「香害」被害の子どもたちの学習環境を改善する試みが始まっています シリーズ「香害」第7回

著者: 岡田幹治 おかだもとはる : ジャーナリスト
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 香りつき商品で化学物質過敏症(以下、過敏症)などになった子どもたちが、登校できなくなったり、校庭の片隅で個別指導を受けたりしている実態を第5回(3月10日)と第6回(3月16日)で報告しましたが、こうした子どもたちの学習環境を改善する動きが始まっています。

◆市議が答弁を引き出し、空き教室を活用
 全国いくつかの学校で実施されているのが、空き教室を活用し、過敏症の児童のための「病弱・身体虚弱の特別支援学級」(以下、病・虚弱支援学級)を設置する方法です。
 たとえば札幌市の小学4年生マモル君(9歳)は、4歳のとき過敏症を発症しました。小学校に入学したところ、床のワックスに曝露して症状が悪化。徐々に回復していましたが、2年の夏休みに参加した行事でさらに悪化し、登校できなくなりました。
実情を知った石川佐和子市議(市民ネットワーク北海道)が、担当者から教育委員会の考えを内々に聞き出したうえで、昨年3月の市議会で質問。学校教育部長から「児童・生徒の症状などにより特別支援学級への入級が必要な場合には、本人や保護者の意向なども十分に踏まえながら検討する」との言質を得ました。
 これを受けて母ルミ子さんが市教委に申請。定められた審査を経て、入級が必要と判断されました。
 小学校では、空いていた多目的室の一部を病・虚弱支援学級の教室に充てることにし、合板のベニヤ板で仕切ってペンキを塗りました。換気扇で24時間換気を続けた結果、マモル君が入室できる状態になったので、新学期から通学しています。
 理解ある担任の指導を受けており、マモル君は体調が良いと週に4日間も通学できるようになりました。

◆教室の改修とともに、理解ある担任が必要
 症状の重い子どもだと、教室の改装が必要になります。
 関西地方の市立中学3年の哲人くん(仮名、14歳)は1歳のとき、母の恵子さん(仮名)ともども農薬の空中散布などが原因で過敏症になりました。
 症状が悪化したのは4歳のとき。発育相談に訪れた市の福祉センターで殺虫剤にさらされ、全身に湿疹が出て発熱、嘔吐を繰り返しました(恵子さんは一か月も食事ができなくなって車椅子生活を強いられた)。
 市の福祉課に事情を知らせてあったのですが、相談日の3日前に害虫駆除のための消毒(有機リン系農薬などの散布)を実施していたのです。
 恵子さんは哲人くんの入学1年前から準備を始め、病・虚弱支援学級への入級を申請するとともに市教委・学校と相談を繰り返しました。幸い教頭が事情をよく理解し、教室の改修(床のワックスの変更や空気清浄機の設置)から教科書やチョークの変更まで実施してくれました。
 入学式の前後には父と母が同級生や保護者に事情を説明する機会も与えらました。
 入学後、哲人くんは体調のよいときは普通学級でみんなと一緒に学び、体調が悪化すると専用の教室に移って担任の個別指導を受けたり、持ち込んだ布団で休んだり、さらに悪化すれば早退したり、といった学校生活を送りました。
 病状を的確に理解した担任は、体調に応じたきめ細かい指導をしてくれますが、理解が乏しい担任になると、そうはいきません。体調不良となまけの見分けがつかず、体調を無視して学習を強いたり、叱ったりします。また病気療養中の児童が病・虚弱支援学級に加わったため、哲人くんへの配慮が不十分になった時期もありました。
 必要な支援が得られないと症状は悪化するが、理解ある担任に変わると、とたんに回復したといいます。
 過敏症の子どもが学習を続けるには、揮発性化学物質が少ない教室とともに、理解ある教師が必要なのです。
 中学でも小学校とほぼ同じ体制をとってくれましたが、大きな違いは科目ごとに担当教師が変わることです。このため先生との情報共有が難しくなります。
 哲人くんの体力は徐々につき、中1の2学期からは卓球部に入って部活動も始めました。練習は体調が許す限り他の部員と同じことをし、できないときは部員と相談して別メニューをこなし、特別支援学級生の卓球大会で入賞するまでになりました。

◆中学校に移動できる、ユニットハウスの「特別教室」
 専用のトラックで必要な学校に移動できるユニットハウスの「特別教室」をつくった市もあります。
 関西地方の山間部にある市立小学校6年の陽太郎くん(仮名、11歳)は、生まれて間もなく過敏症を発症しました。そのうえ重度の食物アレルギーで、10種類くらいの食品しか食べられません。しかも、化学物質にさらされるとアレルギーが発症して体調が急変し、生命にかかわることもあるので、登校にはいつも母の和代さん(仮名)が付き添います。
 1年から通った別の小学校では、一つの教室を改修して病・虚弱支援学級を設置してもらい、担任の先生から個別指導を受けてきました。
 ところが、小学校の統廃合で5年から現在の小学校に通うことに。この小学校は新築に近い大規模な改修工事が行われ、多量の揮発性化学物質が放散されます。しかも
 児童が4倍もいて、児童の衣服に残る柔軟剤などによる「香害」がきつくなるのです。
 「中学までは無事に学ばせたい」と考えた市の教育委員会が多くの関係者の支援を得て完成させたのが移動可能な特別教室です。これなら陽太郎くんが中学に進学したとき、進学先に移動できます。
 この特別教室づくりには、過敏症患者の住まいに詳しい足立和郎・パハロカンパーナ自然住宅研究所代表(京都市右京区、本人も過敏症患者)が全面的に協力しました。
 特別教室は、30㎡ほどの「教室」と「トイレ・洗面所」「着替え室」からなり、簡単な造りの「風防室」が付いていいます。風防室は外部からのニオイを防ぐともに、陽太郎くんが縄跳びをしたりするのに使われています。
 寒い地域なので、特別教室は高気密・高断熱。内装材は陽太郎くんが反応するかどうかテストして選びました。過敏症患者用に一部を改造した空気清浄機や浄水器も設置されています。完成後3か月ほど、以前の小学校の校庭に仮設置して大気にさらし、昨年3月に現在の小学校に移しました。
 陽太郎くんはここで、午前・午後のすべての授業を受けます。一時期を除き1年のときから担任を続けている先生は、配慮の行き届いた指導をしてくれます。
 家庭以外にはじめて安心できる居場所を見つけた陽太郎くんは、そんな学校が楽しくてなりません。

◆IT活用した「遠隔授業」、保護者の同意得て実現
 もっとも、こうした対応をする教育委員会・学校はまだ少数です。学校が効果的な対応をしてくれないため、保護者がIT機器を利用した「遠隔授業」を提案し、採用されたケースもあります。
 大阪市の市立中学1年わかなさん(仮名、12歳)は、小学2年のとき校舎建替え工事の影響で過敏症を発症し、新校舎に入って重症になり、ほとんど登校できなくなりました。
 父の隆文さん(仮名)が学校に配慮を要望しましたが、「市内では前例がない」などの理由で十分な対応をしてもらえませんでした。
 そこで提案したのが遠隔授業です。
 Wi-Fi(ワイファイ)ルーター(複数の機器をネットでつなぐための機器)とWi-Fi接続が可能なiPad(アイパッド=タブレット型コンピューター)をそれぞれ教室と自宅に置き、Skype(スカイプ=インタネット電話)を使って、映像と音声をやりとりするのです。
 こうすれば、わかなさんは自宅で授業の様子をそのまま見ることができ、休み時間には級友たちとおしゃべりもできます。
 提案を学校側はなかなか受け入れませんでしたが、小学校の卒業まで一か月という時期になってようやく実施にこぎつけました。機器は保護者が持ち込むことなどが条件で(前例にはしないという約束)、クラスの保護者からの同意は学校側が得てくれました。
 隆文さんはわかなさんが進学する中学でも同じ方法を採用してほしいと事前に中学校の校長に要請。入学式の後、同級生と保護者の前で遠隔授業を実演して協力をお願いしました。遠隔授業は保護者の同意書が出そろった翌週から始まっています。

◆学習環境の改善は教育関係者の務めだ
 以上、各地で始まった学習環境改善の試みを紹介しましたが、こうした対応がなぜすべての学校でできないのでしょうか。原因の一つは文部科学省にあります。
 文科省は「健康的な学習環境を維持管理するために~学校における化学物質による健康障害に関する参考資料」(以下、参考資料)で、過敏症の児童生徒への対応についてこう定めています。
 「病状により長期にわたり医療または生活規制が必要とする場合には、病弱・虚弱の特別支援学級への入級や、特別支援学校への転学により、一人一人に応じた個別の配慮の下で教育を行うことができる」
 義務でも推奨でもありません。「できる」としかなっていないので、財源や人員の不足などを理由に、十分な配慮をしない教委や学校が少なくないのです。
 しかし、幼くして人生を狂わされた子どもたちに、十分な学習環境を提供することは教育関係者の務めです。
 それにはまず、教委と学校が前例にとらわれず、子どもそれぞれにふさわしい対応をとることが必要です。同時に文科省の支援も欠かせません。何年も前の状況を前提に作成された「参考資料」を改定するとともに、教委や学校の努力を予算・人員面で後押しする仕組みをつくるべきです。

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