どうする家康、どころではない。
前の記事で述べたように、年金支給開始を段階的に62年から64年にしようとするフランスのマクロン政権は、大規模な反対運動に立ち往生している。反対運動を続ける市民たちに、私は少なからず心動かされている。そして、ストを実行し、デモに参加する多くの公務員がいることにも衝撃を受けている。さらに、ともに参加し、見守る市民がいることにも。
そういえば、数年前に、パリの国立ルーヴル美術館の職員たちが突如、ストライキに入り、美術館が閉館となったニュースにも驚かされたことを思い出す。当時、組合側は、「2018年には1000万人以上がルーヴル美術館を訪れている。来場者数は2009年から2割以上増えたが、一方で職員数は減少している」と指摘、人手不足がストの理由だったのである(「ハフポスト日本版」2019年05月28日)。
そして、この2月1日、 記録的な物価高が続くイギリスで、省庁の職員や教師などを含む50万人が賃上げを求めてストライキを実施したというニュースにも接した。大英博物館も臨時休館となり、観光客は戸惑っているが、職員は、ギリギリの生活の中での最後の手段としてのストだと語っている(TBSテレビ 2023年2月2日)。スナク政権の支持率は12%と低迷。不支持は70%にもなっているという。
この大規模なストに先立ち、昨年の12月下旬には、救急隊員と電話の応答業務の人たちが、昇給を求めるストライキを実施したニュースも記憶に新しい。さらに、昨夏には、鉄道労働者による、30年ぶりとも言われる大規模な、断続的なストライキが続いた(さかいともみ「いつまで続く?英国「30年ぶり」の大規模鉄道スト激しい物価上昇で全国鉄道労働者が賃上げ要求」『東洋経済(オンライン)』2022年8月11日)
2022年12月21日、クリスマスを前に、英イングランドとウェールズの大半の地域で、救急隊員や緊急電話の応答係などが昇給を求めるストライキを行った。BBC news Japan(2022年12月23日)より
看護師のストライキ、2022年6月 BBC news Japan(2022年12月2日)より
地下鉄の24時間ストライキ 2022年6月21日、さかいともみ撮影、東洋経済オンライン(2022年8月11日)より
ところで、フランスやイギリスの公務員たちは、なぜこれほどストライキを続けることができるのかといえば、下記の表を見てみると、一目瞭然である。要するに、国家公務員の労働基本権のうち団結権は、表中の各国に認められ、協約締結権については英仏で分かれるが、争議権については、英仏ともに認められており、日本では争議行為は禁止されている。
諸外国の国家公務員制度の概要(2022年4月2日更新)
https://www.jinji.go.jp/kokusai/syogaikoku202202.pdf
そして、日本の国家公務員は、下記の表をみると、「労働組合」とは名付けられず「職員団体」としての位置づけであって、その加入率が省庁別に記されている。復興庁、外務省と文部科学省には、そもそも職員団体=労働組合自体が存在していないことも驚きであるが、組合加入者数の加入しうる在職者総数に対するの割合、加入率は、2021年(平成3年度)で37.0%、2020年の38.3%から下がり、組合数自体も減少していることがわかる。なお、ILOは、日本政府に対して、公務員全般に団結権や争議権に制約があることを問題視し、特に消防職員と刑務所職員には直ちに団結権を付与するよう求め続けてきたが、いまだ、実現されることがない。
「第6章「職員団体」『令和3年度人事院年次報告書』より
https://www.jinji.go.jp/hakusho/pdf/1-3-6.pdf
また、下記の表の全国の労働組合数、組合員数、推定組織率をみると、組織率は、近年17%前後を推移している。一方、2022年6月30日現在、雇用者数は微増しているが労働組合数は確実に減少を続けているし、直近の組織率も下がり、16.5%となっている。国家公務員の組織率も2022年3月31日現在37.0%で、前年の38.3%から下がっていることがわかる。
令和4年労働組合基礎調査の概況(厚生労働省 2022年12月16日)https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/roushi/kiso/22/dl/gaikyou.pdf
諸外国の労働組合組織率について、同じ年のデータというのが見当たらなかったが、以下のような資料が出てきた。2019年現在で揃った数字はつぎの通りであった。
アメリカ:10.3%、ドイツ:16.3%、イギリス:23.5%、韓国:12.5%
(「諸外国の労働組合組織率の動向」(2023年1月11日更新)『主要労働統計』独立行政法人労働政策研究・研修機構https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/shuyo/0701.html)
日本は2019年では16.7%、フランスは別のデータで10.3%ということがわかった。
(「フランスの労働組合加入率、2019年に10.3%まで低下」『日刊メディアダイジェスト』2023年2月3日)
こうしてみると、ノルウェーなど北欧諸国の組織率は60~70%なのだが、英仏と比べては、日本の組織率は決して低くはないけれど、着実に成果を上げている英仏の労使交渉、労働運動の高まりの違いはどこから来るのだろうか。
前述のように、一番の理由は「産業別」組合でなく、「企業別」組合であることだろうか。日本も戦前は職業組合的な争議も見られたが、1900年治安警察法、1925年治安維持法などにより弾圧され、敗戦直後は、産業別労働組合が結成され、40~50%台の組織率だったが、GHQによるに二・一ゼネスト中止指令などを経て、企業別組合が定着してしまうのである。日本企業の終身雇用、年功序列は、いま崩れつつあるが、企業別組合からの脱却が、当面の課題となった。企業別組合とて正社員、大手企業が中心である。大手企業の春闘の妥結額が報じられはするものの、非正規やパート従業員は、蚊帳の外である。連合の会長が自民党の党大会に出席するとか、しないとか、いや招待されているとかいないとか、なんと情けない姿であろう。その一方、非正規やパート従業員の一部は、必要に迫られて、横断的なユニオンなどが結成され、部分的ながら成果を上げつつあるのではないか。
私たち高齢者は、どうすればいいのだろう。途方に暮れるのだが、企業別組合から産業別へのみちのりは遠いかもしれないが、少なくとも連合体の組織がもう少し強くなって欲しいし、未組織の人たちの応援をし、できれば一緒に活動したいのだが・・・。かつての職場の組合の「国会職連」「私教連」はどうなっているのだろう。前者では、組合に入って当たり前、7~8割の職員たちが加入していた感覚だった。私立短大では、教員を含めて7割くらいは入っていたと思う。たしかに事務局の職員は組合員ではなかったし、職員では図書館職員だけが入っていたことなどを思い出す。最後の職場の新設大学は、一族経営の感が強く、組合はなく、私が退職した後に組合結成の動きがあり、犠牲者が出たとも聞く。30年近くも前の話だが・・・。
初出:「内野光子のブログ」2023.2.18より許可を得て転載
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2023/02/post-3ba626.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion12831:230219〕