離婚後の「共同親権」を考える
1 「共同親権」とは何か
「離婚」?・・・多くの人には身近ではないかもしれない。しかし、少子化、未婚・非婚の時代といわれながらも、2018年の結婚件数は約59万件。それに対して離婚件数は20万7000件である。結婚件数のほぼ3分の1強である。さらに「未成年の子ども」を抱えた離婚は全体の58%であり、「親が離婚した子ども」は21万人を超え、これは未成年人口の10人に1人に相当する。
一般には理解されにくい、離婚後の「共同親権」や「単独親権」について取り上げ整理したいと思うのは、やはり離婚する元夫婦にとっても、その狭間で翻弄されるだろう子どもにとっても、離婚は人生の一つのステップとして、自立的に位置づけられて欲しいからである。しかし、未だに、離婚や、離婚にまつわる「共同親権」「単独親権」などは、なかなかクリアには理解しがたい。当事者間での対立もさることながら、それ以上に、社会的にも明確に制度設計されてきたとは言い難いからである。
その一つとしては、もともと家父長制の「家」制度を引き継ぎながら、戦後、それとの明確な訣別をしないままに、いわゆる「民主的な」一夫一婦婚に切り替えられて行った日本の特殊な歴史的社会事情も関係しているのかもしれない。
つまり、戦前の「家」制度下においては、「嫁取り」(婚姻)はあくまでも「家」のため、すなわち「家の跡取り」のためであった。「嫁」とは、漢字そのものが示す通り、「家のための女」であり、「子産み器」に他ならなかった。したがって、「離縁」(七去)の最初の条件は「子無きは去る」である。ともあれ、「子」を産めない女は「石女」(うまずめ)と蔑まれ多くは離縁され、また、女子ばかり産む嫁は、跡取りとされている「男子」を産むまで産み続けるか、あるいは夫が妾に産ませた男子を「嫡子」として育てることを余儀なくされた。
したがって、この「家」制度下では、親権とはすなわち「父権」であった。そのため、夫との間に子どもを産んだとしても、家の家風に馴染まない嫁は当然のように「離縁」され、それは女の実家に「出戻り」することであり、出戻り女は恥とされ、自分の産んだ子どもとの関わりも一切断たれてしまう、それが当然であった。
戦後、建て前としては「民主的な家族」に色直しされたものの、たとえば「夫婦同姓・家族同姓」、「女にのみ再婚禁止期間の設定」(父親の確定のため)など、いくつもの「家」制度の慣習が残されている。
「親権」に関してはどうだったか。確かに結婚した夫婦の間では、両方とも「子どもの親」であり、その限りではどちらにも「親権」が認められ、いわば「親権の共有」と言える状態である。ただ、この時代、はたして「共同親権」という意識や言葉が存在していたのか、曖昧である。というのも、今で言う「共同親権」という言葉は民法には規定されず、戸籍にも父母の名前の記載以外、取り立てて明記されてはいないからである。
ところが、夫婦が離婚する際には、どちらの親が親権者になるのか、その取り決めが離婚成立の基本条件となっている(民法819条1項)。戦前の場合は、離縁と言えば嫁が家を出て行くのであり、親権はそのまま「父親一人だけの親権」であったためであろうか。したがって、裁判離婚の場合は、裁判所が父母の一方を親権者と定めることになっており(同2項)、その結果、離婚後は、「親のどちらか一方の親権」として、子どもの戸籍の身分事項欄に、親権者の氏名が記載されることになっている。
こうして、離婚後に、父母のどちらか一方が親権者となる日本の実態が、欧米の、「離婚しても、子どもには父も母も両方が必要である」、または、「離婚後も父と母は仲良しであるべきである」という「フレンドリーペアレント・ルール」に基づく理念や実態とが比較対照され、その結果、日本は「単独親権」、欧米は「共同親権」、という呼称が一般化したのかもしれない。
2 主として父親からの「共同親権」法制化要求
日本の離婚後の「単独親権」が問題にされ始めるのは、離婚の増加と、親権の「父から母へ」の移行が主な要因になっている。
本稿の(8)でもすでに述べたように、戦後しばらくは、戦前の親権=父親、の風習が続く。1950年の統計によると、「親権者・父」の割合は約5割、「親権者・母」は約4割、後の約1割は、父と母とで子どもを分け合った件数である(未だ兄弟姉妹数も多かった)。
その後、「子産み・子育ては母親の務め」という母性の強調もあり、高度経済成長真っただ中の1966年、親権の父母の割合が逆転する。そして、2015年の統計では、父12.1%、母84.3%となっている。最新の司法統計では、父9.6%、母90.4%までにもなっている。
さらに、2011年の民法改正では、協議離婚の際に、親権の所在だけでなく、「子との面会および交流」「子の監護に要する費用の分担(すなわち養育費負担)」などが取り決められるよう明記された(民法766条1項)。
後者の「養育費負担」は、社会の「性別役割」規範と構造ゆえの母子家庭の貧困状態を、当事者間で改善するために、元夫に課せられるものである。いまなお「性別役割」を払拭しえない日本の社会では、離婚した後の元夫の養育費負担は当然視され、母親が養育費を「受けている」24.3%、「受けたことがない」56.0%(厚労省2016年度調査)という事実が示されるや、大方は元夫への非難となり、さらにはもっと断固とした取り立ての制度化(8)が求められる(社会的な制度保障としての「こども手当」や「公教育の完全無償化」には消極的である)。
一方、前者の「子との面会交流」要求は、これも主として親権を母親に譲らざるを得なかった父親からのものである。かつての「男は外」と言われ、稼ぐことが男=父の役目と自らも信じて働き蜂となっていたのに比して、最近では少子化も相まって、父親もまた子育てに関わるようになってきた。そのためでもあろうが、離婚による「子どもとの別れ」はかなりの消耗感を父親に与えるのであろう。「子との面会交流を求める調停の申し立て件数」は、2000年度、約2400件であったものが、2017年では約1万3000件(約7割が父親)となっている(司法統計)。
離婚に際して、「養育費」の取り立てが強化され、その割には、「子どもとの面会交流」はなかなかに実現されない。・・・離婚した父親に憤懣が蓄積されるのも分からなくはない。だからであろう、ついに業を煮やした東京都の40代の男性は、「一方の親から親権を奪うのは法の下の平等を定めた憲法14条に違反する」と訴えており、欧米諸国や中国・韓国でも導入されている「共同親権」を求めて最高裁に上告している(朝日新聞2018.12.3)。
以上のような「父権回復運動」とも呼びたくなるような動きは、すでに2014年に発足した超党派の国会議員「親子断絶防止議員連盟」による「親子断絶防止法案」の作成の動きによっても下支えされている。現在は「共同養育支援議員連盟」と改称され、「共同親権制度」の導入が目指されている。実際、現在時点で、法務省内に「父母が離婚した後の養育の在り方を中心とした家族法の検討課題について」の研究会が開催中であり、「離婚後共同親権制度の導入の是非」も検討項目の一つであるという。
3 当面する検討課題
確かに、離婚した後も、父親も母親も「親である」事実は背負い続け、もちろん親としての責任もなくなるわけではない。その意味では「フレンドリーペアレント・ルール」は、理想として追求することは意味があるだろう。しかしまた、日本の現実の結婚と離婚の実態、そこにおける多様な親と子の実態もまた十分に配慮されなければならない。
そのために、今後さらに検討されなければならない課題を、以下、簡単に述べておこう。
➀ 「共同親権」要求の前に、まずは「親権とは何か」をしっかり問い直す必要がある。
これまでに度々触れたように、日本の「親権」は、家制度から続く「親の子どもに対する支配・監督の権利」という性格を払拭しえていない。未だに、親権のなかの「子どもを懲戒する権利」をなくしえていないことも、その一つである。
② 「親権」の問い直しと関わるが、「子どもの権利」という理念の定着化と、それに応える親側の「責任」をどのような言葉で表すのか、難しいが重要な課題である。
たとえば、オーストラリアの「家族法」の「Shared Parental Responsibility」(分担親責任)、あるいは「Parental Responsibility」(子どもへの親の責任)、さらに英米では「子どもを世話する=親」という意味で「Parenting」が用いられ、これをシェアする「Shared Parenting」(共同養育)とも言われている。
以上見るように、「共同親権」という同じ用語で語られながら、その内実はかなり異なっている。「親とは?」という問いにさらに向き合う必要があるだろう。
③ DVが関わる場合は、裁判離婚に頼らざるをえないだろうが、しかし、今なお9割弱を維持している日本の「協議離婚」の形態は尊重され、さらにサポートを受けながら、継続されていく必要があるだろう。離婚後のさまざまな取り決めは、法的な強制力によってではなく、可能な限り、当事者(父・母・子ども)間の自由な発言と納得(保留を含む)の上で自律的かつ多様に取り決めていくのが好ましいだろうからである。そのためにも、離婚の契機は、どちらが「原因」を作ったかの「有責主義」から「破綻主義」へと切り替えていく必要がありはしないだろうか。離婚に立ち至るのは、結局は両者の責任である、という「破綻主義」が、その後の元夫婦の「友好」を維持し、かつその後の双方の自由を保障しうると思われるからである。
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