「里山資本主義」とは大人のファンタジー

安倍政権は、来年4月の統一地方選に向けてバラマキ政策の取り纏めに躍起となり、地方向けに「地方創生」なる造語で土建屋を喜ばせる新なバラマキに挑戦する意向を示しています。

来年度の各省庁の概算要求では、何と101兆円もの巨額に達し、これには、日経新聞ならずとも「成長戦略を後押しするための『優先課題推進枠』では、『地方』や『地域」』の冠をつけた地方創生関連の要求が目につく。」と云わざるを得ず、「地方創生でバラマキは慎め」と苦言を呈さざるを得ません。

 

地方創生でバラマキは慎め 日本経済新聞 2014/8/30付

 

ところで、時期が時期にあって、NHK広島取材班と藻谷浩介氏の共著「里山資本主義」が評判で、NHKでも宣伝にこれ努めているようです。 何か因縁があるのでしょうか。 根が疑り深い性質の私は、同著も額面どおりには受け止められません。

地方分権が叫ばれた折にも、その真の目的が国家行政のリストラであることを隠し、行政課題の地方丸投げになるであろうことを予期していましたが、この度の「地方創生」キャンペーンは単に選挙目的のバラマキの御題目程度のものになると思われます。

その理由は、地方が抱える問題は、単に一時期のバラマキに依り解決出来得る程度のものでは無いからです。 本質的に、日本では地方自治は行政単位の呼称に過ぎず、その実態が無く国家行政を司る各行政庁の下請け機関に過ぎないからでもあります。

ともあれ、実状は厳しい地方に一縷の望みを与えるかのような事例には、地方で悩む人々が飛びつき事例収集に馳せ参じるのが過去からの慣わしで、それがために、地方行政に携わる職員も議員もせっせと「旅費」を使い現地視察に励むのです。 今回も「里山資本主義」に挙げられた事例には全国から視察依頼が殺到しているであろうことは容易に予測出来ます。

でも、本書に挙げられた環境関連のものには、大きな疑問符がつきます。 特に、欧州の事例を挙げて例証にしているのはヨーロッパに弱い日本人には影響があるでしょうが、環境関連の運動に長く親しんだ私にはお笑い草としか言いようがありません。 その一例はバイオマスです。 森林ジャーナリストとして名高い田中淳夫 氏は、「ヨーロッパのバイオマス発電所の経営は、上手くいっていないのだ。 まるで理想的に展開しているかのように紹介されているが、実はドイツやオーストリアのバイオマス発電所が、次々に破綻したり経営不振にあえぐ事実を隠している。」と非難されています。 時期的に便宜ではあるのでしょうが「決して経済にも環境にもよいバラ色のエネルギー施策ではなかったのである。」とされるものを賞賛するのは如何かなものか。

真理は細部に宿ると言うのですから、自己の主張を補強するのに都合の良い事実のみを強調するのはジャーナリストとしても学究としても良心的とは言えないでしょう。 それでも田中淳夫 氏は、「提言に関して、私は概ね賛同する。」と本書の主張には好意的ですが、果たしてそれで良いのでしょうか。

「里山資本主義」は可能? バイオマス発電の虚実 田中 淳夫 | 森林ジャーナリスト YAHOO!ニュース 2013年11月26日 10時45分

 

「同書が『美しい理想と描く成功事例』のほとんどは問題だらけな事例である。 事実上、破綻している『失敗事例』も少なくない。」と糾弾される地域再生プランナーの久繁哲之介氏は、「実は成功してない問題だらけの事例に、視察ラッシュが発生し、虚実な成功事例を模倣する施策に各地で莫大な補助金が付くが、表面的に模倣した地域の殆どは無残に失敗して、税金=補助金の莫大な浪費を生む。」と警告されています。

更に、同氏は、「『里山資本主義』が犯した『ウソ=重要な事実の隠蔽』の数々は非常に悪質である。 とりわけ『放射性セシウムを垂れ流す』事実の隠蔽は、今の日本では、国民への背信行為だ。」とまで論難されています。 厳しく事実を点検される同氏の言は、地方に住む者にとって厳しい現実に向き合う必要を諭されるものです。 地方は、苦言こそ聞かねばならないのです。 「里山資本主義」の優しい言葉に安らぎを覚え、一時の現実からの逃避をしてはならないのです。

里山資本主義のウソ ~ 失敗を成功と粉飾 ~ これぞ『地域再生の罠』

地域再生プランナー「久繁哲之介の地域力向上塾」2014-03-29

 

中でも、少子高齢化の影響は決定的であり、決して否定出来ず軽視出来得ないものがあります。 「東京一極集中の裏側で、一部を除いて進む地方の衰退は深刻だ。とりわけ、人口減少は地域の先行きに影を落とす。
民間研究機関『日本創成会議』が5月に公表した試算では、2040年までに国内の約半数の市区町村が消滅の危機にあるとされた。東北では青森と秋田の両県庁所在地も含まれる。」と河北新報が指摘しているとおりです。

 

地方創生本部/付け焼き刃の対策いらない 河北新報社説 2014年08月07日木曜日

 

政治・経済に止まらず、凡そこの世の何事にあっても現実を直視することは過酷なことでしょう。 例えば、死に直面した者にあっては、一時の慰めを与えられることがその苦しみを和らげ得るものであることは事実です。 しかしながら、事実を事実として真摯に受け止め、家族・友人に別れを告げ、自己の死後の希望等を伝えることも重要なことであるのと同じく、地方の現実を直視し現実的な対策を立てることが重要であるでしょう。

少子高齢化の現実、中でも格差が拡大しつつある今の高齢化は、如何なるものになるのかは、「集めた声は二万件、結果から浮かびあがったキーワードは「貧困」と「孤立」でした。」とされた全日本民医連の調査が示しているとおりです。 そして、崩壊する地方にあては、行政空白地帯が出現するのです。

既に、今も見識ある人々は、都市回帰現象で医療や福祉等の行政施策が整った都市部へ帰りつつあります。 特に地方のニュータウンは、近い将来には悲惨な現実に直面することが確実です。 マイホームを購入した当時には、多くの人が「住宅専用地域」に住居を買い緑の豊かな環境に恵まれた地域に住む幸福感を味わったのでしょうが、住宅以外に商店の一軒も無い地域では車が必要不可欠であり、高齢になり買い物一つにも車が必要で、医療機関は近くに無く、行政サービスも充分では無い現実に直面せざるを得ないことを悟るのです。 実際にニュータウンに住んでいた私の友人たちは、その現実を悟り都市部へ帰りました。 私が住む京阪神の地方にあるニュータウンでは、住宅を売ろうにも売れない現状です。 売りたい人ばかりで買いたい人が居ないのが現実だからです。

高齢者医療・介護・生活実態調査―貧困 孤立 2万人の声が伝えたこと 民医連新聞

「里山資本主義」とは大人のファンタジーです。 少し幼稚な大人の。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/

〔opinion5028:141025〕