「香害」が新年早々から、被害者を悩ませている。初詣の参拝者でにぎわう神社周辺が、衣服から放出される柔軟剤臭で覆われていたからだ。ある被害者は息を止め、参拝もそこそこに立ち去ったという。
そうした中で、市民や自治体による「脱・香害」へ向けた取り組みが始まっている。その一つが、各地の市議会による「政府や国会に香害対策を求める意見書」の提出だ。
(注)「香害」とは、柔軟剤など香りつき商品の成分で健康被害を受ける人たちが急増している現象を指し、「脱・香害」とは、香害から抜け出すこと、つまり香害の被害者が減り、新しい被害者が出なくなるような状態を指す。
◆「香料」の成分表示の義務づけなどを求める
先陣を切ったのは、埼玉県所沢市議会だ。昨年10月4日に「柔軟仕上げ剤など家庭用品に含まれる香料の成分表示等を求める意見書」を議決し、首相・文部科学相・厚生労働相・経済産業相・内閣府特命担当相(消費者・食品安全担当)に提出した。こんな内容だ――。
柔軟剤仕上げ剤などに含まれる香料によって、健康被害を受ける人が増えており、中には学校や職場に行けなくなるなど深刻な状況の人もいる。政府は香料成分の表示など、香料の安全性に対して実効性のある法的規制を行うべきである。具体的には次の4対策を求める。
▽「香害」で苦しむ人がいることを周知徹底し、ポスターなどで香料自粛に向けた啓発をすること。
▽柔軟仕上げ剤や消臭剤などを「家庭用品品質表示法」の指定品目にすること。
▽香料の成分表示を義務づけること。
▽国民生活センターに香害専用窓口を設置するとともに、都道府県に香害の相談窓口を設置すること。
これに続いて埼玉県吉川市議会(12月14日議決)とさいたま市議会(12月21日議決)が同じ表題の意見書を議決した(さいたま市議会意見書の宛先は首相、参両院議長、厚労相、経産相、環境相)。
一方、宮城県名取市議会は12月17日、「香料の健康被害に関する調査・研究や香料自粛に関する意見書」を議決し、関係大臣に提出している。
この意見書は、日本には香料に関する法的規制がなく、被害者の多くが問題の解決に困難を感じていると指摘し、香害の周知徹底と国民生活センターの専用窓口設置に加え、次の二つを求めている。
▽香料の健康被害に関する調査・研究を行い、法的規制について検討すること。
▽学校を含む公共施設等に芳香剤や消臭剤を置かないことを徹底すること。
◆背景に香料の安全性への不安
四つの市議会とも、香害の深刻さを知った議員が提案者となり、他の議員を説得して議決にこぎつけている。多くの議員が賛同したのは次のような事情があったからだと考えられる。
一つは、深刻な被害が広がっていることだ。これについては本連載で報告してきた。
二つは、香りつき商品に欠かせない「香料」の安全性に対する不安だ。
香料と一口にいうが、実は3000種類以上の物質(成分)あり、柔軟剤などのメーカーはそれらから複数(数種~百数十種)の成分を選んでブレンドし「調合香料」として使っている。しかし、商品には「香料」として表示されるだけだ。
また成分の安全性は、世界の香料業界の団体(国際香粧品香料協会=IFRA=イフラ)の自主規制に委ねられているが、この「お手盛り」の規制は欠陥が多く、健康に有害な成分を排除しきれていないと、アメリカのNGOなどが指摘している。
柔軟剤などに使用されている香料の中には、「喘息を発症・悪化させる成分」「皮膚アレルギーを発症・悪化させる成分」「発がん性のある成分」「ホルモン攪乱作用がある成分」などが含まれている可能性があるのだ。
しかし、「香料」としか表示されないから、そうした成分を避けたくても避けようがない。
◆対策に消極的な中央省庁
意見書が多くの議員の賛成を得た三つ目の事情は、中央省庁の消極的な姿勢だ。
香害がこれだけ深刻になっているのに、関係する4省庁(文科・厚労・経産各省と消費者庁)は動こうとしない。ポスター作製などによる啓発も、香害被害の実態調査や原因究明も、香料の規制や成分開示も、国民生活センターの専門窓口設置も、すべて拒否している。
その理由として4省庁は「科学的知見の不足」を挙げる。香料と健康被害との因果関係が明らかでなく、とくに香害被害で最も深刻な「化学物質過敏症」については、病名は登録されているものの、発症のメカニズムには未解明なところがあり、診断基準も確立されていない。だから、当面は研究の進展を見守るという。
被害者が増えている以上、入手し得る最新の知見に基づき、実態調査や原因究明を始めるのが政府の務めだと思うが、霞が関の官僚たちはそうは考えないらしい。
4省庁の挙げる唯一の対策が、日本石鹸洗剤工業会による「衣料用柔軟仕上げ剤の品質表示自主基準」の改定だ。
この自主基準は、工業会加盟メーカーが柔軟剤の容器包装につける表示について定めたもので、昨年7月までは「品名」「成分」「使用量の目安」など8項目だった。
そこに「香りに関する注意喚起」という1項目を加え、「香りの感じ方には個人差があるので、周囲への配慮と、適正使用量を守る旨を表示すること(「無香料」と表示される製品は除く)」を追加したというのである。
しかし、この改定にはほとんど意味がない。化学物質に敏感な被害者は、過剰使用の柔軟剤だけでなく、目安量通りに使用された場合でも反応し、頭痛・吐き気など多様な症状に悩まされるからだ。
以上の事情を背景に議決された市議会の意見書だが、当面は大きな効果を期待できない。都道府県や区市町村の議会の意見書は、地方自治法99条に定められた権限に基づき、国と対等の立場にある地方自治体の議会が国会や政府に提出するものだが、それを受け取った国会や政府に検討したり、回答したりする義務は定められていないからだ。
だが、4市の人口は7万~130万人。市民の代理人である議員たちが議決した意見書は、それなりの重みをもつ。国会議員も官僚もむげにはできないはずだ。
4市に続き、各地で住民が議員に働きかけ、意見書を政府と国会に提出したらどうだろうか。
◆教育長が保護者あてに「お願い」の文書
市議会議員たちの「脱・香害」をめざす取り組みはこれにとどまらない。
たとえば宮城県名取市の斎(さい)浩美市議(共産)は3月議会で、化学物質過敏症が「障害者差別解消法」の対象になることを確認し、市長から「しっかり啓発していきたい」との答弁を得ている。
障害者差別解消法(2016年4月施行)は、国・自治体や会社・商店などに対し、正当な理由なく障害を理由に差別することを禁止し、障害のある人からバリアを取り除くよう求められたときは、負担が重すぎない範囲で対応しなければならないと定めている(会社・商店は努力義務)。
市議会での確認により、過敏症の発症者は、通学する学校や災害時の避難所で特別な対応を願い出やすくなった。
長野県安曇野市では、小林純子市議(無所属)が6月議会で香害問題を取り上げ、「とくに成長期の子どもにとって柔軟剤の使用は要注意だ」と市の対応を求めた。
これを受けて同市の教育長は7月下旬、市内の小中学生の保護者全員に「香料についてのお願い」と題する文書を配った。以下のような内容だ――。
近年、子どもたちが外界のさまざまな刺激に拒否反応を示し、学習に集中しにくい状況が生まれている。香水・整髪料・柔軟剤・洗剤・シャンプー・制汗剤などに含まれる香料によって、頭痛・吐き気などの不快症状を訴える児童が出てきたことがその一つだ。学校では積極的に換気を行なうなどしているが、家庭での香料などの使用や来校のさいには配慮をお願いしたい。
いま多くの教室は、子どもたちや教員の衣類から放出される柔軟剤などの成分が充満している。しかし、文科省やほとんどの学校は、香り製品を使うかどうかは家庭の問題であり、立ち入ることはできないとの態度をとっている。これに対し安曇野市の教育長は、子どもたちの学習環境を良好に保つため、あえて保護者に配慮をお願いしたわけだ。
保護者に対する「香料についてのお願い」は、宮城県多賀城市でも昨年12月に教育委員会学校教育課長名で配布されている。米澤まき子市議(自民)の質問を受けたものだ。
以上、各地の自治体で進んでいる取り組みを紹介した。
次回は、市民たちの取り組みを報告したい。
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