われわれは望む、望まぬに係わらず、日本という国に生まれ、日本語という言語を母語とし、日本国民として生きていくことを担った存在者である。この当然の事柄は、必然的に日本という国の根底に位置するある一つのレジームと、肯定するにしろ否定するにしろ、あるいは、賞賛するにしろ嫌悪するにしろ、向き合わざるを得ない状況の中にいることを示している。そのレジームとは天皇制である。天皇制は一般的には確固として不変的なレジームであると思われているが、実際には幾重にもベールに包まれ、その実態を覆い隠そうという何らかの意志を持っているようにさえ感じられる捉えどころのない不可思議なレジームである。
子安宣邦氏は、最新書『天皇論 「象徴」と絶対的保守主義』(以後、サブタイトルは省略する) の中で、この謎に満ちたレジームと論争的に (polémique) 対峙している。論争的であるのは、象徴という覆いによって隠された不鮮明な部分に対しても、鋭い眼差しを向け、妥協せずに、そのレジームの本源にあるものを徹底的に解明しようとしているからである。ここでは、子安氏のこの探究を見つめていこうと思うが、日本思想史の専門家でもなく、政治問題や国家論の専門家でもまったくない私が、天皇制というレジームを巡る問題に正面から挑むことは不可能である。それゆえ、このテクストでは、子安氏の提示したいくつかの問題を取り上げ、それらを私の専門分野である記号学及び言語学のアプローチ方法を用いながら考察していこうと思う。
ここで取り上げる問題は、『天皇論』の中で考察されている「象徴性とは何か」、「歴史と物語性」、「絶対保守主義について」という三つの視点であり、この本のテーマと密接に関係するものである。このテクストの中で、私はそれぞれの視点に基づき、子安氏の考察に対して、記号学や言語学で用いるアプローチ方法による分析が行っていくが、この三つの問題設定、あるいは、分析視点は、『天皇論』で展開されている論究の順番を逆から辿っているものである。この逆の順番で検討していくのには、以下のような理由がある。順番を逆にした究明は、天皇制というレジームに関して子安氏が提示した研究の地平を押し広げ、開かれた形での学的交流を行っていくことで、この著作の主要研究課題の一つである「絶対的保守主義」の根本性を究明しようとするものだからである。それゆえ、このテクストは純粋に書評的なものでも、学術的なものでもなく、間テクスト的な関係 (relation intertextuelle) に基づく試論である。つまり、『天皇論』との自由な対話関係を築くことによって構築されたテクストであるのだ。この点を先ずは強調して、本論に移りたいと思う。
象徴性とは何か
子安氏は『天皇論』の第三部「今も生き続ける「象徴」的天皇」の中で、本居宣長の思想に関して、「天照大御神に由来する皇統の連続性は絶対的保守主義ともいうべき日本の国家原則であって、日本にこれに代わる国家原則をめぐる議論が生じることはないというのである。明治維新を通じて再認識され、昭和の敗戦に際してその存続が最も憂慮されたものも天照大御神に由来する皇統の連続性であり、絶対的保守主義ともいうべき日本の国家原則であったのである」という指摘を行っている。宣長の思想には。ある特定の存在者を起源とする血統主義の尊重と、神話化のメカニズムが見られるのだ。だが、より重要なことは、この指摘に続いて書かれている「この時代に [*江戸時代に] 宣長ははじめて日本という国家の永続的存立を保証し、それを意義づけるものが天照大御神に由来する天皇の連続的な存立にあることをいったのである。この天皇とは日本の統治的主体ではない。統合的日本の祭祀的、儀礼的な最高主体としての天皇である。この天皇は明治維新の「親政」天皇ではなく、むしろ戦後的な「象徴」天皇である。したがって絶対的保守主義がいわれるのは「象徴」天皇についてである」という指摘である。
今引用した言葉について詳しく検討する前に、「象徴 (symbole)」という語に関して検討する必要があると考えられる。象徴という語には物語性が付与されている。何故なら、象徴するものはそれ自身ではない何物かを表わす記号作用を有しているからである。そうであるゆえに、必然的に、われわれは象徴化された何物かに対して解釈を行わなければならない状況に陥る。ツヴェタン・トドロフは『象徴表現と秩序』の中で、「ひとつのテクスト、ひとつの言説は、解釈という作業によってわれわれがそこに間接的意味を見いだしたときから象徴となる」(及川馥、小林文生訳) と述べているが、それは象徴というものの持つフィクションとしての性格を端的に表している。すなわち、物語的意味の問題がそこには現前するのである。象徴天皇という問題にもフィクションが存在し、われわれはこの問題を解釈する必要性があるのである。
天皇制を巡る象徴の問題は、歴史的に見て、象徴天皇制と親政天皇制との差異によって強化される。明治以降のフィクションあるいは天皇制を巡る神話は、親政天皇制が歴史的に主要なものであって、象徴天皇制は副次的なものであるように見做すように日本国民に対して暗黙裡に強制してきた。この二項対立関係は歴史的真実のように語られているが、それは、実は、ルイ・アルチュセールの提唱した概念を使えば、イデオロギーの国家装置 (appareil idéologique d’État) の作用によって植え付けられた虚構である。本郷和人は『天皇はなぜ生き残ったか』の中で、天皇が権力を担っていない時期にも権威を有し続けていたという説に対して強く異議申し立てを行い、天皇制に関する虚構の言説が、今も一般民衆にだけではなく、学会にも蔓延っているいることを批判し、「万世一系を日本のアイデンティティとして内外に喧伝したことと相俟って、敬意に満ちた天皇への視座は堅固に形成されてゆき、それは現代のわたしたちの意識にまで影響している」という発言を行っている。象徴天皇制はその虚構性をイデオロギーの国家装置によって刷り込むことで成立し、今も機能し続けているのである。実質的な権力装置であるよりもわれわれの意識及び無意識に働きかける呼びかけ (interpellation) となっているのだ。
歴史と物語性
歴史 (histoire) は、過去の全ての事象に対する史料がない以上、われわれは歴史を真実らしいもの (vraisemblant) の基準によって構築していかなければならない。この意味で歴史は事実としての側面と物語としての側面の二つの側面を同時に兼ね備えるものである。物語には語り始められた時が存在する。そのため、いつどこから語り始められたかという問題は物語にとって根本的な問題である。『天皇論』の第二部である「天皇はいかに語り始められたか」で、子安氏は天皇神話の創造が本居宣長から始まることを詳細な分析によって証明している。天皇の物語は事実ではなく、神話としての物語である。子安氏は「天皇を君主とする日本の国家体制を「天皇制」という言葉でいうとすれば、この天皇制についての、あるいは日本におけるこの天皇の歴史的存在意義についての徳川時代における最初の発言者は本居宣長であるだろう」と語り、天皇制という国家レベルの神話=物語の発見者=創作者としての本居宣長の主張の歴史的意義を強調しているが、子安氏が「「自然」といった観念をもって、しばしば「自己 (皇国)」の同一性をとらえようとする言説が、近代においてもくりかえしなされるが、そうした言説自体が、あの「異国」という否定的他者像を前提とする国学的言説の、近代におけるきわめて安直な再生の言説なのである」と述べているように、そこには自己正当化のための神話作用が、本当らしさを強調する政治的イデオロギーが存在している。
ジュリア・クリステヴァは『記号の生成論―セメイオチケ2』において、「真偽判定の領域を科学に委ねたあとで、いかなる言表行為にも盛り込まれているこの絶対知は、両義性の領域、諾-かつ-否を分泌する。その領域では真理は、幻影でありかつ本来的な、現存する真理 (二次的ではあるがつねにそこにある現存) となっている。すなわち、真実らしいものとしての意味という、真偽判断の外にある領域である」(原田邦夫訳) という主張を行っているが、この言葉は、真実らしいものが真実である以上に真実と思われていることの本質性を示している。そして、真実らしさによって天皇制は、国家的な神話=フィクションとして、われわれに呼びかけ、われわれの意識と無意識を取り込むための装置となっていると述べ得るものなのである。
ところで、子安氏が『天皇論』で用いている分析装置は二つの軸から構成されている。縦軸である時間的な側面に基づくもの。横軸である他国との関係性に基づくものである (この二つの軸を、フェルディナン・ド・ソシュールが『一般言語学講義』において展開した理論に基づき、連辞軸 (axe syntagmatique) と範列軸 (axe paradigmatique) という二つの軸と比較検討することも可能であろうが、ここでは煩雑さを避けるために、類縁性を示すだけに止める)。この分析装置は子安氏が『「維新」的幻想』で用いた分析装置を継承しているものであると述べられる。今述べた本の中では、縦軸に「方法としての江戸」が、横軸に「方法としてのアジア」が用いられていたが、その二つの分析軸が受け繋がれているのである。しかしながら、『「維新」的幻想』で用いた方法論の発展形態と見ることができる分析視点が『天皇論』には存在している。それは「方法としての江戸」と「方法としてのアジア」との二つの軸の交差点にあるものを導き出し、その交差点を新たな分析視点とする方法が明確に位置づけられている点である。それを私は「方法としての本居宣長」と名づけたい。そして、『天皇論』では、この「方法としての本居宣長」を通して、天皇制というレジームの特質が的確に解明されているのである。それだけではなく、その延長線上にある応用形態である、「方法としての大正」と「方法としてのアジア」の交差点にある「方法としての津田左右吉」も、こうした接点からなる分析装置として、天皇制に対する鋭利な考察を行うための機能を担っている。こうした二つの軸を用いた分析は、縦と横との座標軸上に考察対象を正確に位置づけることを可能とする。つまりは、時間的にも空間的にも複雑に絡み合った出来事を明確に構造化できる画期的な方法であるのだ。
絶対的保守主義について
『天皇論』の序言で、子安氏は、「日本の社会的統合の安全弁としてもった天皇制とは天皇制の安定的な持続が日本社会の安定的な統合的持続をも保証するということである。この天皇の安定的な持続的存在によって自分たちの住む日本社会もまた統合性をもって安全に持続するといった考え方、日本人の社会生活を根底的に律するような考え方を私は「絶対的保守主義」と呼ぶのである」と述べている。この言葉は、天皇制が日本の根本原理であるという、つまりは、国体であるという日本人の認識に支えられていることを示している。しかしながら、国体とは何であろうか。
国体と類似した言葉に国是という言葉があるが、国体も国是も英語にすれば、national polityと訳せる。しかし、国体がnational structureと訳せるのに対して、国是をこのように訳すのには無理がある場合が多々ある。天皇制に関して言うならば、国家政策と言うよりも国家構造であり、つまりは国是というよりも、国体である。それに対して、フランスの自由 (liberté)、平等 (égalité)、友愛 (fraternité) という国家三原則は国体と言うよりも国是であろう。だが、この概念区分は厳密に決定できるものであろうか。
国家構図としての国体はそれがなくなれば、ある国の存立基盤が崩壊するものであり、国是としての国家政策は、国家政策であって国家の基本構造ではないゆえに、それがなくなっても国家体制は維持できるように思われるかもしれないが、果たしてこの考え方は正しいものであろうか。例えば、天皇制がなくなっても、日本国民がなくなることはないが、自由、平等、友愛という国家の三大原理を失ったフランスに存在する人々をフランス国民と断言できるであろうか。フランスにおける国家の三大原理は国家政策であるのは当然であるが、それだけではなく、フランス共和国という民主主義国家の構成原理でもある。もしもこの国是である三大原理がなくなっても、フランス国民の存在理由 (raison d’être) は他にあると言えるような何かが存在しているだろうか。この問に対して、殆ど全てのフランス国民は否定的に答えるであろう。では、このことと天皇制が日本の国体であるということとの根源的な差異は何であろうか。国体と国是を巡る問題は単純ではない。この二つの問題は煩雑に結びついているゆえに、その答えを導き出すことは容易なことではない。
だが、このように考えた場合に、大問題となる点は国民主権を訴えている日本国憲法において天皇が国民総意の象徴であると規定されている点である。法律学者ではない私は憲法に定められた規定の理念や様態といった事柄が主権者に対してどのように働いているのかという点を厳密に語ることができないが、少なくとも日本国憲法においては、この国の主権者が天皇ではなく、国民であることは理解できる。しかしながら、天皇は国民の総意に基づく象徴として位置づけられているのである。象徴は意味内容ではないが、意味内容を表象できる記号である。あるいは、記号学的視点に立って、天皇はシニフィアン (signifiant) であるがシニフィエ (signifié) ではないと述べるべきかもしれない。では、象徴としての天皇が表わす意味内容とは何か。それは天皇制=日本の国体と見做すように暗黙裡に規定する原理ではないだろうか。そうであるからこそ、それを天皇神話と呼ぶことも、象徴天皇制と呼ぶことも可能なのではないだろうか。神話が姿を現す時の様相をエルンスト・カッシーラーは『国家と神話』の中で、「人間の社会的な生が危機的なものとなるあらゆる瞬間、理性的な力が、古来の神話的な観念の勃興に抵抗しようとするにしても、その力はもはやみずから自身を信頼することができない。まさにそのとき、神話の季節がふたたび到来するのである。神話は暗闇のなかにひそんで、その時節と機会とをうかがいながら、つねにそこにある」(熊野純彦訳) と語っているが、神話は水蒸気のようにあっという間に消滅するものではなく、微生物のように日常性の中に潜伏し続けており、それがある強烈な事件=出来事が起きることによって、一挙に噴出してくるものなのである。象徴天皇と親政天皇とに関係する神話は、まさに、このことを示しているのではないだろうか。そして、それこそが、子安氏が探求している天皇制の絶対的保守主義の基盤を構築していると私は考える。
イデオロギーの国家装置と大文字の他者
ここで、このテクストで展開した三つの視点からの考察をまとめる作業を行いたいと思う。そのために、私は二つの導き糸 (fil conducteur) を用いる。一つは「象徴性とは何か」のセクションで提示したイデオロギーの国家装置であり、もう一つはジャック・ラカンが提唱した大文字の他者 (grand Autre) という概念である。
天皇制はそれが政治的、社会的、宗教的、あるいは、その他の如何なる側面で作動する場合でも、このレジームは支配イデオロギー装置としての特質を保持し続けていることを否定することはできない。支配イデオロギー装置であることは、それが歴史的な装置であることと国家の根本構成体を形成する装置として見做されものであることを意味している。アルチュセールは『マルクスのために』において、イデオロギーの歴史的側面について、「歴史とは、理性の疎外であり、非理性のかたちをとっている理性の産物である。真の人間の疎外であり、疎外された人間のかたちをとっている真の人間の産物である。労働から疎外された生産物 (商品、国家、宗教) のうちに、人間はそうとは知らずに、人間の本質を実現している」(河野健二、田村俶、西川長夫訳) という指摘を行っている。また、その根本装置としての側面として、「あたかも人間社会というものは、イデオロギーというこの種差的な構成体、この表象体系 (さまざまの水準における) が無ければ存在しえないかのように、いっさいが進行する」という指摘も行っている。このことは、イデオロギーの国家装置としての天皇制は時間軸と空間軸とに、同時に作用し、それゆえ、歴史的な意義と空間的な国民支配の機能を担っていることを示している。この機能において、中心的な役割を果たすものは象徴作用に基づく真実らしさというものの働きである。真実ではなく真実らしいゆえに、天皇制は、決定済みのものとはならずに、絶えず更新し、実態ではなく、ベールを纏った姿でいつも目の前にあるように日本国民が思い込むように仕向ける装置であり、それゆえ、天皇制はその絶対的保守主義性を維持し続けることが可能なのである。フィクションは真実を必要とはしない。真実らしさによる物語の展開を押し進めていくからこそ、天皇制という支配装置が強力に作動するのである。
大文字の他者はイデオロギーの国家装置と密接に関連する概念であるが、大文字の他者が言語 (langue) のようにわれわれの存在にとって不可避的なものである場合があるのに対して、イデオロギーの国家装置は支配装置ではあるが、存在論的に見て、われわれの生存にとって絶対的に必要不可避なものではないという差異がある。スラヴォイ・ジジェクは『脆弱なる絶対:キリスト教の遺産と資本主義の超克』の中で、伝統的権威主義と全体主義的権力との差異について、「「全体主義的」権力は、「おまえの義務を果たせ、おまえがそれを好きであろうと嫌いであろうと、それは私の知ったことではない」と語りかけるだけではない。それはこう語るのだ。「おまえは私の命令に従い、自分の義務を果たすだけではだめだ。おまえはそれを喜んでやらなければならない。おまえはそれを楽しまねばならない」と」(中山徹訳)という発言を行っている。この発言を基に、われわれは絶対的保守主義における天皇制が伝統的権威である以上に全体主義的権力に依拠していることに気づかされる。象徴化や神話化といった過程を通過してきた天皇制は、フィクションとして、物語として、それを受容することが快楽であるという透水性を、つまりは、マインドコントロールを行う装置ともなっているのである。天皇制は大きな危険性が孕まれているのである。
このテクストの最後に、子安氏が『天皇論』において展開した天皇制に対する発言と、本郷和人が『天皇はなぜ生き残ったか』で行った主張と、更には、茂木謙之介が『SNS天皇論―ポップカルチャー・スピリチュアリティと現代日本』(以後、サブタイトルは省略する) で行った主張とを比較することで、天皇制の持つ絶対的保守主義の危険性と不気味さについて検討してみたい。何故この二冊を比較対象として選んだのかという点に関しては、以下の理由がある。本郷の著作は天皇制の変遷を豊富な史料に基づき分析しており、この分析は子安氏の考えの正当性を強化させるものであると考えられるからである。また、上記した本郷の著作の中には、天皇制に対する他の研究書にはない記号学的分析が行われており (その分析は十分に行われているとは言えないにせよ)、この視点からの考察が『天皇論』において展開された子安氏の考えを補足説明するのに役立つと考えるからである。
『天皇はなぜ生き残ったか』で、本郷は平安時代後期以後の日本の支配体制に関する権力=武士:権威=天皇という単純な図式化に異議申し立てを行い、天皇が権威を持った時期はほんの僅かな期間であることを史料に基づき証明している。では、権力も権威もない天皇の役割は何であったのか。本郷は如何なる時代においても天皇は情報と文化の王であったという意見を述べている。そこには政治的支配体制の中心から遠くに位置している天皇の存在性が暗に提示されている。だが、この意見を簡単に肯定することができるだろうか。情報と文化の中心を担うことは、確かに、実際に今作動している権力や権威といったものを担うことではないだろう。しかしながら、それは大文字の他者として権力や権威の根源となり得るものではないだろうか。表立って表出していないもの、象徴として機能しているものであるからこそ、そこには謎に満ちた、不気味な危険性が付き纏っているのではないだろうか。子安氏は、『天皇論』において、坂本多加雄が子安氏のこの本と同名の『天皇論』で論述した主張に対して、「私は前に「この憲法 [*日本国憲法] の『国民主権』の成立」にまで天皇的配慮の来歴を読むほどの坂本の思い入れに私は驚きよりもむしろ怖れを感じる」といった。怖れとは帝国天皇がこの国にもたらした恐るべき負の刻印が歴史からも人の記憶からも失われることへの恐れである」と語っているが、この発言を注記すべきであると私には思われる。何故なら、天皇制の深部にどす黒い影の部分があることを決して忘れてはいけないという子安氏の強い決意のようなものを感じるからである。
『SNS天皇論』において、茂木は、現在の上皇であり、当時は天皇であった天皇明仁が、退位を表明した時に放映された「おことば」の映像内にあるディスクールを多角的に分析している。そこでは不十分ながらも、映像記号学的な分析も行われている点は興味深いが、ここでは、その点を考察している時間がないため、天皇の発言の最後の部分に対する茂木の分析だけをピックアップして、検討していく。天皇明仁は、「そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました」という言説を述べ、そして結びの言葉として、「国民の理解を得られることを、切に願っています」と述べ、彼の発言を終えている。この言説を、茂木は「ここに発露しているのは、端的に自らの血族をもって皇統が保たれることへの欲望であり、象徴の担い手としての皇室の継続についての欲望と換言することが可能である。戦争責任問題や「不規則発言」による昭和天皇の不安定さと比したとき、よりいっそう目立つ「護憲の主体」としての明仁天皇の自己表現は、実質的に現憲法が維持され、現状の国民国家が継続的に運用されることによって、自らの血統において構成される皇室が維持されることを期待していると解釈できる」と分析している。つまり、天皇明仁は憲法や国民を重視しているように見えて、実は、自らの血族が維持され続けることが、彼の存在の第一原理となっていると茂木は述べているのである。私も茂木のこの解釈を支持したいが、子安氏の提唱している絶対的保守主義としての天皇制を支える基底部分には血族の不変的な存続こそを切に願う天皇の欲望が反映されていると考えられるのである。
今考察した二つの側面は、子安氏の『天皇論』の探究と深く係わる意見であると私には思われる。絶対的保守主義としての天皇制が、不気味であり、恐怖させるものであるのは、それが象徴として機能し続けていくための暗部を内包しているからである。フィクションとしての神話であり、真実らしいものとしての物語である象徴天皇制こそが、絶対保守主義のマグマであり、起因であるからである。日本という国の歴史的変遷の中で、親政天皇は副次的な産物にしか過ぎず、天皇制というレジームの基体は象徴天皇制にあるからこそ、この絶対的保守主義としての構成体は維持できるのである。それが真偽値によって否定できない、非ロジックとしてのロジックに依拠しているゆえに。それだけではなく、天皇制を担う主体はその絶対的な主体性を消し去る時に、別な言い方をするならば、象徴と化した時に、その真価が発揮されるのである。ラカンは『精神分析の四基本概念』において、主体の「アファニシス (aphanisis [消失])」に関して、「(…)「アファニシス」は、もっとも根源的な仕方で、すなわち主体は、私が致死的と呼んだあの消失の運動においてこそ姿を現すという意味において位置づけられるべきものです。さらに別な言い方をすれば、この運動は、私が主体の「fading」と名づけたものです」(小出浩之、新宮一成、鈴木國文、小川豊昭訳) と語っている。天皇制の主体である天皇とは、アファニシスあるいはフェーディングとしての主体であり、天皇制は、天皇というその実態が消え去り、象徴となった時にこそ、真の力を放出するのである。それは理知を超えた呪詛的な力である。その呪われた力に対してわれわれが恐怖してしまうのは、そこに合理性が存在しないからであると共に、天皇という他者の欲望がわれわれの内部で無意識的に体系化されるからである。この他者の欲望によって産出されるものこそが絶対的保守主義としての天皇制である。天皇制の呪いは、他者の欲望を自分の欲望として生きるように強制されることであり、この呪いこそが絶対的保守主義の根源にあるマグマのようにドロドロとした原液なのである。
宇波彰現代哲学研究所ブログより許可を得て転載
宇波彰現代哲学研究所 『天皇論 「象徴」と絶対的保守主義』を読む (fc2.com)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion13823:2400801〕