2日の都議選選挙の結果が出た。安倍自民党は「歴史的な大敗北」を喫した。
57議席を23議席に減らしたこともそうであるが、選挙期間中、アベシンゾー自身の応援演説はわずかに3~4回程度で、しかも最後の秋葉原での1回を除いては、小学校の講堂などでこそこそと仲間内だけの集まりでの「見栄切り」に終始している。これを安倍の危機意識の 表れといわずに何というべきであろうか。しかも、秋葉原では大勢の自民党青年部の動員、警護の中で、それでもさんざんにヤジられ、自らの品性の悪さ、「チンピラさ」かげんをさらけ出す羽目に追い込まれてしまったという。これを安倍の末期症状と言わずに何と表現すべきだろうか。
しかしである。3日のちきゅう座にいみじくも半澤健市さんが書かれているように、安倍政権の凋落はひとまずよしとする、だが、小池百合子で本当にいいのだろうか?
これも、6月30日付のちきゅう座に、弁護士の澤藤統一郎さんが書かれたものが掲載されていたが、それによれば、小池百合子陣営の主要なメンバー(今度再び「小池新党」の代表に返り咲いた)が野田数(元「維新の会」に所属し、「大日本帝国憲法」推進論者でもある)のような危険な極右に よって固められている可能性があること。更に、小池自身にも「日本会議」といったアナクロニズムな極右団体に共鳴している素地が十分見受けられること。第一、築地か豊洲かの問題に関しても、オリンピック施設問題にしても、ただ勿体ぶって時間稼ぎをしただけで、おおよそは最初に結論ありきの「八方美人ぶり」でしかなかったのではないだろうか。慎太郎以下の責任追及はどうなったのか?森喜朗以下(当時の舛添や猪瀬知事時代)がオリンピック誘致のためにつかった巨額の裏金や、施設建設のために散在した莫大な税金の使途の所在調査はどうなっているのか?小池はそれら肝心の問題には、ほんの少し見せかけのそぶりしかせず、これまでやり過ごして来ているのではないだろうか。
フランス の大統領選挙では、多くの国民が意識的に選挙を棄権した。なぜなら、「ルペンかマクロンか」の選択は、まるで「ペストが良いかコレラが良いか」の選択でしかないからだとの理由からである、とフランスやドイツのメディアが報じていた。
今回の都議選の投票率は51.28%で、7.77ポイント上がったそうだが、それでも半数近くの有権者が無関心かそっぽを向いている。まさかそれらの人たちが全て、フランス人並みに「自民党か小池か」を「ペストかコレラか」だからと見切った上で選挙拒否を決め込んだわけではあるまい。
しかし、フランスと同様に、これからが本当の戦いになる事は事実だ。