはじめ党の幹部との集合写真、父親とともに軍の部隊を視察する写真、きわめつけは10月10日の党創建65周年で、父親とともにひな壇にならんで閲兵式に臨んだ姿だった。
祖父であり、建国の父とされるキム・イルソン(金日成)主席を相当意識しているのだろう。もみあげを刈り上げ、髪はオールバック、でっぷり太ったその身体にクロっぽい詰め入りの服、キム・イルソン主席を髣髴させるには十分すぎるほどの演出であった。拍手の仕方も、ほかの幹部と異なり、あくまで控えめに右手に左手を打ちつけるスタイル。自らが特別な存在であり、我こそが北朝鮮の後継者であることを内外に強く印象付けた。
それまでジョンウン氏を知る手がかりは、90年代後半、スイス留学時代に撮影された数枚の写真に過ぎなかった。しかし今回ベールを脱いだジョンウン氏は、留学時代とあまりにも姿、形が異なるため、韓国では、貫禄をつけるためにわざと太った、整形手術をしたなどとさまざまな憶測が流れている。何の実績もないジョンウン氏、中身がない分、せめて「形」から入らざるを得なかったのであろう。そう考えるとひな壇に立って拍手する姿も、敬礼をする姿もなにか自信なさげに見えてくる。
「早すぎた世襲」の原因は、父親の健康状態にある。おととしの夏、脳卒中で倒れたキム・ジョンイル総書記、いまだその後遺症に悩まされている。先日もひな壇で移動する際には、右手を手すりに何度もついて、不自由な左足を引きずるようにしていた。アメリカの情報機関は、余命2年から3年と見ているが、キム総書記自身が、あまり長くないことを一番分かっているのだろう。だからこそ息子を急いでデビューさせ、自分の目の黒いうちに後継体制を固めておきたかったのだ。
その後継体制を安定させる上で最大の課題は、経済の建て直しである。北朝鮮は去年暮れにデノミネーション(通貨の呼称単位の切り下げ)と市場の閉鎖に踏み切り、深刻なモノ不足で経済が大きく混乱。これに加えて今年夏の大雨による洪水で、地方では食糧不足が深刻化し、餓死者も出ている。もっとも餓死者が出る程度で、体制は揺るがないと指摘する専門家もいる。北朝鮮は90年代後半に200万人を越える餓死者を出したからだ。ただこの時をきっかけに大量の脱北者が生まれ、こうした脱北者が外の情報を北朝鮮国内に持ち込むようになったのが、当時とは決定的に異なる。仮に同じような事態が生じれば、今度は確実に体制の動揺を招く。
北朝鮮に残された選択肢はそれほど多くない。まずは数少ない後ろ盾である中国の支援を請うこと。キム総書記は、異例にも、ことし中国を2度にわたって訪問した。経済支援だけでなく、ジョンウン氏を中心とする後継体制に対する理解と支持を求めたのは想像に難くない。中国の存在は、権力継承という不安定な過渡期を迎える北朝鮮で、今後ますます強まることが予想される。
このため「北朝鮮もやがては中国の言うことに従わざるを得なくなる」と韓国の多くの専門家は指摘する。中国が求めるもの、それは▼朝鮮半島の非核化、それに▼中国式の改革・開放の導入である。北朝鮮にとって「核」は容易には捨てられないカードだ。そこで、ジョンウン氏の正統性を高めるため、部分的な改革・開放に踏み切り、経済再建に動き出すのではないかと、韓国側は期待している。
ただこうしたシナリオには、前提条件がひとつある。皮肉なことだが、それはキム総書記が健在なことである。後継擁立に向けた動きは予想以上に早いスピードで進んでいるとはいえ、まだ始まったばかりだ。中国の後ろ盾があるとはいえ、盤石な体制とは言いがたい。
キム総書記に万一の事態が生じれば、情勢がいっきに流動化する可能性は高い。その場合大きな混乱が伴う恐れがある。もちろん大混乱の場合と混乱が起こらない場合の、どちらが最終的に良い結果をもたらすかは、誰にも予測することは出来ない。ひとつ確実にいえるのは、今後の朝鮮半島情勢の行方を占う最大の鍵、それはキム総書記の健康にあるということだ。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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