菅直人首相は4日、年頭の記者会見で小沢一郎元代表に対し、国会政治倫理審査会での通常国会召集前の説明を改めて求めると同時に「政治家としての出所進退を明らかにし、裁判に専念されるのであれば、そうされるべきだ。本人が自らそうした(議員辞職の)ことも考えて出所進退を決めることが望ましい」と述べた。小沢氏が近く自らの資金管理団体虚偽報告の疑惑で強制起訴されれば、自分自分の判断で議員辞職してもらいたい、というこれまでになく強硬な小沢氏への辞職勧告である。
これに対し小沢氏は「ぼくのことなんかどうでもよい。国民の生活がはるかに大切だ」とBS放送の番組で語り、元日の年始あいさつに120人の民主党国会議員が世田谷区の自宅を訪れたことを暗にアピールしながら、政治力が衰えていない事実を菅首相に突きつけた。民主党内の抗争は自民党など野党の動向をもにらみながら、年頭から火蓋を切ったかたちだ。
注目されるのは菅首相が自民、公明両党にも呼び掛けながらことし6月ごろをメドに社会保障の財源確保を目指し消費税率引き上げの「方向性を出したい」と明言したことである。その一方で衆院解散について「解散のカの字も念頭にない」と強調し、昨年7月11日の参院選での民主党大敗―ねじれ国会現出という苦しい現状の根本原因が参院選での消費税率の早期引き上げ提唱にあったことを平然と払拭して、参院選からわずか半年後に引き上げ合意を打ち出したことだ。
この背景には昨年秋の臨時国会で問責決議を可決された仙石由人官房長官を内閣改造の名目で交代させるハラを固めたことがあるとみられる。
▽仙石長官の交代決意か
仙石官房長官は菅内閣の柱である。常識的には仙石氏を交代させれば、菅政権そのものが揺らぐ。問責決議を可決された閣僚がひな壇に座っている限り本会議にも委員会にも出席を拒否するのが野党側の基本姿勢である以上、それに抗して仙石官房長官を留任させれば国会冒頭の施政方針演説、各党代表質問で始まる2011年度予算審議入りが大幅に遅れる恐れが目に見えている。
さらに議員辞職まで宣告した小沢氏は「問責可決のほうが重要だ」と公言して、自分の政倫審出席の条件に仙石氏の更迭があることを昨年末に示唆している。年頭記者会見で最大限の表現を使って小沢氏に議員辞職を勧告した以上、仙石氏をそのまま慰留するのは難しい、と菅首相はハラを括ったもようだ。
▽菅首相が与謝野氏に接近
半面、自民党内の反小沢勢力の間には、このチャンスに小沢氏を強制起訴―裁判―その間の議員辞職でとどめを刺し、ここ約20年間の小沢氏に対する「恨み」を一気に晴らしたいという空気が消えていない。菅首相はじめ民主党内の「脱小沢」勢力の感情もほとんどその点では共通している。
菅首相は昨年はじめごろから、現在は「たちあがれ日本」の幹部である与謝野馨氏にしきりと接近し、何度か消費税引き上げの段取りについて財務相経験者である与謝野氏に意見を求めた。民主党と「たちあがれ」の連立についても意見交換、いったんは合意したという。
その際、菅首相は「たちあがれ」を背後から支える中曽根康弘元首相、石原慎太郎東京都知事、渡辺恒雄読売新聞会長ら与謝野氏とかねてから親密な人脈とも間接的に意見交換し、「大連立絡みの消費税引き上げ」への政治スケジュールについても意見のすり合わせをした模様だ。
▽菅首相の転進
だが、思わぬ誤算が生じた。「たちあがれ」のトップである平沼赳夫氏が、自分の支持勢力である超保守団体からの圧力に屈して、いったんは決断した民主党との連立合意を翻意したのである。与謝野氏は孤立し大連立勢力との信頼関係をも失った。
与謝野氏は事実上、「たちあがれ」グループと袂を分かち、財務省をバックに菅首相の「消費税強行突破」に賭ける決意をしたもようだ。菅首相はことし6月ごろの消費税引き上げ基本方針を年頭会見で前面に打ち出し、昨年7月の参院選大敗の直後には「次の衆院選(最大限2013年夏)までは消費税引き上げは凍結する」との基本方針で退陣の危機を乗り切ったのを直ちに「前倒し」し、ことし2011年に自民党の一部の支持を得て「引き上げの」方向性を固める方針に舵を切った。
▽小沢氏がクセ球投げる
そのためには消費税引き上げを一貫して先延ばししてきた小沢氏の存在が障害になる。この際、「政治とカネ」を理由に議員辞職にまで追い込み、障害の一部を切除しておきたい、というのが菅首相のハラ積りだったようだ。
だが、自宅の年始あいさつに120人を集めた小沢氏が、しおらしく強制起訴―議員辞職に応じるとも思えない。昨年末、菅首相と岡田民主党幹事長が中心となって小沢氏の国会政治倫理審査会招致を党議決定し、小沢氏がこれに応じなければ離党勧告にまで追い込むとの執行部方針を決定したばかりだ。
小沢氏はこれに対し、仙石官房長官の更迭を想定しながら「通常国会召集の冒頭」または「2011年度予算成立直後」の政倫審出席に応じる、という「変化球」で応じた。普通の市民には「難解」だが、仙石氏が留任している限り小沢氏が政倫審に出席しても予算審議入りは野党が反対して実現しない、だから国会が始まってから野党の出方を見たうえで政倫審出席の是非を判断する、というのが小沢流「クセ球」の狙いだった。
▽岡田氏へのバトンタッチも
これに気づいた菅首相、岡田幹事長らは小沢氏の「変化球」を強く批判し、あくまで「通常国会召集前」の政倫審出席要求で追い詰め、小沢氏もクセ球を引っ込めた。そして年始議員120人(昨年より50人減)というデモンストレーションを経て小沢氏が強気に転じると、菅首相は年頭会見で「強制起訴されたら自発的議員辞職を」とまで踏み込んだ。
裁判の進行状況や中身がどうであろうと、起訴されれば議員辞職を、と首相自ら年頭会見で表明したのである。いまや菅首相は政権維持のために小沢氏に一方的な譲歩を迫った。
だが、昨年秋の支持率低落から全国各地で行なわれた首長や地方議員らの選挙で、民主党は連戦連敗である。ことし4月の統一地方選にまでこの流れが続けば、小沢氏がどう対応しようと、菅首相は例えば岡田克也幹事長にバトンタッチする形で退陣表明に追い込まれそうだ。(了)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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