ほめそやしたり、くさしたりーー中国の対日政策

        ――八ヶ岳山麓から(499)――

 11月26日、中国北京の裁判所はある中国人を日本のスパイとしたが、その判決文の中で日本大使館をスパイ機関とし日本外交官をスパイの代理人とした。12月6日人民日報傘下環球時報紙には、石破政権を歓迎する論評が掲載された。表題は「リベラル派の回帰、日本の世論は右傾化から脱却した」というもので、筆者は廉徳瑰氏、早稲田大学修士課程に留学し、現在上海国際大学日本研究センター主任教授である。
 まず、日本がおほめにあずかった廉氏論評から見てみよう。

日本は「リベラル化」した?
 廉氏は、石破茂政権登場の道筋をこう分析している。
 ――自民党総裁選では、リベラル派の石破茂が保守右派の高市早苗に勝利し、衆議院選挙では、自民党が失った60余議席は主に同党の保守右派議員であったから、むしろ自民党を「リベラル化」した。また、野党の立憲民主党は議席数を98から148に、国民民主党も7議席から28議席に増やし、重要な少数政党となった。
 この新しい政治状況は、安倍晋三政権の右傾化を抑制し、石破茂内閣の政策方針にも大きく影響するだろう。それに以前の「安倍・麻生体制」では、憲法改正、集団的自衛権解禁、中国の発展封じ込め、反撃能力向上、防衛増税が日本政治の主要テーマだったが、石破茂は内政では国民生活、減税、反腐敗に重点を置き、外交戦略では日米の対等な地位の確立を目指している――

石破政権への期待
 そして廉氏は、「国民生活の向上にしても、外交のバランスにしても、石破茂は中国との友好関係を必要としており、日中戦略的互恵関係の推進は、石破茂にとって現実的な観点からの選択であると言える」という。
 たしかに、石破氏の対中国外交の観点は、「かつては、自民党でもそうそうたる方々が(日中)両国間のパイプ役を務めた。いまは逆に、真面目に日中関係を前に進めようとする政治家を、『媚中派』などとレッテル貼りをし、攻撃するような一部世論すら存在する。少なくとも国会議員であれば、外交は好き嫌いで語れるほど甘いものではない、ということを肝に銘じるべきだ」というものである。
 さらに廉氏は一歩踏み込んで、「石破茂が自らの統治思想を実現するためには、(高市など)保守右派を除く政治勢力を結集し、……日中友好を願う人々の総意を可能な限り結集することで、保守右派が残した影響力を最小限に抑え、日本の政治に根深い毒素を絶つ必要がある」と「忠告」している。
 だが、こんなに持ち上げて良いのかしらん。廉氏は、この論評では石破氏が自民党という改憲をめざす政党の防衛問題の専門家であることを無視している。石破氏の主張は、抑止力を背景にした対中国外交である。また石破氏は自民総裁選の直前台湾を訪問したが、廉氏はこれにも敢えてふれていない。
 石破氏は自伝ともいえる著書の中で、「岸田政権は、防衛費の大幅な増額や反撃能力の保有といった、積極的な安全保障政策の展開にふみきりました。だからこそ、強化された抑止力(即ち戦力)を背景としてむしろ積極的な外交を同時に行い、日中関係を新たな局面へと前進させることができるはずだ」と発言している(『保守政治家 わが政策、わが天命 』)。
 さらに、廉氏は日本世論まで持上げて、「今日、日本は大国の支配から脱却し、独立を実現するために、世界の変化に適応し、アイデンティティと国家発展の方向を再検討しており、それは日中関係の発展にとって歴史的な契機となるかもしれない」と高い期待を示しているのである。
    
ここまでは結構な話だが
 読者諸兄姉の中には、もうお気づきの方もおられよう。中国当局は実際には廉徳瑰論評とは、真逆のことをやっている。
 先日も本ブログに書いたことだが、日中の調査機関による「相手国に対する印象」調査によると、中国人の日本に対する印象は、去年と比べて急速に悪化している。中国のSNSには、東京電力福島第一原発処理水の放出を核汚染水として、魚や野菜に奇形が生まれているとか、日本人学校を「スパイ養成拠点だ」とか、根拠のない話が載ったり、日本人児童の刺殺事件を「(侵略の)報いだ」と、児童殺害を支持するものがあったという(北京共同)。
 これが放置され拡大すれば、日本の印象が悪くなるのは当然である。中国のSNSは政府の統制下にあるのだから、「日本に対するいわれなき誹謗を放置することが中国当局の対日方針か」と問われても弁明の余地はない。
 中国では、2014年に「反スパイ法」が施行されて以降、スパイ行為に関わったなどとして当局に拘束された日本人は少なくとも17人、うち10人に対しては裁判で実刑判決が確定している。さらに中国政府はこのほど反スパイ法を強化したが、以前と同じく何がスパイかという明確な定義がない。刑期が終わって釈放された人の話では、全く曖昧な理由でスパイにされている。外国企業が中国での事業展開に及び腰になるのは当然のことである。
 このほど北京の裁判所は11月29日中国紙「光明日報」で論説部副主任を務めた董郁玉氏(62)に対し、スパイ罪で懲役7年の判決を言い渡した。理由は氏が日本のスパイだったということである。当局は取り調べの際、董郁玉氏の日本訪問時の行動や日本大使館側との交流などに関心を示した。また判決文は、董氏が面会した日本の外交官は北京の日本大使館という「スパイ組織」の代理人だと具体的に名指ししたという(ロイター)。 
 日本外務省は、大使館がスパイ機関で、自国外交官がスパイのエージェントだと言われて黙っている手はなかろう。だいいち董氏が逮捕された時、日本外交官も拘束されているのである。一部始終を解明し公表すべきである。

 いま、中国国内では日本を叩きつつ、中共中央の準機関紙で石破政権を持ち上げる。 ここまでくると、中国外交当局は政策を出す順序を間違えているか、政策の出所がまちまちなのかと疑いたくなる。それどころか、なにかのはずみで反日色が強くなった時、先の論評を書いた廉徳瑰氏も、意図的に日本をほめそやしたとして日本のスパイとされるかもしれない。
                              (2024・12・10)

初出:「リベラル21」2024.12.12より許可を得て転載

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