【市民版ECRR2010勧告の概要―矢ヶ崎克馬解説・監訳】(後半)

著者: 松元保昭 まつもとやすあき : パレスチナ連帯・札幌
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https://chikyuza.net/archives/22402よりの続きです。)

矢ヶ崎克馬解説・監訳(松元保昭訳)

8、さらに本委員会は、傷害のメカニズムを検討した結果、ICRPの放射線リスクモデルおよびその平均化の方法は、空間と時間の双方において放射線量の非等方性(非均一性)がもたらす影響を排除していると結論をくだす。したがってICRPモデルは、体内のホットパーティクルによる局所的な細胞組織にたいする高線量、および複製誘発と(註:引き続く放射線の打撃による)中断の原因となる連続的ヒット、この双方を無視しており、これらすべての高リスク状況を大きな組織質量で平均化(註:ホットパーティクルのエネルギーを大きな臓器質量で割って小さく)しているにすぎないものである。こうした理由から本委員会は、ICRPがリスク計算の基礎として使用している未修正の「吸収線量」には欠陥があると結論づけ、それに代えて、特定の被曝にかんする生物物理学的、生物学的な観点を基礎とする増大荷重を使用した修正「吸収線量」を採用した。さらに本委員会は、とくにカーボン14、トリチウムなど特定元素の核種変換過程に由来するリスクに注意を払い、このような被曝には適切な荷重を加えた。またストロンチウム、バリウムおよび特有なオージェ電子など、DNAにたいして著しく生化学的な親和性をもつ諸元素の放射線被曝の場合にも荷重が加えられた。

質問⑪:いままでのまとめのような気もしますが、またまた非等方性とか複製誘発とか中断とか、分からないことばが出てきます。もういちど、「平均化」がなぜいけないのか、何を無視しているのか、説明してくれますか?
矢ヶ崎:ホットパーティクル(多数の放射性原子が含まれる微粒子が中心にある局所的空間)はたった1個だけで十分危険です。アルファ線、ベータ線の飛程が小さいことは、ガンマ線のもたらす散漫な均一被曝とは異なり、局所高濃度被曝と被曝されない領域の両方をもたらす「非等方的(不均一)」被曝です。このような短距離範囲被曝であるホットパーティクル内の危険の表現を、マクロ的サイズの「臓器内のエネルギーだけで」表現するやり方を通じて、危険性が無視されるところとなります。放射線エネルギーを臓器質量で割ることにより何ケタも小さな実効線量を導くことができ、危険を見えなくさせます。これが「平均化」の意味です。また、時間的に継続して被曝を与えることは、いったん切断されて、修復過程にあるDNAにまた放射線が作用する(セカンドイベント)ということが頻繁に起こります。この場合、修復が中断されて再び切断がもたらされるのです。これがさらにリスクを大きくします。生体の反応過程を考慮するとリスクの現れる形態が多様であり、リスクも大きいことが考察されます。 

質問⑫:けっきょく、「吸収線量」を修正するかどうかという問題なのですか?
矢ヶ崎:ECRRは、ホットパ-ティクル内の放射線打撃の仕方を空間的・時間的な特徴に分類して危険度を与える「生物物理学的加重係数」、とホットパーティクルの同位体の種類によって危険度を係数として現す「同位体生化学的加重係数」によって、実効線量を修正します。この係数導入で、実際に生ずるリスクを表現できるようになります。これらの係数によって実効線量は現実のリスクを与える大きい線量となります。

9、本委員会は、類似した被曝から被曝リスクが明確にされるという考えに基づき、疾病に結びつく放射線被曝の証拠を再検討する。したがって本委員会は、原爆の調査研究にはじまり、核実験の死の灰による被曝にいたるまで、核および原子力施設の風下住民、核および原子力施設従事者、再処理工場、自然バックグランド研究、核および原子力事故などに起因する被曝と健康障害に関連する報告書のすべてを検討する。本委員会は、低線量の体内放射線照射に起因する傷害の明白な証拠を示す被曝研究の最近の二つの傾向にとりわけ注目している。これらは、チェルノブイリ以降の小児白血病にかんする諸研究、およびチェルノブイリ以降に現れているDNA突然変異ミニサテライトが増加していることの観察記録である。これら双方の研究によって、ICRPリスクモデルには100倍から1000倍の係数誤差があることが立証されている。本委員会は、健康影響を評価できるようあらゆる被曝タイプに適用可能なモデルの中に放射線量の算定荷重を設定するため、内部および外部放射線に起因する被曝リスクの証拠を採用する。ICRPとは異なり本委員会では、致死性がんから幼児死亡率にいたるまで、また特定されていない一般的な健康被害を含めた健康障害のその他の原因にまで分析対象を広げる。

質問⑬:係数の誤差に「100倍から1000倍」もあると書いていますが、そういう評価ミスはどういう結果を招くことになるのですか?またこうした指摘を受けて、ICRPでは何か返答したり修正したりしたのですか?
矢ヶ崎:原発推進のためには、現実に現れている健康被害・疾病を隠すことが必要であり、この過小評価は、原発推進と核兵器開発に大きく貢献してきました。
 前述のように、リスク判定の構成概念は2つあり、①実効線量をどのように算出するか、②単位実効線量(1Sv)当たりに現れる犠牲者数(リスク係数)をどのように与えるか、です。
 ICRPは、吸収線量の定義を臓器当たりとすることで実効線量を小さく算出し、放射線が原因で現れる疾病を限定することと、犠牲者を隠ぺいすることによりリスク係数を低くすることの両者を行い、極端にリスクを過小評価してきました。
 例えば、ベータ線は体内では1センチメートルほどしか飛びません。この小さい領域に、集中した被曝がもたらされます。このホットパーティクル内で被曝の実効線量を評価すると、ICRP式で計算した値の100倍から1000倍になるのです。
  歴史的に、ICRPが行ってきた実践は、あらゆる放射線被害の犠牲者を公式記録に載せないようにすることと、内部被曝を研究させないように科学上の専制支配を行うことによってきました。そのひとつの現れは「原子力村」なのです。
 これらの「科学」操作上の目的意識は、核抑止力と原発を維持するための現実的力にコントロールされ、また、それを支てきました。
誤りが指摘されるとますます、現実利益を守ろうとする力が働きます。隠ぺいあるいは無視することと、被曝の学問を歪める専制支配を強めてきました。福島でも日本政府とそれを支えるICRP論者によりその実施体制は強化されているように見えます。
 ECRRの指摘は、ICRPに関係する学会でまともに議論されるのではありません。笑い飛ばしたり、無視することにより、本質的議論を回避しているのが実情です。また、2007年ICRP勧告での吸収線量の定義などは、一見ECRRの指摘にこたえているように見せかけていますが、本質は全く変わらないのです。「粉飾して維持する」ことを行っているのです。 

10、本委員会は、現在多発しているがんは、1959年から1963年にかけて地球上で行なわれた大気圏核実験による放射性降下物の結果であり、さらに近年核燃料サイクルの操業から環境中に放出されている放射性核種は、がんおよび他の形態の健康障害にも著しい増加を招くだろうと結論をくだす。

質問⑭:今回のような事故は別にして、普段稼動している原発には放射能汚染の心配はない、というのがいままでの政府や電力会社の説明でしたが?
矢ヶ崎:電力会社や政府は、内部被曝を無視することによって、放射能漏れがあっても「規定された値以下に希釈されているから害はありません」と言い続けて原発を運転し、被害を無視し続けてきました。しかし、グールドらによる、「アメリカの原発周囲100マイルの住民に現れた女性乳がん死亡者の増加」を明らかにした典型的研究などは、明確に原発の日常的放射能漏れの被害を示しています。このほかにも続々と日常的な被害が明らかにされています。核再処理施設セラフィールドの被害はECRRが指摘しているとおりなのです。しかし、政府や電力会社はやすやすと便益を譲り渡すことは致しません。

11、ECRRの新しいモデルとICRPのモデルの双方を使って、1945年以降の核および原子力プロジェクトの結果による全死亡者数を計算した。国連が発表した1989年までの全住民にたいする被曝線量の数値を基礎にしたICRPの計算では、がん死亡者数は117万3600人となる。ところが本委員会のモデルで計算すると、がんによる死亡者が6160万人、子ども160万人、胎児190万人の死亡者数という予測結果となる。さらにECRRでは、地球上の大気圏核実験による放射性降下物の期間に被曝した人々のあらゆる疾病と諸条件を総計すると、生活の質(註:生活の質とは、どれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送り人生に幸福を見出しているか)の10パーセントが失われていると予測している。

質問⑮:これは驚きですね。もしこれが本当だとしたら、がんの原因の相当多くが核兵器や原発の影響ということになりますが、矢ヶ崎先生はどう思われますか?
矢ヶ崎:がんの原因には放射線が大きな要素を占めると思います。
 東北大学の瀬木三雄医師のデータをスターングラスがグラフ化した、日本の小児がんの死亡率は、戦前はほぼ一定であったのが、原爆投下と大気圏内核実験の終了する禁止条約(1963年)の5年後、1968年には、戦前の7倍に増加しています。内部被曝で放射性微粒子を体内に取り入れている場合は、たった1個の放射性微粒子でも、線量当たりの発がんの危険性は減少しないことを考慮すると、現在のがん発生の多くは放射線が関与していることを認めざるを得ません。現代社会が多くの要因で多くのがんを多発させ、犠牲者もたくさん出していますが、その基盤に放射線がバックグランドを引き上げ、他の発がん要因と相乗的に重なって被害を増加させているのです。放射線の害は他の因子との相乗作用と免疫力の低下です。

12本委員会は、自然バックグラウンドの電磁放射線とそれが生成する光電子により、放射線吸収が増強されるということをつうじて、体内にある高い原子番号の諸元素が放射線リスクを増強する(註:自然バックグラウンドの電磁放射線が、体内吸収されている高い原子番号の諸元素に当たると、光電子効果によって新たに電子が放出されて、放射線リスクが増強される)ことを論証する新しい研究に注目している。本委員会は、この効果こそウラン元素の被曝から生じる健康被害の主要な原因であることを確認して、このような被曝にたいする荷重係数を作り上げた。本委員会は、ウラン降下物によって被曝した住民にたいするウラン兵器の影響を検討し、ウラン被曝後に観察された異常な健康被害は、このようなプロセスによってメカニズムが説明されると強調しておく。

質問⑯:ここはウラン兵器の問題だと思いますが、アメリカ政府も日本や各国政府もまだウラン兵器の人体に対する影響を認めていませんね。湾岸戦争やボスニアやコソボ、そしてイラク戦争でも使われ、さまざまな奇形児が生まれていると聞いていますが?
矢ヶ崎:劣化ウラン弾はウラニウム238を使用することに寄ります。核分裂をもたらすものではなく、ウランの質量の大きいことを利用して戦車に穴をあけて破壊するための砲弾です。質量の大きい重いウランが熱により燃えやすいことが、劣化ウランの徹甲機能を飛躍的に増加させます。その際生ずる酸化物のエアロゾールが危険をもたらします。ウラニウム238の半減期が45億年と長いものですから単位時間当たりの放射線数は少なく、ICRP論者は「5グラム飲んでも危害は出ない」と主張しました。典型的にICRPのリスクモデルの誤りを示すケースです。
 エアロゾールは放射性微粒子の構成であり、内部被曝では時間的と空間的に危害が与えられます。空間的条件は、アルファ線は40マイクロメートルしか飛ばずにその間に10万個の分子切断を行います。また、アルファ線にはバイスタンダー効果が顕著であり、今まで考えられていた以上に非常に高いリスクをもたらします。今までは、放射線の影響は、単に放射線に打撃された細胞に留まると考えられていましたが、打撃された細胞の周囲にある打撃されていない細胞に、遺伝子の変成がもたらされるということが発見されました。バイスタンダー効果とは、打撃されていない細胞の遺伝子が影響を受けてしまうもので、内部被曝の危険さをさらに浮き彫りにするものです。
半減期の長いアルファ線による被曝は、時間的には間隔を置いた放射が、細胞の修復過程を襲い、遺伝子が一度変成されてから次の変成までの期間を、再打撃により短縮させ、発がんまでの期間を短縮させる恐れがあります。
 イラクには、1991年の第1次湾岸戦争では、300トンから800トンの劣化ウラン弾が主としてバスラ地方に使用され、2003年の第2次湾岸戦争では1000トンから2000トンがバグダット等の人口密集地にも使用されたといいます、ボスニア紛争にも使用されました。被弾した地方には、おびただしいがん等の発生が報告されています。白血病、リンパ腫、脳腫瘍、出生児の先天的形成異常、死産、・・・。攻撃したアメリカや国連軍等の兵士やその家族にも被害が及んでいます。
 1995年と1996年には、沖縄の鳥島に合計1520発、約200キログラムの劣化ウランが、米海兵隊のAV-8B(ハリヤー)2機により機銃掃射されました。1997年に発覚した時の第一声で米軍は沖縄県民に向けて「劣化ウラン弾は放射能では無い」と言明したのです。その後、米軍は何回かの調査に入り、ホットスポットが見つかると周囲の土砂を取り除き、「鳥島には残留した放射能は無い」と発表することを繰り返し基本的な撤去作業は何も行わずに済ませてしまいました。米軍は劣化ウランが「嘉手納弾薬庫と岩国基地にある」と明言しています。日本政府は繰り返しの住民の要求にもかかわらず、撤去要求はついに出しませんでした。
 このような劣化ウラン弾の被害はICRPでは全く予見できないのです。ICRPが市民の命を守ることには典型的に無力であり、逆にアメリカ軍などにとっては、軍事的使用を容認してくれるありがたい「防護体系??」をICRPは提供しているのです。

13、本委員会は、ECRR2003年モデルの発表以降、当モデルの予測を裏付ける疫学的報告があったことを指摘しておく。すなわち、2004年のオケアノフによるベラルーシにおけるチェルノブイリの影響報告、および2004年のトンデルによるスウェーデンにおけるチェルノブイリの影響報告である。

質問⑰:オケアノフさんやトンデルさんは、どんな研究をしたのですか?
矢ヶ崎:ICRPなどが低線量域のリスクは小さいと主張している中、オケアノフはチェルノブイリ後の一般のがん発生率を分析し、被​ばく総量より被ばくした時間の長さが、よりリスクを高める要因であ​ることを示したり、2004年には、ベラル-シで小児甲状腺がんの発症率は事故前に比し100倍に上昇したことなどを発表しました。また、ICRPなどがヨーロッパ全域でチェルノブイリ被害などありえないとしていたところ、トンデルらが大掛かりな疫学調査を行い、スウェーデンでがんの増加を報告しています。さらに最近日本語訳されました『チェルノブイリ原発事故がもたらしたこれだけの人体被害』(核戦争防止国際医師会ドイツ支部著、松崎道幸監訳)にはヨーロッパ全域での被害の確認、とりわけ生まれる赤ちゃんの性比(男児/女児)が、事故以後明瞭に増加しているなど、「低線量域での被害」を多数上げています。如何にIAEA、WHOなどを通じてのICRP体制派が被害を公的記録に載せないように阻止してきたか、そのすさまじさを白日のもとに曝す記録が公開されています。 

14、 本委員会の勧告を列挙する。あらゆる人間的活動をふくむ公衆への最大許容線量は、0,1ミリシーベルトを超えるべきではなく、原子力作業従事者にたいしては2ミリシーベルトとすべきである。これによって原子力発電施設および再処理工場の操業はきびしく削減されることになるが、人類の健康障害があらゆる評価の中にふくまれており、原子力発電は犠牲が大きすぎるエネルギー供給の方法であるという本委員会の確信がここに反映されている。どんな新しい実践においても、すべての個々人の権利が尊重されるやり方で正当化されなければならない。放射線被曝は、利用可能な最新技術を駆使して合理的に達成しうるかぎり低レベルに抑えられるべきである。最後に、放射性物質の排出という環境影響については、すべての生命システムにたいする直接・間接の影響をふくめた全環境との関連性において評価されなければならない。

質問⑱:ここは勧告のまとめだと思いますが、日本は年間1ミリシーベルトと法律で定められていて、今回の事故で政府自らこれを破って20ミリシーベルトまで大丈夫とか言っていますね。原発作業員は250ミリとか言ってますよね。0,1ミリシーベルトというのは厳しすぎると思いますが、これはどうなんでしょうか?食品、瓦礫、除染などの問題にどう立ち向かえばいいのでしょう?
矢ヶ崎:1ミリシーベルトの被ばく量は、毎秒1万本の放射線が身体に吸収されるのが1年間ずっと続くという量です。ICRPが公衆の年間被曝限度として勧告しているものですが、健康を守れる被曝量ではありません。彼らが掲げる功利主義によって、「原発の運転に支障がきたさない範囲で被曝防護基準を厳しくする」結果のものです。そもそも功利主義は公益を犠牲強要の前提としているのですが、原発爆発事故による被曝は誰にも公益を与えないものです。彼らの功利主義に寄っても、被曝が許される余地が無いのです。にもかかわらず、20ミリシーベルトに釣り上げる根拠は、ただただ、電力会社と政府の責任を減殺するだけのために民を犠牲にしているのです。人間の放射線に対する抵抗力が事故で20倍に強くなる特性などあるはずがありません。事故時には、ICRPが公衆の被曝を防護する誠実さが全くないことを物語っているのです。原発推進側の利益だけが、むき出しに実施されるという、ICRPの本質が日本政府によって実施されたのです。
 公衆の年間被曝限度の現在の基準は緩すぎることを前述しました。原発作業員の命は、そうでない人と変わりないはずです。しかし、50ミリシーベルト年間というのが作業員の限度です。原発作業員だといって被曝を多く取って良いはずありません。ですから作業員だから基準を変えるということ自体全く不当なことで、原発会社が命を粗末に扱うことを法令で位置付けているのは不当だと思います。しかし、これを250ミリシーベルトに釣り上げました。まさに東電と政府のご都合主義で人命を軽んじているのです。
 0.1ミリシーベルトは、まずは、実現可能な目標であり、そのためには真に放射線を防護する「健康を守る」ための防護という考えと、原発を全廃して放射線源を絶つことが求められています。
 食品の限度値も4月から「厳しく」なりましたが、セシウム限度がキログラム当たり100ベクレルはドイツが国として採用している基準の10倍以上の値です。幼児食の50ベクレルに至っては全く許せません。値として言うならば1ベクレルとすべきです。
 これらの「基準なるもの」を見る目としては、数値の多寡で見るのではなく、命と健康を守る立場から出てきているのか、あるいは東電と政府の責任を軽くする立場から出てくるものなのか、そのどちらの立場なのかを、しっかり見極めることが必要です。
 がれきは「放射能は拡散するべからず、焼却するべからず」という大原則の上で処置しなければなりません。強汚染地帯に野積みされたものは必ず汚染されています。「汚染されていないがれきはありえない」というくらいに言いきって良い状態だと思います。原子炉の中にあるときは「放射能は封じ込める」に徹してきたはずです。それが事故で放出するや、広域に拡散せよとは何事でしょうか!全く矛盾極まりない対応です。何より政府と東電が明確な責任と実践を示すことが必要です。
 「除染すれば住めるようになる」ということは現在の高汚染状況では誤った考えです。チェルノブイリ周辺3カ国は、年間1ミリシーベルト以上の汚染地域は、移住権利区域(移住を申請すれば国が責任を持つ。住んでいても良いが特別の注意が必要)、5ミリシーベルト以上は、移住義務(住んでいてはいけない)という限度基準を持ち、住民を保護しています。日本の基準はそれに対応する基準としては20ミリシーベルト、50ミリシーベルトであり、国際的にみても経験を学んでいません。国民を捨てていると非難されても当然です。「直ちには影響はありません」、「必要なのは安心している心です。にこにこして暮らしましょう」では、民を捨てることそのものです。しっかり民を守る立場に政府を立たせることが必要です。

質問⑲:原発や再処理工場がきびしく削減されることは、本委員会の確信(信念)だと言われていますが、矢ヶ崎先生のご意見はどうですか?
矢ヶ崎:アメリカは、核恫喝政策を維持するために、いつでも核兵器を使えて、いつでも核戦争ができる体制が必要だと考えてきました。そのためにウランの濃縮工場はいつでも稼働させておく必要がありました。原発は、アメリカがウラン濃縮工場を経常的に夜も昼も運転させ続けるために考え付いた商売だと言われます。そもそもが「核戦略上必要」だったのです。たかがお湯を沸かすだけのために、このような危険な装置を使おうなどとは、健全な社会を望む健全な市民は、絶対に考えないことです。基本的に現状は放射能を技術的にコントロールする技術を持ちません。ただ封じ込め、冷やし続けることだけが、異質な危険に対応するものです。いつまでも封じ込め続けられるはずがありません。技術では解決できない、危険を内包するものを継続する必然性は全くないのです。ECRRの確信は当然だと思います。

質問⑳:最後に、フクシマの事故から一年が経ち、大気、海洋の汚染もひどく被曝者も全国に広がっています。一方、政府も東電も事故への謝罪も責任者の処罰もなく原発の再稼動、再輸出を目論んでいますが、日本の現状と未来にとって、このECRR勧告の意義はどのようなものだと考えられていますか?ECRRが取り組んでいる今後の課題もあれば、教えてください。
矢ヶ崎:命や環境がどのような放射線被害を受けたか、具体的に認識することが「放射線から命を守る」全ての始まりです。それは誠実な科学を行うことからまず始まります。具体的で誠実な科学が、命や環境を守る全ての土台となるのです。
 原爆が落とされ、ビキニで被災したこの日本で、フクシマが起こり、三度被曝の被害者が隠ぺいされようとしています。被害者が切り捨てられようとしているのです。棄民を積極的に「考え方として」指示しているのがICRPです。ICRPは今までの犠牲者隠しと同様に、フクシマでの犠牲者をさらに隠す恐れがあります。それはホールボディーカウンターなどの内部被曝計測を極めて短時間でこなし、全ての人に計測によって「科学的に」内部被曝はありませんでしたと、証明しようとしています。測定したというパフォーマンスで実際に被曝している実態を糊塗しようとしているのです。日本の市民はこれを許してはなりません。政府や行政をありのままに誠実に対応する機関に代えなければなりません。
 ECRRは誠実に科学らしい被曝の科学を展開しています。ECRRのリスクモデルは現実に生じた犠牲者の規模を再現できることを目標にしており、その放射線防護は「命を守る」立場で徹底しています。現実を具体的に誠実に科学する姿勢を貫いてさえいれば、健全な市民が健全な被曝防護を求める運動の駆動力となるでしょう。ECRRはフクシマをめぐる状況に対して、心配し、警告も発しています。
 すでに深刻な健康被害が、子どもたちだけでなく大人にもたくさん現れています。福島界隈だけでなく、関東圏を含む広範囲な地域から、鼻血、口内炎、抜け毛、充血、生理異常、気管支炎
下痢、咳、倦怠感、皮膚斑点、微熱、食欲不振・・・が、3.11以降の健康変化として訴えられています。しかしながら、病院での対応はけんもほろろに、「こんな程度の放射線被曝で、こんな症状が出るはずがない」、「放射線を気にするより、明るくはつらつとしていた方が何倍もましです」という対応をされるという。憂慮すべきことですが、多くの病院の医師がICRPのみの教育を受けて、内部被曝の実態を認識していないからだと思います。
 内部被曝では放射性物質は身体のあらゆるところに運ばれて、放射線を発射しますので、あらゆる健康被害や病気が、必然的にでてくるのです。チェルノブイリを含めて新しい放射線障害の情報が続々と届いています。あらゆる病院のあらゆる医師は、最先端に立たされた心持で放射線被害の実態を学習し、現場に来る市民の健康変調に最大限の「医の倫理」を発揮して対応していただきたいのです。決して「医の安全神話」という、人権の対極にある権威主義を押し付けるようなことは行わないでほしいと思います。
 チェルノブイリの周辺と比較して、フクシマと同等レベルの汚染があったところでは大変な健康被害が出ています。福島市、郡山市等を含む中通りは、チェルノブイリ西方100キロから150キロメートルに展開するルギヌイ地区(ウクライナ)の汚染状況と同程度です。ルギヌイ地区では、子どもの甲状腺の病気・悪性腫瘍の超多発、免疫力の低下、平均寿命の短縮、生まれた赤ちゃんの先天性形成障害、病弱、等々が観測されています。これらの健康被害が、福島では出ないから「安心してにこにこしているのが大事」などというのは、いったい何を狙って話をしているのでしょう?ましてや、放射性ヨウ素が大量に漏れ出した時に、政府は安定ヨウ素剤を配布可能なのに、とうとう投与しませんでした。パニックを恐れたからだと一部ではいわれていますが、これほど人命を軽んじた「ストレスが病気を招く論」はありえないでしょう。人をばかにするにも限度があります。
 福島県の実施した子どもの甲状腺検査では、30%の子供に、しこりあるいは嚢胞が観測されました。ベラルーシでの研究結果からは、子どもの甲状腺にはセシウムが多量に入っています。このことは今なお、子どもたちの甲状腺はセシウムの放射線で撃たれ続けられていることを物語っています。福島県では2年後まで、検査をしないといっているようですが、少なくとも半年に一遍は、緻密な健康調査をするべきです。福島県内の子どもだけでなくて、全国の子供に、個人負担なしの丁寧な健康診断と治療制度が必要です。
 福島県の汚染状態は、チェルノブイリ周辺国で、「移住義務」とされている汚染度以上の地域が遍在します。汚染度からいえば、とにかく避難するべき地域なのです。逆に政府によって、呼び返されるような事態を迎えていますが、避けなければなりません。特に子どもたちには、集団疎開させて安全をまず、確保させるべきです。
日本という国は、被爆犠牲者を最大限隠ぺいする「科学の操作」が行われた舞台を提供し、核兵器による恫喝する軍略を支え、原発犠牲者を最小に見せる「科学操作」を展開する拠点を提供してきました。残念ながらそのICRPの支配体制が、戦後67年になる今日も続いているのです。
 日本の良心ある市民と科学者は職業や専門の如何によらず、この「良心を売り渡した似非科学」に終止符を打つ必要があります。具体的で明瞭な科学論を持って、健全な社会を求める市民力を持って、ICRP体制に終止符を打つ必要があります。
 私どもは、被曝の科学をめぐる歴史を明らかに、科学らしい内部被曝研究を実施し、命を守る被曝防護を目指して、「市民と科学者の内部被曝問題研究会」を立ち上げました。市民の皆さんと科学者が手を取れば、いのちを守れる展望を開くことが可能であると思います。この作業に、ECRRは良き支えとなり、頼もしいパートナーとなるでしょう。

(以上、【市民版ECRR2010勧告の概要―矢ヶ崎克馬解説・監訳】終了) 

【解説・監訳者紹介】矢ヶ崎克馬氏:1943年生まれ。沖縄県在住。広島大学大学院理学研究科博士課程単位取得満期退学。理学博士。専攻は物性物理。琉球大学理学部教授。理学部長などを経て、2009年3月、定年退職。琉球大学名誉教授。2003年より、原爆症認定集団訴訟で「内部被曝」について証言。東日本大震災以後は、福島市ほか各地で放射能測定を実施、全国各地で講演をしている。2011年12月に設立された「市民と科学者の内部被曝問題研究会」の設立呼びかけ人。福島集団疎開裁判にて意見書提出。著書に『隠された被曝』(新日本出版社)、『力学入門(6版)』(裳華房)など、共著には『地震と原発今からの危機』(扶桑社)、『3・11原発事故を語る』(本の泉社)、『内部被曝』 (岩波ブックレット)などがある。「沖縄に米軍基地が押し付けられた歴史と、内部被ばくが隠され、福島に原発が押し付けられた歴史は同根」と語っている。

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