(2022年8月19日)
「『DHCスラップ訴訟』ースラップされた弁護士の反撃そして全面勝利」の発刊以来半月余。私は、この書を多くの人に読んでいただきたいと思っている。
この本の中にも書いたが、スラップを仕掛けて「黙れ」と言った人物を、私はけっして許さない。この決意は、一面私怨であり、一面公憤でもある。私怨は語るまでもない。「おまえの言論は違法だ」「だから6000万円支払え」と提訴されたのだ。とんでもない手間暇を掛けさせられた。しかも、恫喝すれば黙るだろうと見くびられたことの不愉快さ。怨みが消えるはずもない。この私怨の深さがエネルギーの源泉だ。
もう一つは公憤だ。私の怒りは憲法の怒りでもある。「表現の自由」という美しい、大切な旗を汚されたことへの憤り。カネを持て余している輩が、カネに擦り寄る連中を手駒にして仕掛けてきた、「DHCスラップ訴訟」。この憲法的価値への挑戦には徹底して反撃しないわけにはいかない。幸い、この公憤の側面に多くの仲間が共感してくれた。
弁護士が被告にされたスラップである。スラップに対する闘いの典型を作らねばならない。最初は、《スラップに成功体験をさせてはならない》と思った。そして今は、《DHC・吉田嘉明には典型的な失敗体験をさせなければならない》と思うようになっている。
私は、スラップを仕掛けられて跳ね返した。DHC・吉田嘉明の私に対する6000万円請求訴訟は一審判決で全部棄却され、控訴審で控訴棄却となり、最高裁はDHC・吉田嘉明の上告受理申立を不受理とした。しかし、それでは足りない。
その後、攻守ところを変えて、今度は私が原告となって、DHC・吉田嘉明を被告とする損害賠償請求訴訟を提起した。これも最高裁までの争いとなったが、165万円の認容判決が確定した。少なくとも、DHC・吉田嘉明のスラップを違法とする判決を獲得し、カネを払わせた。しかし、それでもなお、十分ではない。
DHC・吉田嘉明に《徹底した失敗体験》をさせるとは、骨身に沁みて、「こんなスラップ訴訟をやるんじゃなかった」「もうこりごりだ。今後2度とスラップはするもんじゃない」と思わせなければならない。そのためには、裁判の経過を多くの人に知ってもらわなければならない。DHC・吉田嘉明とその代理人弁護士がどんなみっともない訴訟をしたのか、裁判所がどう判断したのか。そして、そのことの法的な意味はどんなものなのか。それをこの本に盛り込んだ。この本を普及することが、《わが闘争》の現段階である。
献本差し上げた方からの暑中見舞い・残暑見舞いの中のこの本の感想が面白い。私と妻のことを知っている人は、口を揃えて「東京高裁松の廊下事件」のくだりが一番面白い、とおっしゃる。それは、そうかも知れない。が、私が最もお読みいただきたいのは別のところである。以下は、その一節の抜き書き。
✦それでも逃げた吉田嘉明の卑怯
2019年4月19日の東京地裁415号法廷。この日は、DHCスラップ「反撃」訴訟の証人尋問の日であった。本来なら、この日が訴訟の山場。緊張感みなぎる法廷になったはず、であった。が、いかんせん盛り上がりに欠けた。傍聴席は満席ではあったが、ピリッとしないままに開廷し尋問が進行し閉廷した。
何しろ、法廷にいなければならないこの日の主役が不在だった。主役で敵役でもある吉田嘉明には、この日の本人尋問採用決定があり、裁判所から正式の呼出状が送達されている。にもかかわらず吉田は出廷を拒否した。逃げたのだ、敵に後ろを見せて。
古来、ひとかどの武者が戦場で敵に背中を見せるのは武門末代の恥とされた。矜持をもつ者の美学に反するのだ。一ノ谷の戦場では、劣勢の平家方の若武者平敦盛が、坂東武者熊谷直実から「よき大将軍。卑怯にも敵に背を向けるか! 戻れ、戻れ!」と声をかけられて引き返し、一騎打ちとなる。逃げないから絵になる。物語にもなる。そして、逃げなかったからこそ、敦盛が後世にその名を残すことにもなった。「卑怯者、敵に後ろを見せるのか」と言われながら、吉田嘉明の如くに黙ってとっとと逃げてしまうのでは、白けるばかりである。
私は、吉田嘉明との法廷での対決を期待もし、闘志を燃やしてもきた。自分から仕掛けた訴訟を、「勝訴の見込みのないスラップだ」と言われて、反論を放棄するとは思わなかった。何度も、卑怯者、逃げるのか、と挑発もした。それでも敵前逃亡した吉田嘉明には、拍子抜けでがっかりし、この日の法廷は面白くなかった。しかし、これで勝訴は間違いないとも思った。
吉田の尋問を申請したのは、反訴原告(澤藤)側である。吉田でなければ、スラップ提訴の動機は語れない。なぜ、ほかならぬ私を選んで提訴したのか。私の批判が耳に痛いから、これ以上ブログを書くなと脅したのではないか。どうして、言論で闘おうとしなかったのか。どうして短絡的にスラップに飛びついたのか。本当に勝訴の見込みあると考えていたのか。勝訴の見込みの有無について、誰から何を聞かされて、どう判断したのか。もしや、顧問弁護士から、勝訴の見込みがあるとでも吹き込まれたというのか。その経緯を法廷で語れ。スラップにいったい幾ら金をかけたのか。なぜ2000万円の提訴をし、なぜ6000万円に増額したのか、なぜそれ以上の増額はしなかったのか。本人でなくては語りようがないではないか。
裁判所もそう思ったから、本人尋問採用の決定をし、呼び出した。それでも彼は来なかった。これは、「証明妨害」に当たる。出廷拒否というやり方で、自分に不都合な証拠が裁判所に提出されることを妨害したのだ。
裁判所がはっきりと「証明妨害」の認定をするかどうかはともかく、これなら吉田が裁判に勝つことは絶対にない。だいたい、この吉田の姿勢は真面目に訴訟をし、勝訴のために努力しようというものではない。考えて見れば、スラップの提訴以来、DHC・吉田嘉明の姿勢は一貫していた。提訴や請求の拡張で、被告を恫喝はするのだが、そのあとに勝訴のための地道な努力をすることはなかった。
DHCスラップ訴訟 スラップされた弁護士の反撃そして全面勝利
著者名:澤藤統一郎
出版社名:日本評論社
発行年月:2022年07月30日
≪内容情報≫
批判封じと威圧のためにDHCから名誉毀損で訴えられた弁護士が表現の自由のために闘い、完全勝訴するまでの経緯を克明に語る。
【目次】
はじめに
第1章 ある日私は被告になった
1 えっ? 私が被告?
2 裁判の準備はひと仕事
3 スラップ批判のブログを開始
4 第一回の法廷で
5 えっ? 六〇〇〇万円を支払えだと?
6 「DHCスラップ訴訟」審理の争点
7 関連スラップでみごとな負けっぷりのDHC
8 DHCスラップ訴訟での勝訴判決
9 消化試合となった控訴審
10 勝算なきDHCの上告受理申立て
【第1章解説】
DHCスラップ訴訟の争点と獲得した判決の評価 光前幸一
第2章 そして私は原告になった
1 今度は「反撃」訴訟……なのだが
2 えっ? また私が被告に?
3 「反撃」訴訟が始まった
4 今度も早かった控訴審の審理
5 感動的な控訴審「秋吉判決」のスラップ違法論
【第2章解説】
DHCスラップ「反撃」訴訟の争点と獲得判決の意義 光前幸一
第3章 DHCスラップ訴訟から見えてきたもの
1 スラップの害悪
2 スラップと「政治とカネ」
3 スラップと消費者問題
4 DHCスラップ関連訴訟一〇件の顛末
5 積み残した課題
6 スラップをなくすために
【第3章解説】
スラップ訴訟の現状と今後 光前幸一
あとがき
資料(主なスラップ事例・参考資料等)
https://nippyo.co.jp/shop/book/8842.html
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2022.8.19より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=19780
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion12301:220820〕