「絶対平和の言葉は、いま誰に届くのか――天皇のお言葉をめぐって」

――長谷川三千子さんへ

君がもし、今上天皇の新春にあたっての「世界の平和を希求する」という静かな、しかし重いお言葉を耳にしたなら、どのように受け止めるであろうか。

私は、戦後という名の長い黄昏のなかで、「絶対平和」という言葉を、あえて理念としてではなく、宿命として引き受けようとした者である。その立場から、君に語りかけてみたい。

このお言葉は、いかにも穏健で、いかにも無難で、そして現代の知識人が好んで「象徴天皇制の枠内に収まった常套句」として片づけてしまいそうなものである。しかし私は、そこに言葉以前の重さを感じ取る。

なぜなら、天皇という存在は、意見を述べる者ではなく、歴史を背負わされてきた者だからだ。

私が戦後において「絶対平和」を語ったとき、それは進歩主義的な理想論ではなかった。むしろ逆である。

日本は、戦争に敗れたのではない。戦争という形式を通じて、自己の歴史を断ち切られたのである。だからこそ、武力による平和も、理念による平和も、等しく信じることができなかった。私が言った「絶対平和」とは、世界を説得するための言葉ではなく、日本が再び歴史を生き直すための、ほとんど宗教的な誓約であった。

今上天皇のお言葉は、その意味で、戦後民主主義のスローガンとは異なる。

それは「平和を守ろう」という命令ではない。

「平和を願っている」という、きわめて受動的な、しかし逃れようのない姿勢の表明である。

ここに、君が繰り返し指摘してきた「近代的主体」の不在がある。

天皇は主体として世界を変えようとはしない。だが、世界がいかなる方向に変わろうとも、その変化を引き受けざるをえない地点に立たされている。その地点から発せられる「平和への希求」は、政治的主張ではなく、歴史の沈黙そのものに近い。

私がもし、このお言葉を受け止めるとすれば、こう言うだろう。

――これは「平和を選び取った者の言葉」ではない。

――「平和しか許されなくなった国の、最後の責任の言葉」である、と。

長谷川さん、君は日本の思想が、いかにして言葉を失い、いかにして言葉を取り戻そうとしてきたかを、冷静に見つめてきた。

その君にこそ言いたい。

この新春のお言葉を、空疎な儀礼として聞き流してはならない。そこには、戦後日本がいまだ言語化できずにいる、歴史への応答不能性が、かすかな声で震えている。

絶対平和とは、世界を救う思想ではない。

それは、日本が二度と「自分は正しかった」と言えなくなったことの、引き受けである。

天皇のお言葉は、その引き受けが、なお現在形で続いていることを、私たちに思い出させる。

それを聞き取れるか否か。

そこに、これからの日本思想の運命が、ひそやかに賭けられているのだ。

――保田與重郎(なり切り)

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