「里親」拡充、これでいいのだろうか?
「児童虐待」のニュースは後を絶たない。なぜなのか?と多くの人は胸を痛めていることだろう。しかも、人間以外の哺乳動物ではほとんど見かけることのないこのような社会現象を、いかにすれば少なくしていけるのか、その糸口すらはっきり掴めないのがもどかしい。
今回は、厚労省が目指している「里親拡充」政策について考えてみよう。
2018年から19年にかけて次々とニュースになった船戸結愛(ゆあ)ちゃん(5歳)と栗原心愛(みあ)さん(小4)の事件は、まだ多くの人の記憶に新しいだろう。前者はいま現在裁判中でもある。
この二つの事件は、転居前と後の児童相談所同士の意思疎通の悪さや、学校、教育委員会も含めた対応の拙さなどが明らかにされ、政府や厚労省は、すぐにいくつもの対応策を打ち出した。最終的には2019年3月19日、関係閣僚会議による「児童虐待防止対策の抜本的強化について」がまとめられ、同年6月19日、児童虐待防止強化法案、児童福祉法改正が可決され、来2020年4月より施行されることになった。
これらの法律には、児童相談所が中核市や特別区にも拡充設置されること、児童福祉司が、今の3,000人から5,000人(2022年度)に増加され、児童相談所の「48時間ルール」(通報から48時間以内に子どもの安全確認をとること)や、職員が「支援係」と「介入係」に分けられること等々が決められている。また、併せて、「里親」「養子縁組」「特別養子縁組」などの拡充も目指されている。「養子縁組」「特別養子縁組」については次回で触れることにして、今回は「里親」に焦点を当てよう。
日本の里親の歴史
「里親」「里子」という言葉は、何やら日常会話に出て来る用語のようで、法律用語としては違和感が残る。そのためかどうかは分からないが、厚労省の方針としては、今後この名称を変更する予定のようである(「新しい社会的養育ビジョン」2017年)。
それはさておき、「里親・里子」は平安時代から用いられているようだし、最近では、飼い主のいなくなったペットを引き取る人、あるいは縫いぐるみ等の物品を買い取る人を「里親」と呼ぶ例もあるようで、ややこしい。
ともあれ、戦後間もなくの1948(昭和23)年、制定された児童福祉法第27条第1項第3号に、都道府県知事管轄の「里親」は規定された。当時、「戦災孤児」や「浮浪児」も多く、制度当初は、里親登録数2万人、里子は9千人以上に上ったそうである。
その後は、児童福祉に関しては、民間が多くを占める児童養護施設が専ら担うこととなり(安上がり福祉)、1990年代には、里親登録数7千人、里子は2千人ほどとなった。だが、児童虐待が問題化され始めるや、それ以降は、漸増傾向となり、2017(平成29)には、里親登録数(世帯)は11,730、委託里親数は4,245、委託児童数(里子)は5,424人(2009年度から創設された「ファミリーホーム」も含めると、6,858人)となっている。
つい最近の朝日新聞(2019.11.29)に「実の親と暮らせない子」という記事が掲載されていたが、そこでも、「児童福祉」対象の子ども総数は約44,000人、その中で、施設で生活している子どもは約37,000人、里親のもと約5,400人、ファミリーホーム約1,400人となっており、先の数値とほぼ同じである。
里親制度の転換
里親制度に関しても、2009(平成21)年の国連総会における「児童の代替的養護に関する指針」採択は、日本に対して大きなインパクトを与えた。
さらに、2010年国際的に比較された里親の委託率は、日本の特殊性を炙り出すことになった。もっとも、里親の「委託率」なので、総数の比較は明らかではないが・・・。
オーストラリア 93.5%、香港 79.8%、アメリカ 77.0%、イギリス 71.7%、
フランス 54.9%、イタリア 49.5%、日本 12.0%(2013年3月 14.8%)
このような流れの中で、厚労省はまず初めに、それまで里親というものは「ボランティア」的なものであるとして、金銭的な手立てについてはきわめて消極的であったが、里親への養育手当ては月3.4万円から7.2万円(二人目以降は3.6万円)に引き上げ、さらに子どもへの一般生活費として、乳児月額 54,980円、乳児以外月額 47,680円を支給することになった。
続いて2011年社会保障審議会の報告書「社会的養護の課題と将来像」では、「家族的養護の推進」も4つの柱の一つとなり、施設養護の「大舎制」(1舎につき20人以上)を漸次小規模型へ転換し、2015年度から15年間の間に、小規模施設、グループホーム、里親またはファミリーホームをそれぞれ3分の1ずつにするという数値目標も掲げている。このような流れの中で、重ねて「社会的養護の課題と将来像」が全面的に見直され、結果として2017年「新しい社会的養育ビジョン」が発表された。
そこでは、就学前の子どもは原則として施設入所は禁止して、3歳未満児はおおむね5年以内に、それ以上(3,4,5歳児)は7年以内に里親委託率を75%以上、学童期以降はおおむね10年以内に里親委託率を50%以上とする、という数値目標までもが立てられている。
「家族的養護」「里親―里子」への過剰期待は苦しい?
せっかく懐いている保育士がいるのに、子どもの年齢が超えたので別の養護施設に(規則ゆえに)入所させられる・・・そういう子どもの愛着や希望を「無情」にも断ち切る現在の「乳児院」などの現実を考えれば、先に上げた厚労省(社会保障審議会)のかなり強気の数値目標設定も、その意図の「良心」は分からなくもない。
しかし、現在の大規模な(大舎制)児童養護施設が、適度な規模に縮小され、グループホーム化され、その施設を中心にして、同じ地域内の「里親」との連携、たとえば、「週末里親」「季節里親」、さらには「フレンドホーム」「ボランティア里親」など、「ゆるい」関わりを維持したり展開したり・・・そういう試みもあっていいのではないか、と考えている。
その理由の一つは、今の日本では、たとえ「自分の子どもでなくても」「子どもとの暮らしを楽しむ」という風習あるいは文化が一層乏しくなっていると思われるからである。
「里親」が制度として整備されれば、当然、経済的な保障も整備される。しかし、逆にそれは「里親」の資格や能力がより一層求められることを意味する。「里親」の登録がなされるためには、研修(基礎研修、認定前研修)や実習が必要であり、児童相談所の家庭訪問を受け(修了認定)、最後に児童福祉審議会里親認定部会で審議され養育里親名簿に登録可、とならなければならない。(里親制度は、都道府県によってさまざまである。大阪市では、同性カップルも里親として認定された。2016年12月22日)。
東京都では、里親になるためには、「すでに児童養育の経験があること、もしくは保健師、看護師、保育士の資格を有していること」が条件である。
実子を育てている人はOKであるが、「自分たちの子どもが欲しくて」長年「不妊治療」を受け続け、ついに諦めて里親登録を望んでも、「保健師、看護師、保育士」の資格がなければ里親への道はシャットアウトされる。
ここで次のような例を持ち出すのは、余りにも嫌味だろうか。しかしあえて忘れないために想起しよう。2011年、東京都杉並区で里親(母)が3歳児里子を死亡させた。彼女は、私立大学大学院博士課程修了、心理学も専攻している。実子2名(10代女子)も居る。条件的には何の問題もない。しかも、里親希望の動機は、「社会貢献がしたい」であった。
「優秀な」彼女(里親)は、訪ねてくる児童相談所の職員に、「里子とうまく行かない」と愚痴もこぼさず、相談もなかったようだ。
「人と人との関わりは、千差万別」、「家族」も「親子」もさまざまである。
3人の実子と1人の里子を育てた津崎哲郎氏は、子どもの育ちの局面、反抗期などについて「実子の揺れが震度3程度とすれば、里子の揺れは震度6に匹敵するくらいのインパクトがあった」と語っている。震度6で崩壊しなかった分、幸運である。
ともあれ、実子であれ、里子であれ、一つの「家族」の中で、また賢くやさしい「親」の下で、子どもが必ずしも「健やかに」育つとは限らないだろう。そこに人間の難しさと面白さがあるのかもしれない。どの子どもも、どの親も、「家族」は閉じられていては息が詰まる。やはり「家族」は開かれている必要があるだろうし、家族以外の支えも必要だろう。
「家族的養護」「里親」制度への過剰な期待ではなく、いま少し多様な社会的養護の形が求められているのではないだろうか。
(参考文献)吉田菜穂子『子どものいない夫婦のための里親ガイド』明石書店、2009年
津崎哲郎『子どもの回復・自立へのアプローチ』明石書店、2015年
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔eye4670:191202〕