「武力で国民が守れるか」「憲法9条で国が守れるか」

(2022年3月26日・連続更新満9年まであと5回)
 疫病が蔓延していても、外つ国に戦争があっても、季節の巡りは変わらない。春はきて花が咲く。小鳥もさえずる。そして、巷では相も変わらぬ改憲論である。

 北朝鮮がミサイル発射した、それっ改憲だ。コロナ対策に改憲だ。中国の脅威に備えて改憲だ。1票の格差是正にカイケンだ。天皇の跡継ぎ確保にカイケン。箸が転んでも改憲、転ばなくても改憲、カイケン。そんなカイケン論者が、マイクを握っていた。

「諸君、この度のロシアのウクライナ侵攻を見よ。目を覚ませ。もはや憲法9条で国は守れないことが明白になったではないか」

「おや、まったく存じませんでした。ウクライナは憲法9条をもっていたのに、侵略されたんですか」

「いや、そうではない。ウクライナには立派な軍隊もあり、徴兵制もある」

「じゃあ、立派な軍隊も徴兵制も侵略防止には役立たなかった、と言うべきではありませんか」

「私が言いたいのは、ウクライナの軍備が足りなかったということだ。もっともっと軍事力を増強しておけば、ロシアも侵略できなかったはずなのだ」

「ロシアの侵略を阻止するために、もっともっと軍事力を増強って、いつたいどのくらいの軍事力が必要だったのですか」

「愚問だ。そんなことは分からん。多ければ多いに越したことはないとしか言ようがない。ロシアの兵力を上回ることができれば万全だが、それは無理だろう」

「ウクライナが軍備を増強していればロシアに侵略を断念させたかも知れません。でも、その反対にロシアを刺激してロシアの軍事力を増強させる切っ掛けにも、もっと早い侵略の口実にもなったかも知れません」

「そんなことは当たり前だ。軍備の増強とは、国民の負担を覚悟してやるものだ。ウクライナであろうとも、ロシアであろうとも、国民がその負担を嫌がったら他国の侵略を許すことになる」

「軍事力で国を守ろうとすれば、相互に軍事的な優位を競わねばならない。たちまちにして軍備拡大の負のスパイラルに落ち込んでしまう。日本国憲法の平和主義は、その歴史的教訓を踏まえてのことではありませんか」

「古来から、『汝平和を欲さば戦への備えをせよ』というではないか。侵略を阻むための国民の負担はやむを得ない。軍備の後れが敗戦につながったら悲惨なことだし、元も子もなくなるのだから」

「『汝平和を欲すれば、平和への備えをせよ』でなくてはならないと思いますよ。それが9条の精神。むしろ今こそ、しっかりと9条を守らねばなりません」

「じゃあ、私から聞こう。憲法9条とは、丸腰の思想だ。この奸悪な国がひしめく国際社会で、9条丸腰論で日本を守ることができると思っているのかね」

「軍備で平和を守るという方途に平和へのリアリティがなく、むしろ危険が大きいのですから、非武装の道を選択するしかありません。日本国民は敗戦後、その覚悟の選択をしたのです。9条と前文とが一体となった日本国憲法の非武装平和主義は、軍備による平和をしのぐリアリティがあるのは当然です」

「後生大事に9条さえ守っていれば、平和が保てるとでも?」

「そんなことは誰も言っていません。まったく逆です。日本国憲法の平和主義は、日本国と国民に、積極的な平和への努力を要請していると理解すべきです。多くの戦争の原因である、主権侵害、国際的収奪、経済格差、人種や民族による差別、貧困、人権侵害等々の解消に積極的に参加し、各国の国家や国民の交流を盛んにし、国際機関の運営に協力する…。そのような平和のための積極的な行動を通じて日本国民の平和と安全が保障されるものとの理解です」

「とは言うがね。現に、どこかの国から侵略されたらどうする。そのとき、丸腰ではどうしようもないではないか」

「現に侵略されたらどうするか? 軍備があろうとなかろうと、たいへんな事態であることに変わりはありません。アフガンもイラクも、相当の軍備があってなお、ソ連やアメリカによる侵略で悲惨な目に遭っています。現在のウクライナも同様。こうならないような努力をしなければなりません」

「集団安全保障や集団的自衛権を積極的に活用せよということかね」

「むしろ、どの国とも等距離を保っての中立策が現実的ではないでしょうか」

「この度のウクライナ侵略問題では、NATOの支援が有効に働いているように見えるが」

「ウクライナはNATOに加盟はしていませんが、明らかにその庇護の元にある。準加盟国といっても、事実上の加盟国といってもよい。しかし、アメリカはウクライナに対する直接支援を自制せざるを得なかった。また、NATO加盟の米・英・仏は核保有国です。その核威嚇もロシアの開戦意欲を封じることはできなかった。大国との軍事同盟が有効であるか。よく考えなければならなりませんよね」

「問題は9条だが、これは理念や精神の問題で、それ自身に戦争を抑止する効果はないという説明かね」

「戦争には侵略戦争と自衛戦争とがあります。過去の皇軍の戦争も今回のプーチン・ロシアの戦争も、明らかな侵略戦争。非武装なら侵略戦争は仕掛けられませんよね。これだけでも、9条には大きな効果があります。国内に軍隊がなければ軍人が威張ることもないし、軍国主義教育がはびこることもない。9条は大切ですよ」

「そうか。納得はしないけど、分かった」

その場を離れて、しばらく歩くと、またスピーカーからの声が聞こえた。

「諸君、北朝鮮のICBMのEEZへの着水を見よ。さらに、香港蹂躙を経て台湾侵攻を目論む中国を見よ。今日のウクライナは明日の台湾である。目を覚ませ。もはや憲法9条で国は守れないことが明白になったではないか。核共有の議論も必要となっているではないか」

初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2022.3.26より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=18804
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion11890:220327〕