くらしを見つめる会つーしん NO.237から

「障害者全般」の合理的配慮を我が事として考えよう

障害を理由とする差別の解消を進めるために「障害者差別解消法」という法律があります。差別を解消するためには社会の中のバリアを取り除いていかねばなりません。そのために必要な対応を「合理的配慮」といいます。
令和6年4月から公的機関だけでなく事業者も合理的配慮の提供が義務化されました。
合理的配慮は分かりやすくいえば、障害のある人の立場になって考える「心づかい」から生まれます。例えば障害のある人が車いすで来店し、車いすでの利用を希望する人に対して、お店としてどう対応するかです。正当な理由がないのに入店を断ることは不当な差別的取り扱いといえます。お店側がテーブル備えつけの椅子を片づけて車いすのまま利用できるスペースを確保すれば友人と一緒に食事を楽しめます。お店側の合理的配慮の提供があれば共生社会となります。ちょっとした「心づかい」が社会側にあれば車いすの人は障害でなくなります。
私は補聴器を掛けてはいますが耳が全く聞こえません。普段は相手にマスクを外してもらい口の形を読み取って「こうかな?いやこうだ。」と頭の中で考えながら勘で相手の話しを聞いています。コミュニケーションする相手が風邪をひいていたり花粉症だと「マスクを外してください」と言えないので「書いてください」とお願いして筆談してもらっています。筆談してもらうことが合理的配慮です。また病院の受付などでは、名前を音声で呼ぶのではなく「合図」「手招き」など視覚で分かるように呼び出しをお願いします。この方法が合理的配慮ですね。医師との会話は音声でなく必ず「文字」で伝えていただくようにお願いします。医師はパソコンを使って文字で説明したり、筆談したり、音声認識を使って文字表示して説明いただきます。最近は、検診の場で説明するとき、あらかじめ文字にした「コミュニケーション支援ボード」を活用し、指差しで伝える所も出てきました。これもどうしたらスムーズに伝わるか考えてくださった合理的配慮の提供例です。
「障害」は本人の心身の働きの障害が原因でなく、社会の側に事物、制度、慣行、観念などの障壁があることで障害となっています。「先例がありません」「特別扱いはできません」「もし何かあったら・・・」「障害のある人は・・・」という考えは捨て、共生社会を皆で実現していきましょう。                      羽田野裕子

ーー中  略――

♬こんな本いかが?
PATRIOTプーチンを追い詰めた男 最後の手記 
アレクセイ・ナワリヌイ著 斎藤栄一郎/星薫子訳 講談社


ロシアの反体制派リーダー、政治活動家のナワリヌイによる自伝と獄中記。父親はウクライナ出身で、「農奴」のような境遇から逃れるため軍人になった。家の中で当局批判が始まると、母が盗聴防止のため電話をクッションの下に押し込んだなど、当時のソ連の庶民の生活、政治、社会の在り様が見え興味深い。9歳の時、チェルノブイリ原発事故後、国民の命を無視した当局の隠蔽工作に愕然とし、その後の活動につながっていく。不正選挙を追及、抗議集会をし、国営企業の腐敗と富の独占を告発し「反汚職基金」を立ち上げ、汚職を暴いてブログやSNSで発信するナワリヌイ。彼の行動に賛同し、投獄も恐れず街頭に出、資金支援をするロシアのたくさんの人々。「国家と国民は違う」と強調するナワリヌイは自身に賛同する人々を含む祖国ロシアへの強い愛国心があり、法治国家になればロシアはごくふつうの豊かな国になれると信じていた。だからこそ、腐敗し切ったクレムリンに怒り、逮捕を恐れず毒殺未遂後にも帰国し勇敢に立ち向かい続けたのだろう。
後半は獄中記なのに始終前向きで明るい。自分は獄中で命を絶たれるとわかっていながら想像力を広げ、拷問のような境遇さえユーモアに変える。最愛の妻ユリアをはじめ、思いを同じくする強く温かな同志たちの存在は大きいだろう。そして何より祖国ロシア(と人々)を思い、「自分に真実がある」という信念の強さ。538ページの大作。グイグイ引き込まれ著者に魅了される中、手記は(ナワリヌイの死によって)突然終わり、現実に引き戻される。絶望と希望、様々な怒りと清々しさ、複雑な感情が絡み合う読後。底から湧き出るような勇気をもらうと共に日本を含め世界中で進んでいる民主主義や法の支配の破壊と闘う人々に思いを巡らせた。

≪編 集 後 記≫
マスメディアへの信頼が過去最低とのこと。現政権や大企業など力の大きいものへの忖度、タブー。報道は何のためにあるのでしょう。マスコミが市民の側に立ってキチンと報道してくれていたら、政治も企業の姿勢も変わっていたかもしれないと思うこと数知れず。そんな中、マスメディアに愛想を尽かしてフリーになったり、独立メディアを立ち上げる記者もいます。「探査報道tansa」の渡辺周編集長もその一人で、数人の記者が徹底的に取材し様々な問題をあぶり出して世に問うています。例えば、大阪摂津市・ダイキン工業からのPFOA汚染問題(マスコミは社名を出さず追及もしない)、安倍元総理の国葬文書隠蔽裁判(国葬が国会を通さず閣議決定で執行され文書も不開示のため提訴)、関西生コン労組に対するでっち上げ事件に関わる人質司法問題(5年前の通常の組合活動を4府県の警察が同時に事件化して捜査。国による労組つぶしの弾圧について)などなど。わずか数人の記者で寄付のみによってこれだけのことができるのだと「取材の力」を感じます。また、スクープを連発している政党機関紙赤旗や週刊文春。TBSTV報道特集はこれぞジャーナリスト魂と思えるものが続いています(最近ではN党の立花孝志さんについて本人を含め丁寧に取材、デマやウソ、立花さんが犬笛を吹くことでターゲットになった人に言葉だけでない暴力の危険が及んでいたことなども明らかに。その後報道特集に立花さんと支持者からの嫌がらせが相次いでいる)。他、WEBメディアとしてYouTubeチャンネルを運営しているデモクラシータイムス。フリーで気骨をもって活動しているジャーナリストもたくさんいます。こうした小さいメディアも含めた情報を共有し、評価できる報道には「よかった!」と声を届けたい・・と、今回、少し紹介させていただきました。        (きくこ)