核兵器を全面的に禁止した「核兵器禁止条約」が今年1月に発効したが、その第1回締結国会議が来年3月にオーストリアのウイーンで開かれる。条約の運用について検討する会議で、世界の核軍縮史上画期的な国際会議として注目されているが、被爆国日本の政府は条約そのものに反対しており、この会議に参加する意志はない。このままでは、被爆国日本に対する国際的な批判が高まりそうだ。
核兵器禁止条約は、オーストリア、メキシコ、マレーシア、コスタリカなどの非同盟諸国と国際NGO「核兵器廃絶国際キャンベーン(ICAN)」などのイニシアチブで国連の会議で採択された。2017年7月のことだ。これを50カ国以上が批准し、今年の1月22日に発効した。これまでに56カ国が批准している。
この条約は、核兵器の開発、実験、製造、取得、保有、貯蔵、移譲、使用、使用の威嚇などを禁止している。つまり、核兵器の存在そのものを人道に反する違法なものとして否定している条約で、タイの国連代表部副代表は、10月4~12日に行われた国連総会第1委員会で「核兵器を完全に違法化する初めての国際法だ」と発言している(10月14日付しんぶん赤旗)。いわば核軍縮史上画期的な国際条約であって、被爆者や、これまで世界各地で長年にわたって核兵器廃絶運動を進めてきた人たちの願いが実ったものと言ってよい。
来年3月の第1回締結国会議は、核兵器の廃棄の期限や核状況を後戻りさせないための措置などを決めるための会議で、会議の議長を務めるオーストリアの外務省軍縮局長は「すべての国家を招待する」と言明している。条約に署名・批准していない国にもオブザーバー参加を認める方針だ。
ノルウェーが締結国会議参加へ
第1回締結国会議を前にして、世界ではいろいろな動きが出ている。ICANが10月14日に明らかにしたところによると、米国の「核の傘」に依存している北大西洋条約機構(NATO)加盟国のノルウェー政府が、同会議にオブザーバー参加することになった。NATO加盟国が同会議への参加を表明したのは初めてである。
それ以前の9月24日には、国連のグレーテス事務総長が「核兵器の全面廃絶のための国際デー」(9月26日)に向けて次のようなメッセージを発表した。
「世界には1万4,000発近くの核兵器が存在しています。何百発もの核兵器が、すぐに使用できる状態にあります。核兵器の総数が数十年間減少し続けている一方で、各国は兵器の質的向上を進めており、憂慮すべき新たな軍拡競争の兆候が見られています。こうした兵器は過去の問題ではなく、今日の脅威であり続けています。人類は進歩している一方で、依然として容認し難いほど核による壊滅の目前にいます。しかし、希望の兆しはあります。ロシア連邦と米国による新戦略兵器削減条約(新START)の延長と対話の再開決定と、核兵器禁止条約の発効は歓迎すべき進展です」
また,10月17日付の朝日新聞によれば、米国内の人口3万人以上の1400を超える都市で構成する「全米市長会議」が、米政府に対し、核兵器禁止条約を歓迎し、核兵器廃絶に向けた即時行動を求める決議を8月末の年次総会で全会一致で採択した。
しかるに日本は――条約が発効した今年1月22日、菅義偉首相(当時)は、国会で「わが国の立場に照らし条約に署名する考えはない」と答弁。その後行われた総選挙に向けた各党の公約でも、自民党は、この条約に言及しなかった。総選挙後、首相に就任した岸田文雄氏も10月4日の記者会見で、外相時代から核兵器のない世界に向けて取り組んできたとし、核兵器禁止条約が「その出口にあたる重要な条約だ」と述べたものの、その一方で「核兵器を持っている国を動かしてこそ現実は変わる。唯一の被爆国として、核兵器国を引っ張っていく」と話し、条約に署名、批准するか明言しなかった。
岸田首相はその後もメデイアに対し、曖昧な態度を表明し続けているが、この問題を担当する外務省は、この問題での政府の方針を明確に説明してはばからない。原水爆禁止日本国民会議(原水禁)によると、原水禁や原水爆禁止日本協議会(原水協)、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)、創価学会、ピースボート、日本YWCAなど20団体が結集している「核兵器廃絶日本NGO連絡会」が9月27日に外務省の海部篤軍縮不拡散・科学部長と石井良実軍備管理軍縮課長とオンラインで意見交換した際、連絡会側が、条約締結国会議へのオブザーバー参加に関する検討状況について説明を求めたところ、外務側省は次のように答えたという。
「核兵器廃絶実現という究極的な目的=ゴールは共有している。核兵器国も入っているNPT(核不拡散条約)で核軍縮を進めていく必要があると考えるので、核兵器国が入っていない中発効した核兵器禁止条約の内容には同意できない。日本周辺国を見れば、北朝鮮をはじめ、現実は危険な状況である。厳しい状況の中、国民の生命・財産を守るため、米国の核抑止力は必要と考え、これによって、国民の生命・財産を守るのが政府の立場である。したがって、核兵器禁止条約に署名する考えはない。また、締約国会議については、慎重に見極めていかなければならない」
日本の核禁条約参加に賛成の国会議員は25%
こうした日本政府の対応を反映してか、国会議員のこの問題に関する意識も極めて低い。日本被団協が7月から9月にかけて国会議員全員(703人)に核兵器禁止条約への賛否を問うアンケート調査をしたところ、回答を寄せたのは228人で、全議員の3割。回答した議員の政党ごとの割合は自民11・8%、公明36・8%、立憲57・9%、維新53・8%、国民民主36・0%、共産、社民、れいわは100%。「日本政府が核兵器禁止条約に署名する」ことへの賛否を尋ねたところ、回答議員228人のうち176人(7割)が賛成、48人が「どちらとも言えない」、残りは無記入。つまり、「賛成」は全議員のわずか25%に過ぎなかった。被団協の幹部は「国会議員の意識はまたまだ高くない」と嘆く。
かつての熱気は今いずこ
日本の原水爆禁止運動は、かつて核兵器完全禁止のために熱狂した時代があった。1978年に第1回国連軍縮特別総会が開かれた時には、原水協、原水禁、市民団体が「国連に核兵器完全禁止を要請する署名運動」を展開、代表団500人が1869万筆の署名を持って国連を訪れた。さらに、1982年に第2回国連軍縮特別総会が開かれた時には、原水協、原水禁、市民団体が「第2回国連軍縮特別総会に核兵器完全禁止と軍縮を要請する署名運動」を行い、1200人の代表団が2886万筆の署名を国連に届けた。
この時は、他に、公明、民社など中道4党が1618万筆、新日本宗教団体連合会が3674万筆、日本カトリック司教団が48万筆の署名を集め、日本から国連に届けられた反核署名は総計で約8000万筆にのぼった。同総会に世界各地から届けられた署名は約1億筆。なんと、その8割が日本からのものだったわけである。国連関係者を驚かせたのはいうまでもない。
今のところ、運動にこうした熱気は感じられない。被爆から76年。今や、日本の総人口のうち戦前生まれは15%。戦争体験者はごく少数になった。その影響で、国民の間では、ヒロシマ・ナガサキへの記憶がもはや風化してしまったということだろうか。
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