「資本主義の次に来る世界」(ジェイソン・ヒッケル著:東洋経済新報社、2023年4月刊)要約  (五)

編集部:註
本稿は当初第1部の掲載予定だったが、第2部も掲載する。全体は下記の通りである。

はじめに 人新世と資本主義            (一)
第1部 多いほうが貧しい
 第1章 資本主義――その血塗られた創造の物語   (一)

https://chikyuza.net/archives/131145
 第2章 ジャガノート(圧倒的破壊力)の台頭    (二)
https://chikyuza.net/archives/131202
 第3章 テクノロジーはわたしたちを救うか?    (三)
https://chikyuza.net/archives/131230
第2部 少ないほうが豊か
 第4章 良い人生に必要なものは何か   (四)
https://chikyuza.net/archives/131339
 第5章 ポスト資本主義への道  (五 今回)
 第6章 すべてはつながっている  (六)

第5章 ポスト資本主義への道
 成長を経済の中心から外した時に、突如として生態系の危機を容易に解決できるようになる。資本主義は、資源採取、生産・加工、流通を通じて巨大なエネルギー吸引装置だ。脱成長とは経済の物質・エネルギー消費を削減して、生物界とのバランスを取り戻す一方で、所得と資源をより公平に分配し、人々を不必要な労働から解放して、繁栄させるために必要な公共財への投資を行うことだ。経済の中心になるのは、際限のない蓄積ではなく、人間の繁栄と生態系の安定である。
<大量消費を止める5つの非常ブレーキ>
 資源の消費を減らせば生態系への負担を軽減できる。それは人々の生活を向上させながらできる。
① 計画的陳腐化を終わらせること。家電製品を例にとると、多くの場合修理できないように設計されている。これを計画的陳腐化という。これによって大量の電子機器廃棄物が生み出される。計画的陳腐化は意図的な資源利用の非効率化の典型である。これに対処するためには、保証期間の延長を義務づけることだ。
② 広告を減らす。広告は不必要なものを買わせる。
③ 所有権から使用権へ移行する。個人の自動車を減らし、公共鉄道交通機関への投資を増やすなど。
④ 食品廃棄を終わらせる。毎年世界で生産される食品の最大50%(20億トン)が廃棄されている。食品廃棄を終わらせれば④4業の規模を半分にすることもできる。
⑤ 生態系を破壊する産業を縮小する。牛肉生産のために世界の農地(牧草地、飼料を育てる農地)の60%近くが使われている。牛肉をやめて鶏肉や豆類からタンパク質を取るようにすれば、約100万平方マイル(米国、カナダ、中国を合わせた農地)に相当する面積が解放される。その他軍需産業、使い捨てのプラスチック製品、航空路の縮小(鉄道利用拡大)等。私たちが消費する量が半分になれば、生産、流通コストも半分になりエネルギー消費も半分になる。生態学者は資源とエネルギーの消費量に上限を設け、毎年、徐々に下げていくことを考えている。
 仕事はどうなる。不必要な労働を減らし、必要な労働(介護、エッセンシャル・サービス、クリーンエネルギーのインフラ建設、地産地消の農業、劣化した生態系の再生の仕事など)への切り替えを政策(雇用保険、教育訓練、生活賃金保障等)の力で行う。
 こうしたことは、労働時間短縮、幸福感の向上、環境負荷の減少につながる。
<不平等を減らす>
 脱成長のシナリオにおいて意味するところは、1930年以来続く生産性向上がもたらす資本家による利益の横領を食い止めることだ。イギリスの国民所得に占める労働者の所得の割合は、1970年代には75%だったが、現在では65%に低下した。アメリカでは65%に下がった。富の不平等も問題だ。アメリカでは最も富裕な上位1%が国家の富のほぼ40%を所有している。下層の50%はわずか0,4%だ。富裕層の富はレントシーキング(民間企業などが政府や官僚組織に働きかけを行い、法制度や政治政策の変更を行うことで、自らに都合よく規制を設定したり、または都合よく規制の緩和をさせるなどして超過利潤を得るための活動)や政治的占有によって低賃金労働者や自然から搾取したものだ。富裕税の導入が解決の道だ。不平等を減らすことで贅沢な消費は減り、競争心にかられた消費も減り、生態系への負荷も減る。不必要な成長への圧力も排除される筈だ。経済は不要な交換価値から離れ、使用価値にシフトする。政治的占有は減り民主主義の質も向上する。
<公共財を脱商品化し、コモンズ(共有財)を拡大する>
  ロンドン大学の研究者たちは、ユニバーサル・ベーシックサービス(無償で提供する社会保障サービス:住宅、医療、教育等)及び公共交通機関、エネルギーと水、インターネット等の定額使用料金化はすべて、富、土地、炭素などへの累進課税がもたらす公的資金で賄えることを証明した。社会の土台となっている基本財を脱商品化し、コモンズ(共有財)を拡大することで所得の福祉購買力を高めることができる。所得を増やさなくても豊かに暮らすための必要なものを利用できるようになる。
<「豊かさ」が成長の解毒剤となる>
 資本主義は、囲い込み(土地、共有地の強制的没収)や植民地化で、人々を低賃金労働に従事させ、生産性を競わせ、大量消費者にするには希少性を人為的に創出する必要があった。人為的希少性(人為的に供給を抑制し不足感を高める)は資本蓄積のエンジンとして機能した。所得分配の不平等は所得の人為的希少性を永続させる。少ない所得を増やそうと人々は懸命に働く。公共サービスの民営化により公共サービス(福祉、教育、医療等)を希少にして、民間の代替品を半ば強制的に買わせる。経済成長(資本蓄積)はこうして生み出された人為的希少性によって維持される。この仕組みを理解すれば解決策は見えてくる。
 解決策とは、公共サービスを脱商品化し、コモンズ(共有財としての公共施設)を拡大し、労働時間を短縮し、不平等(所得格差)を減らすことによって人々を豊かに暮らすための必要なものにアクセスできるようにすることである。脱成長によりGDPは縮小し企業とエリートの所得は減るが、公共の富は増え、他の全員の生活は向上する。私たちの求めるのは、根本的な豊かさである。
<新たな経済のための新たな資金>
 現在の経済システムは債務の上に成り立っている。銀行は実際に保有する資金の10倍の資金を貸し出している。その資金を信用創造によって生み出している。貸し出した資金は一時的に預金として銀行に滞留する。その預金を基に新たな貸し出しをする。貸し出した資金は複利で返済される。借入者は複利の利息を返済のため、成長を続けなければならない。激烈な競争が展開される。複利にもとづく貨幣制度は地球の生態系の微妙なバランスの維持とは両立しない。新たな貨幣システムを構築しなければならない。
<ポスト資本主義のイメージ>
 ポスト資本主義では、人々は有益な物やサービスを生産し販売する。労働に見合う報酬を得られる。無駄を最小限にしながら人間としてのニーズを満たすことができる。生態系を大切にする。既存の経済とは根本的に異なり、蓄積(利益)を目的としない。新しいシステムは、集団のプロジェクトとして創造していくしかない。例えば気候変動対策、環境保護運動、持続可能は農業構築、等々。
<民主主義の力>
 ハーバード大学とイエール大学のチームの調査によると、持続可能な形で資源を利用し、生可能な量しかとらない、とする人が多数を占めることが解った。生態経済学者が「定常状態」と呼ぶものを支持しているのだ。それにも拘わらず「定常状態」が実現しないのは政治システムに問題があるからだ。アメリカでは政府へのロビー活動が活発である。2020年には、35,5億ドルが議会へのロビー活動に費やされている。政治は常に経済エリートの利益が優先される。金融の世界でも、巨大資産運用会社が株主投票を支配している。世界銀行、IMFの議決権は富裕国に偏っている。大多数の思いは少数のエリートにより踏みにじられている。腐敗した政治システムを変え民主主義を拡大するには、政治からビッグマネーを排除することが必要となる。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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