「通貨戦争」のもう一つの側面──ドイツの対米批判と保護主義の亡霊

著者: 脇野町善造 わきのまちぜんぞう : ちきゅう座会員
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 ソウルでのG20は案の定、実質的な進展はないままにおわった。あらかじめ想定されていた失敗あるいは分裂ということになるのであろうか。そうなると、こういう事態を招いたのは誰か、ということに関心が行くのは当然のことである。Foreign Affairs は本来は隔月刊行の雑誌であるが、オンライン版で面白い記事を載せることもある。11月10日付けのS. Dunaway氏の署名記事では、11月4日のFRB(アメリカ連邦準備制度理事会)の金融緩和政策(QE2)が各国(ドイツ、中国、ブラジル、それにG20の開催国の韓国も含めて)の批判を引き起こすことによってG20の「焦点ボケ」を招来してしまったとする。これだけ読むと、FRB批判かと思うが、そうではない。著者は、各国のFRB批判は筋違いであって、アメリカのQE2はアメリカをデフレ危機から救い、ひいては世界経済の発展にも寄与するものだとする。そして誤った認識を克服して、中国の為替政策(人民元の事実上の対ドル相場固定化のことをいうのであろう)の是正に向けての連携を再建する努力が必要だとする。 
 随分と手前勝手な話である。アメリカの金融緩和は間違っていないというのは著者の主張であるから、それでいいとして、ドイツなどに対して、攻撃の対象はアメリカではなく中国だと呼びかけるのは、ひどく的が外れているのではないか。11月10日付のフィナンシャル・タイムス(FT)は「米国の経済政策を批判し、経常収支の数値目標の設定を拒否することにかけては、…ドイツが中国以上の強硬姿勢を取っている」と紹介している。ドイツの対米批判については前便(「11月6日に京都で何が起きたのか──朝日が伝えなかったこと」)でもふれた。このところのユーロ安を奇貨として、ドイツ経済は「奇跡」に近いような回復を見せ、「一人勝ち」のような状況になっている。原動力は輸出である。それを考えれば、QE2によって生じかねないドル安を批判するのは当然であり、経常収支の数値目標の設定を拒否するのも当たり前のことである。そういう状況にあるドイツに対して、「共通の敵は中国だ」と呼びかけるのは、何の意味のない戯言ではないか。
 ソウルでのG20の閉幕を受けて、11月13日に産経は次のような社説を掲げた。

 通貨安競争の背景は複雑だ。米国や欧州は景気浮揚を目的に、金融緩和を実施し、輸出に有利なドル安やユーロ安を事実上容認している。一方、成長のスピードを落としたくない中国は大規模な為替介入によって、人民元を安価な水準にとどめている。先進国から投機資金が流入するブラジルや韓国なども資本流入を規制し、介入により通貨安をめざす構図だ。
 経常収支の不均衡是正は、通貨安競争の回避と表裏をなす。先進国は金融緩和による景気浮揚、新興国はバブルを抑制しながらの成長という難しいかじ取りが問われる。なにより、世界経済への影響力が大きい米中が率先して自らの政策を検証し、行動すべきだ。

 この社説の図式は「先進国VS途上国」である。ドイツとアメリカの対立はここでは消えてしまっている。上述の11月10日付けのFTは対立軸は7つもあるとする。「黒字国VS赤字国」(経常収支に関して)、「操作国VS被操作国」(為替操作に関して)、「緊縮国VS積極国」(財政政策に関して)、「民主主義国VS独裁国」、「西側VSその他」、「干渉主義VS主権主義」(国際的な協調行動を容認するかどうか)、「大国VS小国」の7つである。ドイツは多くの項目でアメリカと対立する(勿論中国もそうであるが、「干渉主義VS主権主義」ではアメリカは中国と同じ側に立つ傾向があるとFTはいう)。そうした複雑な構図の中にある通貨戦争を単純な図式で描くことはミスリーディングであろう。アメリカ対中国という対立図式だけを描くことによって、ヨーロッパの雄であるドイツが中国とある意味で「連携」してアメリカを批判していることを見逃すことになるからだ。
 日本の財政・金融当局が最近のアメリカの経済政策を強く批判したという話はほとんど聞かないが、ドイツのショイブレ財務相やメルケル首相は違う。11月11日付けのFTによれば、ショイブレ財務相は、「米国の成長モデルは深刻な危機に陥っている」、「中国は為替レートを操作していると非難する一方で、自分たちは水門を開いてマネーをじゃぶじゃぶと市場につぎ込むことでドル相場を押し下げるという米国のやり方は正しくない」と批判したという(当然ではあるが、FTはこのショイブレ財務相の発言に反論している)。また11月11日のHandelsblatt(ドイツ:以下HB)は、メルケル首相が、経常収支の不均衡は世界市場のおける生産物の競争力にも関連したものだと断言し(ドイツには競争力はあるが、アメリカにはないと言いたかったのであろう)、アメリカの金融政策は世界経済に対して新たなリスクをもたらすものだと警告したうえで、「誰も新しい泡沫(Blase)に関心はない。今回の世界経済の発展は、数年前に我々が経験した者よりも持続的で堅固なものであることを見なければならない」と語ったことを伝えている。経済が絶好調のドイツの首相ならではの発言だが、この認識はアメリカのそれよりも中国の主張の方に遥かに近い。ドイツが輸出主導型で経済回復を実現したことを考えれば当然であろう。
 アメリカの経済政策に関するヨーロッパから発言にはこれ以外にも興味深いものがある。11月10日付けのロイター電は、欧州中央銀行(ECB)のトリシェ総裁が「強いドルは米国、および国際社会の利益になる」との考えを示したこと、その上で、「米ドルが変動相場制を導入している他の通貨に対して強いことは、米国、欧州、ひいては国際社会全体の利益であると確信している」と語ったことを伝えている。明らかに、アメリカのドル安放置(あるいは誘導)政策に対する牽制である。
 通貨戦争は終結には程遠い。金融緩和という新たな戦いも始まった。上述の産経の社説は「経常収支の不均衡是正は、通貨安競争の回避と表裏をなす」という。であれば、通貨安競争が回避できない限り、貿易を巡る陰惨な戦いが始まるのは不可避であろう。ぼんやりとそう考えていたら、11月11日のHBのJosef Joffe氏の署名記事が目に触れた。氏は以下のように書いている。

 通貨戦争という言葉は今やまったくばかげたものとはいえなくなった。そしてここに1930年代由来の戦慄すべきもう一つの言葉が加わる。「保護主義」がそれだ。これは通貨の競争的切り下げの双子の兄弟である。…保護主義指数が今年の夏以降、急激に上昇しているという研究がある。主犯はアメリカとEUであり、主たる標的は中国である。

 1930年代の亡霊を見る思いがする。通貨戦争の新しい局面が始まっているようだ。
 1930年代の世界は、通貨の競争的切り下げから、ブロック経済での「保護主義」に走り、世界経済の分断を招いた。そして最後には二度目の世界戦争が起きた。引き金を引いたのはほかならぬドイツである。ドイツはこの教訓をどう活かそうとしているのか、まだハッキリとは分からない。ハッキリとしているのは、ドイツがユーロ安の恩恵を(有り余るほど)享受しながら、ドル安を批判していることだけだ。そのドイツのことを、そしてドイツとアメリカの対立のことを、我々はもう少し真剣に観察すべきではないのか。1930年代の悪夢を繰り返さないためにも、である。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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