「野田佳彦首相の政治的叡知―政権長続きの気配も」

著者: 瀬戸栄一 せとえいいち : 政治ジャーナリスト
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 野田佳彦首相について、地味とか「どじょう」とかのイメージを持たれているが、筆者が直感的に感じているのはその風貌とは違って、相当な「政治的叡知」の持ち主ということである。この秋から来春にかけて、よほどの予想外の事態が発生しない限り、衆院議員の残り任期2年間を、野田首相のもとで民主党政権が継続しそうに思える。つまり2013年の8月末まで、野田首相(代表)を担いだまま、民主党は政権を維持するのではないか、という予想だ。
 どこからそういうカンによる予測を得たのか?端的に言うならば、8月末から9月初めの組閣にかけて、小沢一郎氏に極めて近い「輿石東・幹事長」を野田人事の最優先事項として口説き落とした際のやり方だ。野田氏は8月初めに都内の輿石事務所を訪ね、代表選出馬のあいさつをした。輿石氏は壁にかけたカレンダーに書かれた詩人、相田みつを氏の「どじょうは金魚にはなれない(どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよなあ)」との詩を指さし、「これ、いいだろ?」といった。

 ▽「なかなかやるなあ」
 そのすぐあと、野田氏は相田氏の詩が掲載された著書を贈った。輿石氏はすっかり野田氏にほれ込み、野田氏は再び会った際に「あなたには重要な役割をお願いしたい」といった。この後、輿石氏は新内閣の人事で、幹事長をいったんは断ったものの、二度目の口説きでokした。
 輿石氏に近い小沢一郎元代表代行は、その直後、マスコミと野田氏に伝わるように「野田もなかなかやるなあ」と満足の意を伝えた。こうして、野田政権の最大の目玉である「輿石東・幹事長」すなわち「小沢グループ、というより小沢氏本人との関係改善」は成功したのである。

 ▽2012予算がヤマ
 とはいえ、これから2年間、野田政権が安定軌道に乗ったまま、安全運転で乗り切れるだろうという予測は、いかにも乱暴である。10月21日ごろにも召集される臨時国会で2011年度第3次補正予算がなんとか成立したとしても、年末には2012年度本予算の編成・提出・成立という大きなヤマを乗り越えなければならない。

 ▽カギは公明党
 焦点は公明党の動向である。公明党は揺れに揺れている。やはり10年続いた自公路線で行こうという勢力が比較的多数を握っている。公明党は2013年度に衆院選と参院選、さらに東京都議選のトリプル選挙が実施されるという事態を何としても避けたい、考えだ。
 そのためには前年の2012年秋にも解散・総選挙という政治スケジュールを望んでおり、野田首相の支持率がその時期までに低下していないなら、それまでは民主党との政治協力を検討しても構わない、との腹構えと見られる。公明党が民公協力路線に踏み切ってくれれば野田政権は「ねじれ」から脱皮し、安定軌道に乗る。
 いずれにしても2013年夏には参院選は必ず行われ、同じ時期に衆院議員の4年間の任期も満了となる。野田首相は2012年9月の民主党代表選というハードルを抱えており、強い対立候補が出ればこの代表選でアウトという可能性を孕んでおり、どこまで実績を蓄えて支持率を50%前後にたもてるかどうかが、大きな分岐点となる。

 ▽再び特例公債で政権継続を阻止か
 逆に自公路線が継続すれば、2011年度予算の執行を邪魔した特例公債法を再度ブレーキに使って、年明けの1月下旬にも始まる2012年度本予算についても、ことし菅直人前首相を退陣に追い込んだ特例公債法を再び人質に取る戦術に出る恐れがある。2012年度予算案の執行に必要な国債の規模はさらに膨らんでいるから、参院で少数派の与党・民主党政権は再び窮地に立つ。
 自民党が毛嫌いした菅首相とは異なり、野田首相への当たり(特に公明党)は比較的弱いかもしれない。だが、常に政権与党の立場にいなければ気が済まない自民党国会議員たちは、既にこれまで2年間も野党の立場にいて、欲求不満とストレスの権化となっている。相手が菅であろうと野田であろうと、攻撃の矛先を鈍らせようとする可能性は小さい。

 ▽無罪なら小沢の挑戦も
 そして来年9月に野田を待ち構えるのは民主党代表選(2年任期の途中退陣した菅の残り任期)である。順調なら無競争再選で乗り切りたいところだが、2012予算関連法案の成立に手間取れば、だれかが挑戦してくるとみるのが妥当だろう。当初予想された小沢一郎は、もし10月6日に初公判の陸山会事件を、仮に無罪判決で乗り切ったとしても、野田の対抗馬として代表選に立つ可能性はないとは言えない。
 小沢氏は10月6日の東京地裁初公判での冒頭陳述で、検察の捜査を「国民から何の負託も受けていない検察という国家権力が、政権交代の直前に野党第1党の党首だった小沢一郎個人を抹殺するために標的にした」と厳しく批判した。同日夕の記者会見では「もっと勉強してから質問しろ」と興奮気味に恫喝し、深夜に腹痛を起こして救急車で入院した。尿管結石の診断と発表された。9月末の3秘書に対する有罪判決がよほど小沢氏の怒りを掻き立てた様子だ。公判の次の予定は10月14日だが、小沢氏本人は予定通り14日の第2回公判に応じた。

 ▽支持率は微減傾向
 一方、野田首相の方は人気急上昇の滑り出しとは言えない。共同通信の10月1,2日の世論調査では内閣支持率が54・6%で初調査より8・2ポイント下がり不支持率は9・7ポイント増の27・8%だった。半面、総額12兆円規模の2011年度第3次補正予算案については「評価する」が63・2%「評価しない」が30・3%と大きく上回ったものの、復興財源となる臨時増税については反対50・5%が賛成46・2%を上回り、増税の評判はやはりよくないことを示した。

 ▽政党支持率は回復
 だが、政党支持率では民主党27・1%、自民党23・2%とやや上回り、衆院解散・総選挙の時期についても2013年任期満了が46%でトップ、来年以降33・2%を上回り、解散時期については世論が野田首相の思惑通りであることを示した。増税は不評だが、3次補正成立のため野党は「協力した方がよい」が90%で圧倒的多数だった。

 ▽原点は駅前演説
 これまであまり知られていなかった野田首相の過去についても若干調べてみた。「私は23年間、ずっと船橋駅周辺の駅前で早朝街頭演説をしている。これは私の政治活動の原点ともいえる」「朝だけでは思いが伝わらない。そう考えて決行したのが13時間連続演説でした。朝7時から夜8時まで13時間ずっとしゃべり続けるという荒行のような街頭演説をした」「夕方、朝見た人たちが帰ってくる。その人たちが500人くらい集まり下水道や教育問題について話し合った」
 松下政経塾の最終面接で「松下幸之助さんは笑顔で迎えてくれた。全く目が笑っていない」「君の身内に政治家はおるか?いいえ全く係累はいません。そりゃええな。君のうちは金持ちか?どちらかというと貧乏で、中の下くらいです。ええな、みんなと仲良くやれよ」書類選考に通った907人のうち23人の合格者の中に野田が入った瞬間だった。(いずれも自著「民主の敵」から)
 75歳の民主党参院議員会長が幹事長ポストに就いたからといって、野田新首相の支持率が急に上昇するわけではない。事実、野田内閣の9月初め、発足時の支持率は62・8%(共同通信)と予想外の高率だったとはいえ、「輿石幹事長」の評価は40%台で、低目である。しかし、輿石幹事長そのものの評価があまり高くなくても、小沢氏が満足したことが野田首相の狙い的中だったのである。

 ▽前任者から学ぶ
 野田首相の特徴は、前任者たちの経験から学ぶということである。鳩山由紀夫元首相からは、事柄を十分に煮詰めたり根回ししないで記者団に語るというやり方が失敗につながることを学んだ。致命傷となったのは普天間飛行場の移転問題だが、鳩山さんは2009年総選挙の最中から「国外、最低でも県外」と何回も口にした。ところが、いざ政権の座について、社民党や国民新党との連立合意交渉に入ると、県外、国外発言がややあいまいになった。しかし、社民党側からぎゅうぎゅう突っ込まれると、より明確に国外、最低でも県外というニュアンスを強め、合意文書に書き込んだ。  
 オバマ米大統領との日米首脳会談で、鳩山首相は「トラスト・ミー」と述べた。大統領はその意味を「名護市・辺野古への基地移転という日米合意でまとまるから私を信頼してもらいたい」という真意を伝えられたものと受け止めた。ところが、大統領が離日すると、鳩山首相は国外、最低でも県外という自分の公約は変わっていないと明言し、「腹案がある」とまで国会答弁した。結局のところ、腹案は鹿児島県・徳之島を対象にしたものだが、十分に根回しせず、案としてはつぶれ、結局は日米合意通り名護市・辺野古に戻った。
 こうして鳩山氏は沖縄県、米国政府の双方から不信感を買い、昨年の6月2日の辞任表明となった。
 直ちにバトンタッチした菅直人首相からは、打ち上げ花火のように政策を打ち上げ、失敗に終わるとすぐ次のテーマに転じるやり方のまずさを学んだ。まず昨年7月11日投開票の参院選に向けて、菅直人首相は首相就任までに財務相として学んだ消費税率引き上げを「10%」という自民党案を参考にするとまで口にして選挙戦に臨み、敗北した。この敗北が衆参ねじれ国会を生み、以後、菅内閣は国会運営で辛酸をなめることとなった。このねじれ状態は野田首相が引き継ぐことになった。

 ▽脱小沢人事の報復
 菅首相が苦しんだのは、自民党など野党側からの攻撃だけではなく、党内の小沢一郎元代表が握る130―140人の小沢グループとの攻防だった。昨年9月の代表選挙で、菅氏は「クリーンでオープンな民主党」を打ち出し、小沢政治を「カネと数の古い政治」と決めつけた。国会議員票ではほぼ互角だったが、党員・サポーター票で圧勝し、これを機会に菅首相は自分の支持率が下がるたびに「脱小沢人事」を行えば支持率が回復することを学んだ。
 これら前任首相ふたりの失敗を財務副大臣および財務相としてじっと観察してきたのが野田氏である。特に菅首相を観察しながら「脱小沢」でことを運べば必ず小沢氏から報復され、菅氏のように内閣不信任決議案への民主党国会議員による「大量賛成」で脅され、衆院本会議直前の代議士会で退陣表明の示唆に追い込まれる怖さを学んだ。政権の座に就けば、直ちに小沢氏との対立・緊張関係を鎮静化することが大前提となる課題だと胸にしまった。

 ▽そろりそろり
 野田氏はライバル前原誠司氏の後からの出馬を見越し、ことし8月29日の代表選では浮動票を集めてトップの海江田万里氏に迫る「100票」以上を獲得し、2位に食い込み、決選投票で勝利した。投票の直前に細川護熙元首相の介在で小沢氏本人と会談、ここで「輿石幹事長」人事なら小沢氏がokするに違いない、との感触を得たものと見られる。
 政権の座に就くや否や、野田氏は政権の当面最大の課題が大震災や原発事故の復旧・復興である、と表明した。野田首相が「余計なことは言わないおれの性格、昔からわかっているだろ。そろりそろりと始動するから心配するな」と知人に答えた。「最初からスピード違反するわけにはいかない。安全運転だ」というのが、野田首相の口癖だ。自分に言い聞かせている面もあるが、これに徹することができれば、安定軌道に乗るかもしれない。
 とはいえ「そろりそろり」としていられないのが、第3次補正予算の財源確保のための増税問題は容易ではない。野党側から「案を持ってこい」と急かされて8月27日夜、2011年度第3次補正予算案と臨時増税案を決定した。増税規模は11兆2千億円となったが、前原誠司政調会長の意向で日本たばこ産業(JT)株を2段階で全株売却することを9兆2千億円に圧縮することを目指すとした。
 いずれにしても、この案を自民党など野党側が修正含みで承認しなければ絵に描いた餅に過ぎず、10月中旬からの審議に時間がかかれば、そろりそろりと言ってはおられない。

 ▽増税乗り切りは難問
 第三次補正は10月7日夕の臨時閣議で総額12兆円規模、問題の復興財源については歳出削減と税外収入によって5年間で5兆円程度、10年間では7兆円を確保し増税額は9兆2000億円になると明記した。JT(日本たばこ産業)などの政府保有株は速やかに売却する。としている。10月末の国会提出を目指す。
 増税については、自民党などが強硬に反対した場合は、復旧を遅らせるという世論の対自民批判が強まること、それを受けて自民党側が妥協する可能性に野田首相は賭けるが、時間がかかることは十分予想される。
 当面の大きな課題は環太平洋連携協定(TPP)への交渉参加問題をめぐる意見集約だ。米政府は11月2日にハワイで開幕するAPEC首脳会議で推進に向けて大筋合意を取り付けたいとしており、野田首相にとって国内の関係者、特に閣僚間の溝を埋められるかどうか、容易でない課題だ。(了)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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