「昨夜から出るのはため息ばかり」とは、日ごろ愛読している志村建世ブログhttp://pub.ne.jp/shimura/ の「ブログ連歌」からの引用である。12月16日夜から17日未明にかけてこの句のような思いをした方は多かろう。1週間も前からマスコミは自民圧勝を予測していたから、それなりの“覚悟”はできていたが、憲法9条を改正して国防軍をつくると公言している安倍晋三率いる自民党の圧勝が現実になると、筆者の場合も出るのはため息ばかり、物を言う気力も失せて早々とベッドにもぐりこんだ。
明けて17日朝、TV・ラジオ・ネットでは、自公だけで衆院定数の3分の2を超える325議席を確保したことを声高に叫んでいる始末。食欲もなくなり、平素政治なんかに興味はないと高言している同居人も「何だか力が抜けちゃった」と朝食の用意もそぞろである。胸くその悪いことに、9条改悪反対の社民、共産が奮わず、憲法改悪を叫ぶ安倍自民が大勝ち、石原・橋下の維新がけっこう議席を増やしているではないか。
しかも2011年3月11日の東日本大災害と原発事故を見て、大多数の日本人は「原発ゼロ」を望むに至った。にもかかわらず、原発再稼働を策している東京電力、関西電力、日本原電その他に巣食う“原子力村”や財界の面々は今度の総選挙を「巻き返し」の機会と捉え、核兵器のために原発は必須だと考える石原慎太郎党首の「日本維新の会」や、原発容認の自民党を応援してきたのである。ヒロシマ、ナガサキの原爆犠牲者だけでなくフクシマの原発事故で故郷を失った多くの人々と同時代を生きている日本人が、こんなことを許していいのか。段々頭に血が上ってきた。
67年前に「軍国少年」の呪縛から覚めたわれわれの世代にとって、何物にも代えがたい「宝物」である憲法9条が危機に瀕している。日本人が太古以来初めて戦争行為でひとりも人を殺さず殺されなかった67年間―この貴重な歴史に終止符を打ちたがる手合いがのさばろうとしている。「これを放置するわけにはいかないぞ」「ではどうしたらいいか」と自問しながら思い当たったことは、現役世代は「軍国日本」も知らなければ、広島、長崎のみならず日本中の都市が空襲で焼かれた惨劇もよく知らないということだ。もはや戦争の恐ろしさを体験していない世代が選挙民の主力なのだ。
最近の大学生は日本がアメリカと戦争したことも知らないとよく言われるが、考えてみると今や大学生の父母世代が皆戦後生まれだし、高校の歴史では昭和まで教えきれないという話だから、戦争を知らぬ大学生がいても不思議はない。ということであるならば、われら元「軍国少年」世代こそ、戦争を知らない世代に不戦憲法の値打ちを語り継がなければならない。広島や長崎の原爆「語り部」や沖縄地上戦の悲劇を語る「語り部」にならって、かつてわれわれの受けた軍国教育を、そして軍国教育から解放されて憲法9条を得た喜びを次の世代に語り伝えよう。
かつての「軍国少年」も遠からず傘寿を迎える年ごろとなり、クラス会ともなればお互いに物忘れのひどさをかこち合う。それなのに子供のころに覚えたことは忘れない。このごろふと口をついて出る歌がある。「海征かば水漬く屍(かばね) 山征かば草むす屍 大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ 省みはせじ」という万葉古歌に信時潔が作曲した軍歌である。軍歌と言っても勇壮な歌ではなく、主として海軍関係の戦死者を弔う時に演奏される曲だった。
大意は「海で戦死して屍が水に漬かろうと、山野で戦死して屍に草が生えようと、天皇陛下のおそばで死のう。後悔することはない」といった内容だ。国民学校の先生が解説してくれたから、おおよその意味は掴んでいた。歌う度に「われら少国民は天皇陛下のために喜んで死ななければならないのだ」と大真面目に考えていた。信時潔の曲が素晴らしい。メロディーは荘重でリズムもゆったりして、歌いやすい。ふと口をついて出るのは名曲だからだろう。
名曲だからと言って、いまどき「海征かば」を歌える人間は日本人の1割もいるかどうか。
歌の内容ときたら時代錯誤も良いところだ。だがあの時代を全く知らない世代の人に、軍国教育とはどういうものかを語るうえで、ひとつの教材にはなる。「国防軍」などという名前にだまされて、若者を2度と「水漬く屍」「草むす屍」にしてはならない。アフガニスタンで毎日のように死んでゆくアメリカの若者に比べて、日本の若者がいかに幸せか。
そう言えば前回の安倍内閣が登場した2006年ころ、憲法9条を護るために生まれた「九条の会」が全国津々浦々に広がった。「九条の会」呼びかけ人の加藤周一、井上ひさし、三木睦子氏らは世を去ったが、全国で7,000を超える「九条の会」は健在である。筆者も「九条の会」の活動に加わってきたが、今回の安倍内閣の成立を期に9条改悪反対の「語り部」活動をいっそう強めなければと思っている。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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