「脱・香害」めざす動きが各地で始まっている シリーズ「香害」第9回

 「香害」が依然として深刻な一方で、「脱・香害」をめざす動きが、少しずつだが始まっている。きれいな空気の大切さを説く絵本を学校に贈った労働組合、公共施設の一部を被害者に配慮したものにする熊本市などだ。各地で始まった動きを報告しよう。
 「香害」は、香りつき商品の成分で健康被害を受ける人たちが急増している「新しい公害」のこと。これに対して、被害者を助けたり、減らしたりするのが「脱・香害」だ。

◆職員組合が絵本を小中学校に贈った
 今年1月、札幌市のいくつかの小学校や児童館で、『みんなでつくろう空気のきれいな教室を』という絵本の読み聞かせが行われた。
 絵本はこんなストーリーだ。化学物質過敏症(CS)の友だちが登校できなくなり、その原因が「いい香りの柔軟剤やシャンプー」であることを学んだ同級生たちが、相談して使用をやめた。その結果、教室の空気がきれいになり、CSの友だちは安心して登校でき、みんなの頭もスッキリするようになった。
 読み聞かせた後、先生が「いろんな障害を持つ子がいるんだよ」と話すと、うなずく子どもたち。香りつき文房具が大好きな子は「好きなものを学校に持っていくと、困る子がいるんだね」と親に話したという。
 この絵本を企画・製作し、札幌市内のすべての小中学校と児童館・図書館に贈ったのは、自治労札幌市役所職員組合だ。CS患者で2児の母でもある組合員が執筆し、同僚が絵を描いた。
 同職員組合(注1)に申し込めば、1冊700円+送料で送ってくれる。
 CS関連の絵本では、『転校生は“かがくぶっしつかびんしょう”』が今年1月、「絵本ひろば」という無料のサイトで公開された(4月ごろ出版されることになり、いまは無料サイトでは見られない)。
 描いたのは「文:たけなみ、絵:よしの」という創作ユニット「松岡おまかせ」(ペンネーム)だ。たけなみさんは一昨年、職場の同僚たちのタバコや柔軟剤が原因でCSになり、休職から退職に追い込まれた。よしのさんとのコンビで以前からコミックなどを描いており、退職後、CSについての作品を発表している。
 昨年10月に出版したブックレット『ある日とつぜん化学物質過敏症』は、自身の発症までの経過をコミカルに描いたもの。NPO法人CS支援センターの広田しのぶ代表理事が「深刻なはずなのに、ユーモアがある。CS発症者が自分のことを身近な人たちに打ち明け、対応を求めるのはなかなか難しいが、そのツールになる」と判断し、同センターが委託販売を引き受けた。同センターに申し込めば1冊300円で販売してくれる(注2)。
 愛知県の患者団体・化学物質過敏症あいちReの会の藤井淑枝代表は「堅苦しい文章やスローガンでは、子ども・学生・子育て世代などに届かない。多くの人に関心をもってもらうには、さまざまな表現や発信方法を用いるのが有効だ」という。
 クラウドファンディングで資金を集めて絵本を買い上げ、各地の学校に贈ってはどうだろうか。
注1 FAX=011-251-3395、
メール=kikakuアットマークsapporocity-union.org
注2 FAX 045-222-0686

◆被害者に配慮した公共施設を建設
 熊本地震からの復興機運を高める事業の一つとして、熊本市中心部で建設が進む「桜町再開発ビル」。その一角にできる「熊本城ホール」という公共施設の一部がCS発症者に配慮したものになる。
 きっかけは、熊本県の患者団体「くまもとCSの会」が一昨年、他の団体と連名で「公共施設における空気の質への提案」を提出し、健康に影響のある成分を放出する建材はできるだけ使用しないよう要望したこと。これを熊本市などが前向きに受け止め、多機能トイレ・授乳室・会議室一室などの内装材を自然素材などにすることになった。
 くまもとCSの会は「床のビニールクロス張りを改めてほしい」「接着剤は有害化学物質の放散量ができるだけ少ないものに」などと具体的な注文を出した。
 9月に完成すれば、おそらく全国で初めての「CS発症者に配慮した公共施設」になる。
 4月で施行から3年になる「障害者差別解消法」は、国・自治体や会社・商店に対し、障害のある人(CS発症者も含まれる)から、社会的なバリアを取り除くよう求められたときは、負担が重すぎない範囲で対応しなければならないと定めている(会社・商店は努力義務)。「合理的配慮」と呼ばれるものだ。
 「熊本城ホール」は公共施設の建設にその考えを取り入れた例だが、合理的配慮を徹底した集会も開かれるようになった。
 たとえば、東京都小金井市の市民がつくる自主講座「香害 そのニオイから身を守るには」だ。この講座は「CSのことを多くの市民に知ってほしい」という市内の発症者の思いを受けて、田頭祐子市議会議員らが企画した。
 「香害って何?」(講師・岡田幹治)、「相談現場の声」(講師・広田しのぶCS支援センター代表理事)、「私も困ってます」(講師・高柳久子せっけんビレッジ代表)という3週連続の講座だ。
 CSの人たちも安心して参加できる会場にしたいと選んだのが、公民館緑分館の家事実習室だ。岡田が講師を務めた1月31日は寒さの厳しい朝だったが、会場は換気扇がフル稼働し、窓は開け放たれた。参加者はコートを着たまま2時間、解説に聴き入り、話し合った。

◆日本医師会が香害を認知
 昨年10月、日本医師会は日医ニュース「健康プラザ」で「香料による新しい健康被害」を取り上げた。「健康プラザ」は会員向けの情報紙であり、ポスターとして病院やクリニックに掲示されることが多いから、目にした方もいるに違いない。
 今回のプラザは、CSに詳しい渡辺一彦医師(札幌市の渡辺一彦小児科医院院長)の指導で作成された。柔軟剤などの「香りつき製品」が大量に使われ、その成分によってCSなどを発症する人が増えていることなどが説明されている。
 全国の医師の7割が加入する団体が「香害」を認知したわけだ。
 国内の多くの医師はCSに無理解・無関心だ。CSの疑いが濃い人が受診しても「当科の扱う病気ではない」として、精神科の受診などを勧める医師が少なくない。「今回の掲載を機に、全国の医師や通院する一般の患者に、正しい理解が広まってほしい」と渡辺医師は言っている。
 強い香りを医療施設からなくそうとする動きも出てきた。たとえば東京女子医科大学八千代医療センター(千葉県八千代市)のエレベーターには、「ご面会される方へのお願い」として次のような掲示が張られている。
 「診察上、支障をきたす場合がありますので、香水や芳香剤入り柔軟剤など香りの強いものの使用はお控えください」。
 CSに苦しむ大学生が、CSをテーマに書いた卒業論文も生まれている。宇都宮大学国際学部国際社会学科の佐藤春菜さんの『現代の生活環境病を取り巻く社会認識と課題~化学物質過敏症を事例に~』である。
 佐藤さんは大学在学中にCSを発症し、家族と大学の協力を得て学業を続けてきた。その病に正面から向き合ったのだ。
 論文は、A4版144ページ、約14万字の力作。前半で関係文献を読み解き、後半では発症者や支援者からの聞き取りとアンケートで、現代社会では見えにくい発症者の苦しみなどを詳述した。聞き手が当事者だったからこそ、聞くことができた内容もあるのではないかという。
 終章で佐藤さんは、発症者のために行なう合理的配慮は、発症者だけでなく、健康を求めるすべての人にとっても有意義なものだと述べている。
 彼女の問題提起に基づき、宇都宮大学は1月21日に公開シンポジウム「環境化学物質のリスクに向き合う~医学的見地からの提言を受けて」を開いた。参加したCS患者からは「勇気づけられた」などの言葉が寄せられたという。
 各地で始まった動きが積み重なり、社会が「脱・香害」へ向かっていく。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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