◆「武器をみな不具合にする発明を」
ロシア国による、というよりプーチンという独裁者によるウクライナ侵略。ウクライナのネオナチの排除などのためと主張しています。それらを信じて、ロシアを支持する人もいるようです。
でも、歴史や、プーチンの来歴を知ると、ヒトラーのゲルマン人、日本軍国主義の大和民族、プーチンのロシア民族主義、大ロシア主義と並べてみると、〈プーチンこそがネオナチ〉と見えてくるように思います。
ロシアの軍事行動による殺戮と破壊の無惨さ。映像を目にして、よく知られたイラストを思い浮かべました。『あたらしい憲法のはなし』(一九四七年に文部省が著作・発行した中学一年生用の社会科教科書)の、「戦争の放棄」の挿絵です。兵器を溶かして電車やビルなどに変える…あの挿絵です。
毎日新聞の川柳欄に「武器をみな不具合にする発明を」(5月2日、中間・哀路兄)という句が載りました。あの挿絵と同じ思いでしょう。
◆最先端の科学・技術による殺戮と破壊
無惨な殺戮と破壊は、軍事侵略者にとってはまさに〈戦果〉でしょうが、攻撃された人々には文字通り〈戦禍〉です。反撃されるロシア兵にとっても、やはり〈禍〉に違いありません。
その「過」をもたらしているのは、強力な最新兵器。核兵器の使用もちらつかせています。これらの最新兵器には、人類文明の最先端の科学・技術の成果がつぎ込まれています。
いわば、最先端の文明を人類は、いのちやくらし、積み重ねてきた文化の破壊に用いているのです。それを目に見える形で現出させているのが、戦果=戦禍
と云ってもいいでしょう。そして、地球環境の破壊をも連想させられます。原爆の被爆も原発事故の被害も、同様のように思われます。
人類の文明は、その歴史が始まって以来、進歩、発展と開発、拡大を進め、神に代わって地球の支配者として君臨してきました。5月15日付の毎日、朝日新聞などに、「すべての科学者に次ぐ。」という、黒字に赤抜きの全面広告が載りました。千葉工業大学の創立80周年の広告ですが、内容は戦争に利用され戦争で進歩する科学技術への警告でした。日本で戦前に原爆開発を担ったのも、京都大学など、教育・研究機関でした。
◆「戦場を作らせぬ」文化を育む教育を
千葉工大の広告は、「すべての技術は人間を幸福にするために生まれ、世界に平和をもたらすためにのみ生かされるべきだ」と訴えています。これは、教育にとっても、まったく同じはずです。
しかし、侵略戦争をするロシアでは、専制支配、言論統制、教育への統制支配が強められています。授業でウクライナ侵攻への疑問や平和について触れたりした教員が、生徒などの「密告」で解雇されたり拘束されたりしている、という報道もあります。日本でもこの十数年の間に、教育への政治介入、国家支配が進んでいることは繰り返し述べてきました。
地元の教職員組合の定期大会に、こんなメッセージを送りました。「憲法九条の基礎であり、決してしっかりとしたものとなっていない『戦争を起こさせない民力としての文化力』を育て高め蓄積することに資する《教育》・・・教え子を戦場に送らない、を超える教育をつくることが大きな課題」と。 (読者)
初出:「郷土教育756号」2022年6月号より許可を得て転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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