「法権利の哲学」序文で、ヘーゲルは、哲学は時代の子であるといい、あるいは哲学とは時代を思想として捉え表現したものだという。だとすれば、哲学的テキストの解釈というものも、解釈者がどれほど偏見なくテキスト内在的に論旨を捉えようとしても、解釈者のおかれている時代からくる制約性は免れないことになる。ポジテイブな言い方をすれば、解釈者は自身の歴史的条件に即して、意識せずともテキストの論旨をカスタマイズして(自分流に)解釈しているのである。
その実例が、市民社会の公共圏としての意義をめぐっての論争であろう。マルクス主義の正統派的解釈では、市民社会はブルジョア社会と等値され、勝義には資本主義社会の経済的土台とみなされた。土台でもなく上部構造でもない、中間領域としての市民社会などマルクスの科学体系には存在しない発明物とみなされたのである。しかし60年~70年代初頭のマルクス主義ルネサンスの時代に、人間の顔をした社会主義の揺籃の地として市民社会論が登場し、西側世界でも反公害などの住民運動・市民運動やベトナム反戦運動の広がりが、自治や自由な活動空間として市民社会が意識されるようになった。それは市民社会の担い手としての市民が、高度経済成長を通じて人権や民主主義的意識の旺盛な新中間層というかたちで形成されてきたことも大いに預かっていた。それは戦後民主主義の教育の成果でもあったろう。
そして1990年前後からは東欧の共産党独裁体制に反対する民主化運動が、担い手としての市民を動員して体制変革に成功。西側世界でも、NGOなどの新しい組織形態をともないながら、ジェンダーフリーや環境保護などの運動が隆盛となり、生産点だけではない再生産の社会領域(ケア労働)の運動が展望されるようになってきた。こうして、2000年前後を頂点として世界共通の市民社会形成の機運は、ヘーゲルの法哲学の解釈にも影響をあたえたといってよい。ヘーゲル哲学において公共哲学的契機を析出し、参加や自治、新たな市民的秩序や規範の形成といった現代的課題を解くための有力な手掛かりにしよとする多くの試みがみられた。ヘーゲル哲学解釈の、ある種強引なリベラリズムへの牽引がみられた。
しかし市民社会論の興隆を支えた客観的条件は、2008年のリーマン・ショックでその多くが失われた。新自由主義主導のグロバリゼーションは、世界的に貧富の社会的格差を拡大させ、新中間層を分解しつつあり、市民社会の担い手の支えを失いつつある。かつ近年の新ナショナリズムの抬頭は、国内的および世界市民的連帯を破断しつつある。そしてその次に来るのは、強い国家の介入と強い指導者への待望ある可能性が強い。2017年に刊行されたある研究書では、「立憲主義と民主主義とは論理的歴史的に無関係である・・・立憲主義とは、憲法の存在を前提とした上での、憲法による支配を国家の構造そのものに及ぼす統治の原理である」(樫田剛、「法の哲学 ヘーゲルとその時代」お茶の水書房)として、法の支配と法治主義を区別しない見方をしている。
明らかに、ベクトルの方向は国家の方へ転換しつつある。これからはヘーゲルにおけるリベラルな解釈だけでは、右派的な潮流に太刀打ちできなくなるかもしれない。そうしたことを念頭におきつつ、「法権利の哲学」の最終章へ読み進んでいこう。
記
1. テーマ:ヘーゲルの国家・市民社会論
中央公論社「世界の名著」の「ヘーゲル・法の哲学」から
第三章 国家(§257~§360)を講読会形式で行ないます。今回は§304からです。
★国内では数少ないヘーゲル「法(権利)の哲学」の専門家であり、法政大学などで教鞭をとられた滝口清栄氏がチューターを務めます。
1. とき:2026年2月28日(土)午後1時半より(毎月最終土曜日)
1. ところ:文京区立「本郷会館」Aルーム ――地下鉄丸ノ内線 本郷三丁目駅下車5分 文京区本郷2-21-7 Tel:3817-6618

1.参加費:500円
1. 連絡先:野上俊明 E-mail:12nogami@gmail.com Tel:080-4082-7550
参加ご希望の方は、必ずご連絡ください。
※研究会終了後、近くの中華料理店で懇親会を持ちます。









