いま、世界秩序の混乱は、武力による問題解決への急傾斜を見せ始めている。戦争と平和の問題は、近現代の哲学の第一級のテーマでもあった。
「法権利の哲学」において、ヘーゲルは独自の有機体論的国家観にもとづいて、戦争の必然性、必要性を説く。国家は、健全であるべく有機体としての一体性を回復するには対外戦争を必要とするとする。永続的平和は、市民生活の沈滞と自己閉塞をもたらし、諸国民を腐敗堕落させる。戦争の危機が迫ることによって、自己利益の追求にかまける日常生活から人々は覚醒し、共同体精神、国家の理念的統一が復活するという。つまり戦争は、カントの永遠平和論に反して絶対悪でないばかりか、倫理的意味をもっているというのである。戦争状態は、俗世界の富の追求のむなしさを露わにし、国家という大きなものへの一体感を抱かせるという意味で宗教的感情と親近性を持つという。
これに近いことをかのM・ウェーバーも述べている。第一次大戦のさなか、1916年に書かれた「世界宗教の経済倫理 : 比較宗教社会学の試み : 中間考察」には、宗教の救済体験(神との交わり体験)と類似するものとして戦場体験を挙げている。「戦争は、近代的な政治共同態の内部に、パトスないし共同態感情を生み出し、戦士たちのうちに献身と無条件的な犠牲への共同感情を呼び起こす」
自由だが退屈で希望のない生活からの逃走先としての戦場。ウェーバーのこの言葉に、トーマス・マン「魔の山」の主人公ハンス・カストルプがアルプスのサナトリウムでの生活に別れを告げ、第一次大戦の戦場に赴く姿を重ねることができるであろう。
偉大なる哲人たちの戦争観は、二つの世界大戦を経験した世界においては破綻しており、現にマンは、第二次大戦直後かつての自らの誤りとの決別を表明した。しかし今日、資本主義社会の行き詰まりと閉塞状況が醸し出すやりきれなさや絶望感から、若者たちが解決策を戦争に求めないとも限らない。我々は、戦争以外の有効なオルタナティブを可及的速やかに、若者たちの提起する必要があるだろう。
記
1. テーマ:ヘーゲルの国家・市民社会論
第三章 国家(§257~§360)を講読会形式で行ないます。今回は§310からです。
★国内では数少ないヘーゲル「法(権利)の哲学」の専門家であり、法政大学などで教鞭をとられた滝口清栄氏がチューターを務めます。
1. とき:2026年3月28日(土)午後1時半より(毎月最終土曜日)
1. ところ:文京区立「本郷会館」Aルーム ――地下鉄丸ノ内線 本郷三丁目駅下車5分 文京区本郷2-21-7 Tel:3817-6618

1.参加費:500円
1. 連絡先:野上俊明 E-mail:12nogami@gmail.com Tel:080-4082-7550
参加ご希望の方は、必ずご連絡ください。
※研究会終了後、近くの中華料理店で懇親会を持ちます。







