◆農水産業者も参入に意欲を示すが
消費者庁が3月2日に「機能性表示食品」制度の細目を定めたガイドラインを公表してから、関係事業者の届け出をめざす動きに拍車がかかった。新制度は生鮮食品も対象にしているため、今回は健康食品会社や食品、製薬会社のほか、農水産業者も意欲的なのが特徴だ。
たとえばJAみっかび(浜松市)は、特産の温州ミカンに「骨の健康を保つ」といった表示をすることを検討中だ。他のミカンに比べて「β-クリプトキサンチン」の含有量が多く、骨粗しょう症のリスクを下げる機能があるという。
JAかごしま茶業は、特産の茶葉「べにふうき」に「目や鼻の調子を整える」といった表示をしたい考え。日射量が多いため、坑アレルギー作用のある「メチル化カテキン」が豊富なのだ。
ただ、効果の科学的根拠は複数の学術論文を修士以上の研究者が評価する必要があるなど、ガイドラインで定められた手続きを小規模企業が単独で実施することは難しい。そこで、関係の団体や原料供給業者が支援に名乗りを挙げている。
たとえば「日本健康・栄養食品協会」という公益財団法人である。厚生労働省OBが理事長などを務めるこの団体は、特定保健用食品(トクホ)の推進を主な事業にしてきたが、ここにきて機能性表示食品の支援事業にも手を伸ばしている。3月30日に東京都内で開いた「機能性表示食品支援制度説明会」では、こんな呼びかけをしたという。
「トクホの許可を消費者庁から受けるには、2年以上の時間と平均して5億円の費用がかかるが、新制度なら、当協会が受託すれば、(論文の評価は)3カ月と500万円以下で可能となります」(樫田秀樹「『機能性表示食品』解禁で翻弄される業界」=『週刊金曜日』2015年4月17日号)
ただ、1商品の論文評価だけで500万円もかかるのであれば、仮に5商品を発売するには2500万円もが必要になる。小規模企業にとって軽い負担ではない。
もっとも、機能性表示食品がどこまで市場に浸透するかは未知数で、慎重に構えている企業もある。新制度では「体の部位」を挙げて健康効果を表示できるのがうりだが、巧みな表現でイメージに訴える「いわゆる健康食品」が禁止されるわけではない。「すでに効果が広く認知されているものもあり、それらについてはコストをかけて新しい機能性表示食品を発売するメリットがあるだろうか」(担当者)とする大手食品企業もある。
◆惨憺(さんたん)たる米国の状況
新制度が導入されれば、消費者は自分に合った製品を選べるようになって健康になり、企業は売上げを増やすから経済成長は加速され、医療費が削減されるから国にとっても利益――と推進派は言うが、本当にそんなことになるのだろうか。
参考になるのは、安倍内閣がモデルにした米国の状況である。米国では1994年に「ダイエタリ・サプリメント(DS)健康教育法」(DSHEA=ディーシエ)が制定され、企業が製品に健康効果があると判断すれば、発売後30日以内にFDAに通知するだけで機能性表示ができるようにした。
この結果、当時60億ドル程度(約7000億円)だった市場は、20年間で約350億ドルに急成長。いま約6万種ものDSが売られ、成人の半数以上が使うようになった。
半面で、問題も噴出している。たとえば、米食品医薬品局(FDA)がDSで最初に販売を禁止した「エフェドラ」含有サプリの場合だ。
麻黄(マオウ)という漢方薬の成分でもあるエフェドラは、米国ではダイエットや運動能力向上のためのサプリとして、1000万人を超す人々に利用されていた。ところが、心臓発作や脳卒中を起こす危険性が早くから指摘され、重篤な被害も続いたため販売禁止になった。ただDSHEAでは、販売を禁止するにはFDAが危険性を立証しなけれず、FDAが最初に報告を受けてから禁止までに8年もかかった。この結果、死者は164人にも達してしまった(エフェドラは日本では医薬品に指定されており、サプリの輸入は以前から禁止されている)。
米国では2008年に、重篤な被害が出た場合には15日以内にFDAに報告することを事業者に義務づけた。しかし、その後も被害は続いている。米連邦議会の行政監査局(GAO)が13年に公表した報告書によれば、08~11年に6307件の報告があり、1836人が入院、80人以上が死亡している(これらすべてで因果関係が証明されているわけではない)。
米国ではルールも守られていない。米保健福祉省の監察総監室が2012年に「体重減少」と「免疫力強化」のDS127商品を調査したところ、ヒトの健康に関係する事業者提出の557件の研究のうちFDAのガイドラインに合致したものは一つもなく、ほとんどの商品の科学的裏づけが不十分だった。
事業者を訴える訴訟も急増。たとえば膝の変形性関節炎への効果が表示されている「グルコサミンとコンドロイチン」のDSは、商品がうたう効果は確認できないという論文が多いことが分かり、少なくとも3件の集団訴訟が起こされた。うち1件はメーカーが商品を買った1200万人に代金を返却することで和解が成立している。
◆国内では高齢者中心に経済被害も急増
日本国内の健康食品をめぐる状況も深刻だ。販売中のトクホに安全性や有効性に疑問のある商品が少なくないうえ、暗示とほのめかしの広告で消費者を引きつける、いわゆる健康食品が氾濫している。
これらは薬事法(現・医薬品医療機器等法)などで病気予防効果などの表示が禁止されているが、違反が絶えず、しかも行政の監視と法の執行が不十分なので、野放しに近い状態だ。
一例が「寝ている間に勝手にダイエット!?」などと表示して人気を集め、短期間で50億円を売った健康食品の「トマ美ちゃん」だ。消費者庁は2013年12月、商品を摂取するだけで痩身効果が得られるような表示は景品表示法違反だとし、販売業者のコマースゲートに措置命令を出した。同社はサイトにお詫びを掲載したものの、返金はせず、表示を変えて販売を続けた。
判断力の鈍った高齢者を中心に財産被害も急増しており、国民生活センターが2013年9月に「健康食品の送りつけ商法に新たな手口」という警告を出したほどだ。それによると、「申し込んだ覚えがないと断ったのに、健康食品を強引に送りつけられた」という相談が8か月余りで2万件を超え、前年同期の15倍以上になった(注2)
注2 岡田幹治「(健康食品)七つの大罪」(『週刊金曜日』2015年4月17日号)は。健康食品の問題点を次の七つにまとめている――。①健康効果はほとんどなく、あってもごくわずか、②品質がばらばらで、未知の化学物質が含まれていることもある、③有害成分を含むものがあり、健康被害が絶えない、④抽出・濃縮・乾燥が問題を生むこともある、⑤薬と併用すると薬効が低下するものがある、⑥実態からかけ離れた広告・宣伝で消費者を惑わす、⑦悪徳商法の材料となり、経済被害が急増している。
◆欠陥だらけの新制度
このような状況のところへ、以下のような欠陥をもつ機能性表示食品が追加されたのだ(主婦連合会が4月10日に消費者担当大臣らに提出した「申し入れ書」を参考にした)。消費者はますます混乱し、被害も増えるのではないだろうか。
1 新制度の創設は本来なら、トクホの場合のように健康増進法などの規定が必要なのに、今回は内閣府令(食品表示 基準)で行っている。食品表示基準は「表示」の基準であり、機能の科学的根拠や安全性の要件を規定するものでは ないから、新制度は違法・無効の疑いがある。
2 安全性や機能性の根拠に関する事項はガイドラインで示されているにすぎないので、守られない可能性がある。ガイド ラインを順守しなかった場合の対処の仕方も明確になっていない。
3 ガイドラインでは、健康被害が発生した場合、情報を事業者が収集し、消費者庁に速やかに報告すると定められてい るが、あくまでガイドラインなので、義務も罰則規定もない。また被害を未然に防ぎ、拡大を防ぐために不可欠な「公表」 については何の言及もない。
4 ガイドラインでは、どのような方法で「生産・製造及び品質管理」をしているかを届け出ることしか定められていない。品 質を担保(保証)する規定がないので、成分の配合ミスなど、危険な機能性表示食品が販売される可能性がある。
以上のように機能性表示食品は、責任を事業者だけに委ね、行政は責任を回避するものであり、消費者の健康被害と経済的被害の発生、拡大は必至だと主婦連はみている。
世界を見渡せば、安倍内閣がお手本にした米国は特殊な例で、むしろ健康食品への規制を強めている国・地域が増えている。たとえば欧州連合(EU)では、欧州食品安全機関(EFSA)がフード・サプリメントの効果や安全性を厳しく評価し、妥当と判断されなかったサプリの流通を禁止している。
◆米国より劣る安全性への政府の関与
「新制度は最も肝心な安全性確保に関し、米国よりも見劣りする」という意見は、制度の賛成派にさえある。
池田秀子・日本健康食品規格協会理事長は「国民のセルフ・メディケーション(自分自身で健康を管理すること)が重視される時代に、科学的根拠のある機能性表示は欠かせない」とする賛成派だが、「もっと時間をかけて食品の機能性と表示に対する考え方を整理し、包括的な法制度をつくるべきだった」という。
米国の制度では、機能性表示の主対象となるDSを「食事の補充が目的の食品で、錠剤・カプセルなど通常の食品の形態をとらないもの」と定義し、一般の食品と区別したうえで、安全性についても政府が関与を強めてきている。
具体的には①DSに含まれる新規成分は、FDAの承認が必要、②重篤な健康被害が発生した場合、事業者は15日以内にFDAに報告しなければならない、③FDAが定めた最新の適正製造規範(cGMP)に従った品質・製造管理の義務づけ――などだ。
これに対して日本では、あらゆる食品を機能性表示の対象にし、安全性について政府の直接関与がほとんどない。
新制度の以上のような欠陥に注目し、日本弁護士連合会は3月26日、「新制度の運用開始を見合わせ、安全性確保の措置を取れ」との会長声明を出したが、政府は無視し、予定通り4月1日に施行した。
次回「下」では、解禁直後に届けられた商品に早くも問題商品が相次いでいることを報告する。
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