2017年4月17日の『WEDGE Infinity』に、「“斬首”より”別荘にようこそ” 金正恩に核開発を断念させる方法」という記事が掲載された(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9370)。執筆者は、産経新聞前論説委員長の樫山幸夫氏である。
そこで、樫山氏は、「トランプ大統領が、安倍首相、習主席を招いたフロリダの豪華別荘に、金正恩を招待する。思い切って歓待し、「あなたの政権は認める。国交を樹立し、友人として付き合おう。だから核兵器はやめてほしい」といって、経済協力など“お土産”を持たせてやる――」という方法で、金正恩委員長に核開発を断念させることを提案している。
樫山氏は、この方法を「北朝鮮の望みを最大生かし、核開発断念という“実”をとる。肉を切らせて骨を切る方法だ」とする一方、「突飛なアイデアかもしれないし、成否もむろん、わからない」としている。
これは、「肉を切らせて骨を切る方法」と言えるのか疑問の余地はあるが、要するに、大きな譲歩をすることで、相手から大きな譲歩を引き出すという方法である。そのような交渉方法は、「突飛」ではなく、至極一般的なものである。成否に関しても、成功事例は多くある。北朝鮮の核開発を巡る米朝交渉においても、成功例がある。その代表例が、1994年の米朝枠組み合意の成果である。
具体的には、1994年10月に、クリントン政権は、年50万トンの重油供給、軽水炉2基の提供、米朝国交正常化などの見返りを提示することで、北朝鮮に、核施設の稼働を停止し、核兵器の原料となるプルトニウムの抽出を中止することを合意させた。これが「米朝枠組み合意」である。その後、軽水炉の提供、米朝国交正常化は実現しなかったが、ブッシュ政権が誕生した翌年2002年の末に合意が崩壊するまで、8年余り北朝鮮は核施設を凍結しプルトニウム抽出活動を停止し続けた。
このように、クリントン政権は、北朝鮮に大きな譲歩をすることで、北朝鮮から大きな譲歩を勝ち取った。これは、非常に重要な事実である。この点については、樫山氏も、「8年間にわたって、核開発を凍結、比較的平穏な米朝関係がたもたれた事実は重い」と高く評価している。
北朝鮮に核兵器開発を断念させる方法としては、主に、1)見返りを提供する方法、2)圧力を掛ける方法がある。つまり、アメとムチである。もちろん、一方だけでなく、両者を組み合わせる方法もある。
北朝鮮の核兵器開発を巡る米朝対立の歴史を振り返ってみると、これまで、クリントン政権以降、ブッシュ政権も、オバマ政権も、北朝鮮に対して、クリントン政権ほど大きな譲歩をしたことはない。枠組み合意に批判的であったブッシュ政権は、圧力重視の強硬政策をとり、枠組み合意を崩壊させた。その後、北朝鮮に対して金融制裁を実施したことで、北朝鮮は反発を強め、2006年に初の核実験を実施した。圧力重視政策が、北朝鮮の核兵器開発を促進した事例と言える。
クリントン政権は、米朝枠組み合意で大きな譲歩をする前に、北朝鮮に対して、それまでで最も強い圧力を掛けた。この事例は、大きな圧力を掛けた後に、大きく譲歩することにより、北朝鮮から大きな譲歩を引き出せる可能性があることを示している。
トランプ政権は、政権発足後、これまで以上の圧力を加えようとしている。問題は、その後に、大きな譲歩を示すかどうかである。これまでの米朝関係を振り返れば、大きな譲歩をすることは、「弱腰外交だ」といった批判や強い反対に直面することが予想され、容易ではない。そのような状況を打開するには、強い指導力を発揮する必要がある。果たして、トランプ大統領にそれが出来るのか。
初出:2017年5月7日。「綛田芳憲 ある政治学者のブログ」より許可を得て転載
http://blog.livedoor.jp/kasedayoshinori/archives/1817380.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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