「東アジア戦争は起こらないだろう」?

「トロイ戦争は起こらないだろう」という芝居がある。実際には「トロイ戦争」は起こってしまうのだが、ひとびとは起こるとは思わないのだ。
 同じように我々は「東アジア戦争は起らない」とたかをくくっているが、実はトロイアの人々以上の悲惨が迫っているのではないか。
 私は、予言者カサンドラではないから、もちろんただちに答えることはできない。
 そこで孫崎享氏が紹介(注1)している米国内の様々な論調のなかから、不況と戦争の関連を取り上げているDavid S. Broderの記事を見てみよう。

 The war recovery?  大不況の先は戦争?
 The war recovery?でBroderは、2012年、オバマが再選されるかどうかを論じ、2012年までに経済を成長させることができるかどうかがカギであるが、経済を成長させる力は本質的にはふたつだ、と言う。(以下は後半部の要旨。)
 <一つは景気循環の力であり、潮の干満の力にたとえられるものだが、この力は、歴史を通じて、経済が拡張する時と縮小する時にはたらく。だが、景気循環の力は促進することができず、またほとんど政治の命令には従わない。この点に関しては、オバマはいかなる政治上の優位をも持っていないし、「潮の干満」を正しく分析できたところで、彼はそれをコントロールできない。>
 <景気循環の他に、経済に影響を及ぼすものは何か?答えは明らかだが、その含意にはぎょっとする。すなわち、戦争と平和が経済に影響を及ぼす。フランクリン・ルーズベルトと大恐慌を思いおこしてほしい。かの経済危機が最後に帰着した先は?第二次世界大戦である。これこそが、オバマが勝利を得るに持ってこいのところだ。核大国になるというイランの野望に立ち向えば、議会では共和党の強い支持を得られ、彼は2011年と2012年の大半を、イスラム法学者との対決を演ずることで、ついやすことができる。このことは彼を政治的に助ける。緊張が高まり、戦争の準備が進むにつれ、経済は改善する。>(注2) 
 もしこうした戦略が――再び――東アジアで実行されるとすれば、対米従属派の下にある日本が直接戦争に巻き込まれることは明らかだろう。また孫崎氏も指摘するように、戦争は、必ずしも、合衆国大統領の決断によって開始されるわけではない点にも注意すべきだろう。
 しかし、アメリカの「別の戦略」も考慮すべきことは、言うまでもない。

 北朝鮮との対話を提起したYongbyonreport
 たとえば、北朝鮮のウラン濃縮技術の進展を明らかにしたYongbyonreportの中で、Siegfried S. Hecker(元ロスアラモス研究所所長)は次のように言っている。
 <軍事的な攻撃は論外である。さらに制裁を強化することは同様に「袋小路」に入ることを意味し、核計画と経済の増進――我々が一般にピョンヤンでみた――で前進が与えられたからには、特にそうである。唯一の希望は「取り決め」であるように思われる。最終的に核爆弾の代わりに原子力発電を求めるよう、ピョンヤンを奨励するために、合衆国とそのパートナーたちは、最近の核開発にこたえるべきである。そのためには北朝鮮の基本的な不安定性の問題に本気で取り組むことが求められる。ハイレベルの北朝鮮政府当局は我々に、2000年10月の共同コミュニケ―マレーン・オルブライト長官がピョンヤンにもたらした―は出発点としては良い、と語っている。>(注3)
 これは、多くの日本人にとっては、あまりに北朝鮮に対して宥和的な提起であるように思われるかもしれない。しかしSiegfried S. Heckerの「ポジション」を考えると、相当重みのある発言だろう。また日本のマスコミの、拉致問題に一面化した報道から脱却して、状況――例えば北朝鮮は孤立しておらず、Heckerの指摘しているように経済も発展している――を見るならば、じゅうぶんに客観的な発言であることも踏まえるべきだろう。
 もちろん、かの砲撃事件もあり、「対話」はただちには表舞台には出ないだろうが。

 元外交官・原田武夫氏の「よみ」
 ところで、このYongbyonreportに関連して原田武夫氏はおおよそ次のように発言している(注4)。(以下は要旨。)
 <「北朝鮮は本当にアメリカにケンカを売ろうとしているのか」といえばそうではない。今回の事態は、単に朝鮮半島の出来事ではない。中東と北朝鮮の情勢はコインの裏表の関係にある。それは何なのか?国際金融資本の立場からは、世界中におけるボラティリティの維持が必要。このために地政学的リスクを動かすということ。>
 <原典の北朝鮮訪問報告書に当たるべき。これはアメリカが北朝鮮と交渉すべきと言う方向。アメリカしか東アジアの安全保障を守ることはできないと周辺諸国も思っている。>
 <北朝鮮は事実上の核保有国としてのステイタスを得る可能性がある。さらにアメリカはパキスタン・イランも同じような扱いをするようになるかもしれない。そうすると中東のバランスがくずれる。ほんとうに追い込まれているのは、イスラエルである。>
 <アメリカにとっての中心問題はあくまでも中東問題である。>

 敵同士の不思議な関係
 このような発言を引用すると、一種の陰謀論ではないか、といわれるかもしれない。しかし、国際金融資本が政治を動かすことは、むかしから常識に属することであって、「欧州には六つの大国がある、それは英国、フランス、ロシア、オーストリア、プロシャそしてベアリング・ブラザーズである」(注5)というフランスの政治家リシュリューのことばは、これを端的に示している。
 彼らがたたかい合う二つの国の両方をファイナンスしていた、などというのは、いうまでもないこと。こうした国際金融資本が大きな影響力――控えめの表現だが――をもつ近・現代の政治において、『対立』している両者が、客観的には『協働』しているということは、じゅうぶんにあり得ることだ。
 たしかに日本人は近代欧州の政治史・戦争史をほとんど知らないので、こういう事態は呑みこみにくい。それで、「高等教育」(と称するもの)を受けていても、外交に関しては驚くほど「単細胞」である。(そして最後には「欧州の事情は複雑怪奇」などという。)
 しかし現代史においても、こうした『不可解な現実』は、ときどき表面に出るのであって、たとえばイランとアメリカの関係などもその一つだろう。レーガン時代のアメリカがイランに武器を売却していたことは、例の「イラン・コントラ」事件として明らかになったが、そもそもの「イラン革命」をアメリカが支援したことは、孫崎享氏の「情報と外交」などを読んでいなければ、なかなか知りえないだろう(注6)。

 その大砲はあてにできる?
 以上のようなことを書いていると、結局戦争は起こるのか?と問い詰められるかもしれない。しかし最初に書いた通り、私は予言者ではないので、答えられない。
 そもそも政治過程はあらかじめ方向が決定されているような単純なものだろうか。実際に戦争に到る過程では当事者の決断もぎりぎりの局面で下されるのがふつうだ。それまでは「味方」の内部での対立もあれば、敵との協調もあり、敵と味方の組み換えもある。したがって現在の「味方」の大砲が当てにできるのか?なども、実はわからない。
 例えば、日本では、クリントンが「尖閣列島は日米安保の対象」と発言したことで、あたかも米軍が尖閣諸島防衛に出動するかのように言う人たちがいる。しかし彼らは、米国務次官補のフロノイの11月19日の発言をどう受け止めるのか。「アジアには、特に南シナ海がそうですが、沢山の領土をめぐる未解決な論議がありますが」という質問にたいして、彼女は「我々はそれらの論議では、どちらの側にも味方しません」とこたえているのである。(There are a number of unresolved territorial disputes in Asia, particularly in the South China Sea. “We don’t take any sides in those disputes,” she said,“We don’t take any sides in those disputes,”)(注7)
 (「このthoseには尖閣を含まない」とするのは、相当な無理があろう。)
 またフロノイは、「12月にわたしのカウンターパートの馬曉天将軍をワシントンに招待することになっていて、私たちは、防衛政策について非常に包括的で、願わくは、率直かつ生産的な会談を行う予定だ」ともいう。(“I’m going to be welcoming my counterpart in December –- General Ma Xiaotian –- to Washington and we’ll have a very comprehensive and, we hope, candid and productive set on talks on defense policy,” Flournoy said.)(注8)
 米中の軍事交流を再開しようとしているわけだ。(注9)
 アメリカの政策は、別に「ふらついて」いるわけではない。尖閣の問題では、日本を使うことによって、中国を十分に牽制しながら、自分は対中関係での多様な選択肢を持ち続ける。これは伝統的かつ賢い手法だ。
 (ところが単細胞の『土人』はアメリカを頼ることしか知らず、その「手先」のような閣僚が、『毅然とした』言葉を発すると、次の首相候補No.1になったりする(注10)――少なくとも主要閣僚でありながら責任追及は免れることができる)。
 百発程度の砲撃でも、幾人もの人が死に、民衆の生活は滅茶苦茶になる。もし東アジアの諸国が本格的現代戦に突入したならどうなるのか?
 そのことをまじめに考えることなしに、『一戦も辞さず』という雰囲気になったり、アメリカの戦略に従属して戦争に足を踏み入れようとする――『赤い』(?)菅・仙谷政権はその点では自民党の上を行っている――というのは、極めて危ういのではないか。

(注1)https://chikyuza.net/archives/4770
(注2)David S. Broder The war recovery? 
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/10/29/AR2010102907404.html
(注3)Yongbyonreport
http://iis-db.stanford.edu/pubs/23035/Yongbyonreport.pdf
(注4)北朝鮮と韓国が「銃撃戦」:何を意味しているのか? (2010年11月24日)
http://www.haradatakeo.com/
私が、Yongbyonreportがスタンフォード大学のサイトに掲載されていることを知ったのは、このビデオによる。
(注5)http://www.nsu.ac.jp/nsu_j/kikan/lab/e-asia/29-5.pdf
(注6)https://chikyuza.net/modules/news3/article.php?storyid=859
(注7)http://www.army.mil/-news/2010/11/23/48499-flournoy-reinforces-us-commitment-to-asia-pacific/
(注8)http://www.defense.gov/news/newsarticle.aspx?id=61810
(注9)「東京の郊外より」米中軍事交流の今後米http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-11-23
フロノイの発言については、このサイトが詳しい。私が引用したフロノイの発言もこのサイトで知ったものである。
(注10)孫崎氏は、<不確実の前提で読んで下さい>と断りながらも、<八〇年代政権中枢にいた人からの連絡「アーミテージ元国務副長官しばしば来日。前原氏有力総理と日本の枢要なグループに説得。長年政界を見ているが米国が特定人物を総理候補として押すのは異例」>(http://twitter.com/magosaki_ukeru 1:13AM Nov 10th)としている。
これが、現時点でのホワイトハウスの意向であるという保証はないだろうが。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1101:101126〕