(2023年1月31日)
私の手許に、三宅勝久著「絶望の自衛隊:人間破壊の現場から」(花伝社・2022/12/5)という新刊書がある。三宅さんと私は、共にスラップの被告とされた被害者という仲。同病相憐れむではなく、どちらかと言えば「戦友」に近い。とは言え、被告体験者としては三宅さんの方が10年も先輩。スラップ常習の武富士とスラップ常習弁護士を相手に、苦労は大きかったろう。
三宅さんの仕事は、武富士追及のルポばかりではない。『悩める自衛官』『自衛隊員が死んでいく』『自衛隊員が泣いている』(いずれも花伝社)『自衛隊という密室』(高文研)などに続いての「絶望の自衛隊」である。「自衛隊の腐敗を追って20年、第一人者がとらえ続けた現場の闇に迫る」という惹句。
この本の帯に、「隠蔽と捏造の陰で横行する暴力、性犯罪、いじめ。そして自殺…」「理不尽に満ちた巨大組織・自衛隊から、苦しむ者たちの声が聞こえるか?」「悪しき“伝統”と不条理がはびこる旧態依然の25万人組織、自衛隊─」とある。そう、この書は、「横行する、暴力、性犯罪、いじめ。そして自殺…」という理不尽に苦しむ隊員の声を集めたルポ。まさしく、「絶望の自衛隊」の姿が描かれている。
しかし、帯の最後には、希望につなげてこう結ばれている。「ついに立ち上がった隊員たち、その渾身の告発を私たちはどう受け止めるべきか?」
「ついに立ち上がって渾身の告発に及んだ隊員」の典型例として、五ノ井里奈さんが取りあげられている。「まえがき」と「あとがき」においてのこと。何とも、ひどい事件である。なるほど確かに「絶望の自衛隊」というほかはない、その隊員虐待体質と隠蔽体質。これは、輝かしい皇軍の伝統継承者という自衛隊の特殊な事情によるものだろうか、それとも日本社会の後進性を反映したものなのだろうか。
五ノ井さんは、陸上自衛隊員として勤務中の21年8月、男性隊員から集団的な性暴力を受けた。その他にも、日常的なセクハラ行為も絶えなかったともいう。被害届を出して強制わいせつの罪名での書類送検までは漕ぎつけたが、被疑者らは否認。証拠不十分として不起訴となる。傷心の五ノ井さんは離隊やむなきに至るのだが、事件10か月後の22年6月、意を決して被害を世に訴える。
インターネットで、実名を公表し顔を出しての告発。たった一人での、果敢な闘いを始めたのだ。その勇気、その志に、敬意を表せざるを得ない。
局面は転換した。署名が始まって世論が動き、国会議員も支援に働いた。陸自と加害者は事実を認めての謝罪に追い込まれ、実行犯5人が懲戒免職となったほか、訴えを受けたのに十分な調査をしなかったなどとして上司にあたる中隊長ら4人が停職などの懲戒処分ともなった。なお、昨年9月、検察審査会が不起訴不当を議決してもいる。闘いは、既に五ノ井さんが勝利したと言ってよい。
その五ノ井さんが、昨日(1月30日)、横浜地裁に性暴力加害者の元隊員と国を被告として提訴した。概ね下記のように報道されている。
「陸上自衛隊内で性被害を受けた元自衛官の五ノ井里奈さん(23)が30日、国と加害者の元隊員5人を相手取り、計750万円の損害賠償を求める訴訟を横浜地裁に起こした。国に対しては、性被害を訴えた際に適切な調査をしなかった責任などを問う。提訴後に記者会見した五ノ井さんは『再発防止につなげ、自衛隊が正義感を持った組織になってほしい』と求めた。
代理人弁護士によると、国が性被害の訴えを放置したことは安全配慮義務違反にあたるとして200万円の損害賠償を請求し、元隊員の男性5人からは性的暴行などにより精神的苦痛を受けたとして計550万円を支払うよう求めた」
五ノ井さんとしては、加害者5人にも、国(陸自)にも、損害賠償を認めさせたい。が、加害者5人とその代理人は、「賠償は国がする。それで十分ではないか」という態度だったようだ。そこで、加害者個人には民事不法行為責任を、国には雇用契約関係を根拠とする民事責任を求めたのだろう。金さえ支払ってもらえば良いのではなく、責任を明確にして再発防止につなげたいという意思がよく見える。
なお、本件を機に防衛省が全自衛隊を対象に実施した特別防衛監察では、パワハラやセクハラなど約1400件の被害申告があったという。記者会見で、五ノ井さんは「加害者たちは、本当には反省していないと感じた。このままではハラスメントの根絶は不可能だと思った」と強調している。
下記は、NHKに投稿された、視聴者からの感想の一部である。
「こういったことは表沙汰にされない。今までは国を支えてくれている隊という漠然としたイメージを持っていましたが、今回の訴えでイメージは一気に暗転しました。こういったことは組織的に軽く受け止められてきたのではないでしょうか。最終的に実名まで出さなくてはならなかった…調べてみればざくざく同じような問題が掘り起こされた…どこか裏切られたような気持ちです。日本の社会の性暴力などの問題に対する甘さが見られます」
「彼女を復職させ、自衛隊のパワハラ、モラハラ根絶のための養成、管理をさせたらいいと思います。彼女はそれらをよく知っており、被害者の側を蔑ろにすることのない優しさとそれに闘う強さを兼ねていると思います。本当に自衛隊の幹部が反省し、変わりたいと思うのなら彼女のような人を起用して頂きたいです」
なるほど、もっとも至極なご意見。あらためて思う。自衛隊には絶望だが、この事件を通じて見えてきた日本の社会の反応には、明るい希望も見えるのではないだろうか。
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2023.1.31より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=20735
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion12784:230201〕