◆ADIは目安にすぎない
すべての「登録」(認可)された農薬は、定められた使用方法で使っている限り安全であり、したがって残留農薬基準も安全だ――と政府も農薬メーカーも強調する。
そうした安全性評価の拠りどころになっているのがADI(その1の注1)だが、これは限界のある指標であり、平久美子医師によれば、「この量を慢性的に摂取した場合、中毒になる可能性があることを示す目安程度のものにすぎない」。
農薬登録に当たって農水省は、マウスやラットを使った急性毒性試験や慢性毒性試験(発がん性試験など)をメーカーに義務づけている。ADIはそれらで得られた「無毒性量」(これ以下なら健康への悪影響はない量)のうち最も低い値を、「安全係数」の100で割って算出される。
しかし、動物実験ではヒトで問題になるような微妙な神経障害などはつかめない。また安全係数の100は、実験動物とヒトとの種の差を10倍、ヒトの個人差(人種差や年齢差など)を10倍とみて決められたものだが、たとえばマウスとヒトの毒性発現の差がなぜ10倍なのか、科学的な根拠はない。個人差にしても、たとえばアレルギー反応には100万倍もの個人差がある。さらに、一つの作物には複数の農薬が使われるのがふつうだが、それらを一度に摂取したときの「複合毒性」は調べられていない。
◆「ホルモン攪乱作用」と「発達期毒性」
そもそも「無毒性量より少なければ健康にはまったく影響しない」という前提自体が時代遅れだ。近年の研究によって農薬類には、無毒性量以下でも毒性を発揮する「低用量作用(影響)」のあることがわかっている。
その代表が、非常にわずかな量を体内に取り込んだだけで体の働きが狂ってしまう「ホルモン攪乱物質」(いわゆる環境ホルモン)だ。その危険性が1996年出版の『奪われし未来』で警告され、日本でも大きな問題になった。しかし、日本では間もなく「から騒ぎ」とされ、その後はマスメディアもほとんど取り上げなくなった。
しかし世界では研究が続けられ、その影響は生殖系だけにとどまらないことが明らかになっている。そして2013年2月に発表された国連環境計画(UNEP)と世界保健機関(WHO)の報告書によれば、この作用をもつ疑いのある化学物質は約800もあるという。
低用量作用では近年、「発達期毒性」も注目されている。子孫を残すための「生殖系」、脳の命令を体の各部に伝える「神経系」、外来の病原菌や異物から体を守る「免疫系」などは胎児や乳幼児の時期に急速に発達するが、その時期に(母体を通じたり、食べものや環境中から摂取したりして)ごく微量でも体内に取り込むと、それらの発達を阻害する農薬類があるのだ。
これらの発達阻害が深くかかわっている考えられる疾患などが、過去20~30年間に急増している。たとえば生殖系では「尿道下裂」(陰茎が異常な形で生まれる)など「先天異常」が急増し、「精子数の減少」なども報告されている。また神経系では「発達障害」の急増が、そして免疫系では「アレルギー疾患」の急増が顕著だ。アレルギー疾患は、気管支ぜんそく、花粉症、食物アレルギー、アトピー性皮膚炎などとして現れている。
しかし日本の農薬登録では、ホルモン攪乱作用に関する試験も、発達神経毒性や発達免疫毒性に関する試験も義務づけられてはいない。いくつかの農薬では、これらの試験が自主的に行われているが、それらは十分なものではない。
以上をまとめると、「すべての登録された農薬は定められた方法で使っている限り安全だ」という政府や農薬メーカーの主張には根拠がない、ということになる。農薬はできるだけ摂取しないようにすべきなのだ。
◆食べるより吸う方が危険
ここまでは食品に残留する農薬を中心に述べてきたが、健康に悪影響を及ぼす農薬類(化学物質)はそれだけではない。化学物質は身の周りの多種多様な製品に含まれており、それらから環境中に放出された成分(環境化学物質)を私たちは知らぬ間に取り込んでいる。日本では食品からの摂取がもっぱら問題にされるが、実は吸う方が食べるよりずっと危険なのだ。
ヒトが一日に食べる食物は約1kg、摂取する水は約2kg(約2l=リットル)であるのに対し、空気は約20kg(約15立方メートル)も吸い込んでいる。しかも、食べる場合は肝臓などである程度解毒されるが、口や鼻から吸い込むと成分が肺に行き、そこから直接、血液に入って全身に回る。
◆身の周りは農薬類だらけ
農薬類はどんなところに使われているだろうか。住・衣・食の順にみてみよう。
まず住まいをみると、基礎工事部分には防腐剤・防虫剤・防カビ剤・土壌処理剤・保存剤、建材にはそれらに加えて接着剤や塗料、床にはワックスやコーティング剤、そして床下や壁裏にはシロアリ駆除剤が使われていることが多い。これらの成分が環境中に流れ出してくる。
室内では、家具に接着剤や塗料、カーテンには難燃化剤が使われ、ときには殺虫剤がスプレー缶から散布される。電気製品のプラスチックには可塑剤が使われており、パソコンなどにスイッチを入れて基盤が熱を持ってくれば、成分が放出される。おもちゃにはプラスチック製のものがあり、ペットのノミ取りの成分も農薬類である。
トイレには芳香剤や消臭剤が置かれ、化学物質が常に蒸発(気化)している。洗濯・炊事・風呂などに使われる合成洗剤には、ホルモン攪乱物質を含むものもある。
職場へ行けば、プリンターやコピー機があるほか、床にはカーペットが敷かれているが、そこには殺虫剤や防ダニ剤が使われることが多い。とくに病院は、感染症防止のために殺虫剤を定期的に使っている。文房具では筆記用具や墨汁に化学物質が使われており、書籍や印刷物にもインクや接着剤が使われている。
◆柔軟仕上げ剤や制汗スプレーにも
衣類に目を転じると、最近急増しているのが洗濯のさいの柔軟仕上げ剤だ。なかでも強い香りが長持ちすることうたった「高残香性柔軟剤」には、多種類の化学物質を組み合させた人工香料が大量に使われている。クリーニングに出せば、化学物質が使われることが多い。
化粧品も化学物質の固まりで、茶髪や制汗スプレーにはホルモン攪乱物質や重金属が含まれているものもある。
食についていえば、ほとんどの加工食品には食品添加物が使われており、抗生物質が使われている食肉もある。アメリカ産牛肉には成長ホルモン剤が使われているのがふつうだが、これはがん細胞を刺激するなどの問題があり、EUは成長ホルモン剤使用のアメリカ産牛肉の輸入を禁じている(日本では、国内での使用は禁止しているが、輸入は認めている)。プラスチックでできた食器もある。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion4967:140827〕