――八ヶ岳山麓から(547)―
11月18日国連総会の安全保障理事会改革を協議する会合で、日中両国の代表が非難の応酬を繰り広げた。また日中双方は国連総長グテレス氏に相手を非難する書簡を2回送った。これとは別に、21日には在日中国大使館はXに国連憲章の「敵国条項」を引用し、日本・ドイツ・イタリアなどの旧枢軸国が再び侵略的な行動を取った場合、中国を含む国連創設国は軍事行動を取る権利があると投稿した。――すでに「敵国条項」は無効だがそれを承知でやったものだろう。
また27日、トランプ米大統領は高市首相に対して中国政府を刺激しないよう助言していたという(WSJ)。4日マクロン仏大統領は習近平主席と会談し、一つの中国を支持するとした。
以下、貧弱な視野で高市答弁をめぐる言論をおおまかに見る。
麻生元首相や産経新聞などは高市答弁を無条件で支持している。なかでも11月25日のテレビ朝日「ワイド!スクランブル」に出演した前駐中国大使垂秀夫氏は、高市答弁は「絶対に撤回してはいけない」と強調した。氏は「国のあり方が問われている。中国の圧力があれば常に日本は屈してきた歴史がある中で、高市さん、あなたまでもかと。そういうことになれば、もう日本の対中戦略は今後10年20年組み立てることはできなくなる」と主張した。
――では、突っぱねていれば対中国政策は組み立てられるのか。日本は東アジアから引っ越しのできないが。
産経中国特派員だった福島香織氏は、垂氏以上に撤回反対を強調し、高市氏を持上げ「名君」という。福島氏は、29日ABCテレビ「教えて!ニュースライブ 正義のミカタ」で、垂氏と同じく「日本の外交はずっと中国の顔色をうかがって、事なかれ主義でやってきた。王毅外相が『日本の首相はレッドラインを越えた』と怒っていましたが、それは中国が勝手に引いたレッドライン」と指摘し、「今回初めて日本側が日本にとってのレッドラインを明確に示した。今までにない日本の外交で、こういう外交を待っていました」と絶賛した。
――高市答弁がレッドラインか、この人は本当にジャーナリストだろうか?
北朝鮮外交に携わったことで知られる元外務審議官の田中均氏は、YouTube、Xなどで高市答弁の撤回を求めている。
田中氏は、1972年の日中共同声明を引いて、「中国は台湾が中国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する」「日本はこの立場を十分理解し尊重する」と記されている。高市首相は「共同声明に従って行動する」と改めて表明すべきだ。そして「存立危機事態についての発言の一部は取り消したい」ときちんと言うべきだ。そこからしか物事は始まらない、という。そして撤回は敗北ではないという。
田中氏は、安保法制の存立危機事態の要件として、3項目を挙げて説明した。
(1)日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃。(2)これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること。(3)他に適当な手段がなく、必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと。
氏は元外交官として安保法制を肯定する立場から特定の地名、時期を明示するのは、「外交上何のプラスもない。百害あって一利なし。新安保法はあくまでも自衛が原則であって、自衛の概念で相手を刺激する必要性は全くない」という。
――安保法制を作成した側の正統な見解である。
哲学者の内田樹氏は「AERA」(12月8日)の巻頭エッセイ「eyes」で、発言撤回、謝罪、そして首相辞任を主張した。以下ネット記事からとびとびに引く。
「『中国の対応はロジカルだ』ということである。言葉による批判から始まって、経済的制裁のレベルを段階的に上げてきている」 「だが、さらに制裁のレベルが上がってきた場合はどうするつもりか。日本の産業は重要鉱物をほとんど中国に依存している。EVモーター、風力発電機、ハイブリッド車、半導体、太陽光パネル、LEDなどの原材料である。供給が止まれば、自動車産業や電子産業も止まる。中国に依存する企業の株価が軒並み急落しているのも当然である」
「『中国の脅しに屈するな』と威勢の良いことを言う人たちはこの『兵糧攻め』に効果的に抵抗するだけの国力が日本にはもうないことを見ていない」 「今の日本は米国に軍事的に従属し、中国に経済的に依存している『弱国』なのである。米国から支援の約束を得られず、中国に物資を断たれた今こそが『存立危機事態』である」
――日中貿易の停止は中国もかなりの損だ。正しいことでも強調しすぎると間違いになる。
わたしは高市答弁を知ったとき、10年前に新安保法関連法案に反対した団体・政党がただちに安保法制廃棄を要求するものと期待した。だが答弁直後、かつて新安保体制反対の共闘を呼び掛けた共産党すら廃止を主張しなかった。要求通り、高市氏が答弁を撤回しても安保法制は残る。
11月26日の党首討論で、高市首相の「従来の見解を繰り返しただけ」とした答弁を立憲野田代表は「事実上の撤回と受け止める」とした。これでは高市氏への援護射撃である。案の定、中国外交部は野田発言に反発した。
見方によっては、中国側も高市氏を支援しているといえる。中国大阪総領事の「汚い首切り」発言や中国外交官の「ポケットに手をつっこんで日本側を見下す」という横柄な態度、さらに日本国内の治安が乱れているとか、中国人への迫害が増加しているといったでたらめな宣伝が日本世論を反中国・高市支持に押しやった。おかげで、日本人の半分は高市答弁の支持者である。
日本の中国専門家の一部には、ゆくゆく中国は目立たない形で手を緩めるという見方がある。どこを見ているのかと訊きたい。問題は、中国最高首脳部が台湾問題での高市答弁を「日本は軍事的威嚇に出た」と受取っていることだ。高市内閣はそういう自覚に欠ける。
すでにレアアースの日本向け輸出手続きに遅れが出ているという。東シナ海には100隻余の中国海軍と海警船が展開している。12月6日空母遼寧は沖縄本島南西で訓練を展開し、中国艦載機が公海上空で自衛隊機にレーダー照射を断続的に2回行ったという。次は尖閣諸島の日本領海に海警船や漁船多数を入れてくるかもしれない。言論戦から経済制裁、そして軍事的対立へという嫌な感じのコースを思わせる。
これからしばらくは極右派は張り切り、日本社会の一層の右傾化、排外主義が進むだろう。
(2025・12・05)
初出:「リベラル21」2025.12.10より許可を得て転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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