前の記事で、「書き続けたい」など宣言したものの、もう、近頃の世の中や小さな短歌の世界を見ていて、何を言ってもむなしくなる日が続いたりする。気を取り直して、植物図鑑や年表を取り出して眺めたり、パソコンに向かったりするが、いっこうに原稿は進まない。断捨離もはかどらず、帰省した娘には、しっかりと叱られる年始だった。以下は、11月に送稿した『ポトナム』の歌壇時評である。
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昨年三月号の本時評*でも触れたのだが、松村正直の「短歌時評」(『朝日新聞』二〇一九年一二月二〇日)が「雪見だいふくだとあまりにふたりで感なのでピノにして君の家に行く 月」(石井大成)を引いて、なんとも不安定な「ふたりで感」という造語が、二人の関係に「ぴったりではないか」と言い、「最先端」の作品と評価していた。
*2021年3月3日「現代短歌の”最先端””最前線”とは」(http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2021/03/post-794792.html)
また、最近、山田航による同紙の「短歌時評」(二〇二一年一〇月二四日)でも、「ふたりで感、遠い感」と題して、上記、石井の一首や同じ一九九八年生まれの郡司和斗の「遠い感 食後に開けたお手拭きをきらきらきらきら指に巻いている」を引き、「ディテ―ルを突き詰める従来のリアリズムの方向に逆行して」、「雑でゆるいからこそリアル」と評価していた。私は、どちらの歌にもなじめず、「勝手にしたら」の感想しか持てないでいる。一九七〇年生まれの松村と一回り若い山田の評価には若干の違いはあるが、先輩歌人としての自負と過褒がないまぜになっているのが気になった。
昨年九月、『現代短歌』が組んだ、一九九〇年以降生まれの六〇人のアンソロジー特集では、それらの作品を対象とした、一九八九年生まれの大森静佳と薮内亮輔の対談には、興味深いものがあった。対談は、身近な先輩の、よき理解者であるという雰囲気の中で進められていた。ちょうど石井、郡司の二首に触れている部分で、「身のまわりのこと、トリビアルなことを詠っているようだけど、言葉を工夫しようというのは通底してるんですね」「そうそう・・・」というのが、二人の結論であった。「言葉の工夫」というならば、多くの近・現代の歌人たちの骨身を削っての工夫と努力と比べて、少し甘くはないのか、の疑問も残った。
特集の六〇人に限っても、一括りにはできないが、アンケート「最も影響を受けた1首」についても、かなりのばらつきがあるのがわかる。三票集めたのが、俵万智、雪舟えま、笹井宏之、平岡直子、小原奈美。二票が与謝野晶子、葛原妙子、穂村弘、小島なお、五島諭、服部万里子、大森静佳、山中千瀬、浅野大輝。一票の中には、啄木、茂吉、牧水、佐太郎、修司に続き、岡井隆、山中智恵子、小野茂樹なども登場するが、他は、自分たちと同世代の作品がほとんどらしく、私などは、初めて接する名前もあった。ちなみに、塚本邦雄、春日井建、岡野弘彦、馬場あき子、佐佐木幸綱はだれからも引かれていないし、中学校の国語の教科書すべてに登場する栗木京子の「観覧車」の歌もなかった。ちなみに、『ポトナム』の松尾唯花は、晶子の一首をあげ、安森敏隆前代表との出会いを語っていた。
こうした現象をどうとらえるべきなのか。東郷雄二は「歌壇時評」(『短歌』二〇二一年一〇月)において、「少し意外だったのは穂村弘(一九六二年~)がトップではなかったことだ。一九八一年生まれの永井祐の世代の歌人はほぼ全員が穂村チルドレンである。永井より十年後に生まれた世代は穂村以後の歌人の影響下から出発したことがわかる」とし、特集自体、歌人の世代幅が狭いのが特徴だが、「昔の歌人よりも、自分の年齢に近い身近な歌人に共感を感じる傾向が見える。世代の輪切りがいっそう進行しているのだろう」と総括、「穂村チルドレン」とは、言い得て、頷けるものがあった。
穂村の第一歌集『シンジケート』(一九九〇年)の新装版(講談社)が出るほどだから、その影響力はまだ大きいのだろう。短歌総合誌の露出度も高いし、『朝日新聞』紙上では、「フロントランナー」(二〇二〇年一一月二八日)として登場、昨年からは、同紙の「言葉季評」を執筆するという活躍ぶりである。(『ポトナム』2022年1月号)
初出:「内野光子のブログ」2022.1.12より許可を得て転載
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2022/01/post-e66ea8.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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