アジア記者クラブ通信9月号(狭山事件、進歩メディアと権力、シリア戦争をどう理解するのか、北朝鮮など)

■定例会リポート(2012年7月25日)

なぜメディアは狭山事件を検証しないのか

鎌田 慧(ルポライター)

ペンを持ったお巡りさん。ペンをもった人権派弁護士。前者は警察発表を鵜呑みにし

て無実を訴える被告を実名・顔出しで犯人視報道を繰り返してきたマスメディアを皮肉

る言葉だ。後者は、冤罪事件が確定した途端に水溜まりに落ちた犬を叩けとばかり、警

察や検察の強引な捜査を批判するマスメディアを揶揄する言葉だ。今なお冤罪事件は後

を絶たない。でっち上げ捜査を行い、無実の人間の人生を無に帰した警察・検察関係者

が刑事罰を受けることはない。事件発生から半世紀が経過しようとする狭山事件は、典

型的な冤罪事件というだけでなく、被差別部落出身の青年が生贄(いけにえ)として当

時のマスメディアの犯人視報道で血祭りに上げられたことを忘れてはならない。7月定

例会では、『狭山事件の真実』の筆者でもある鎌田慧さんに現代の問題として狭山事件

とメディアの関係を中心に語っていただいた。なお、石川さんご夫妻による挨拶、主任

弁護人の中山武敏弁護士による再審請求の現状についての解説も収録した。(編集部)

■戦争宣伝に有力ジャーナリストを取り込め!

“進歩派メディア”と権力

ジェームズF.トレイシー(アトランティック大学准教授)

本稿は8月号に掲載された「戦争プロパガンダに取り込まれたデモクラシーナウ」の

続編となっている。権力者にとって国民に信頼され、名声のあるメディアを取り込むこ

とが情報操作、世論形成のカギとなる。その好例としてシリア報道をめぐるデモクラシ

ーナウの現状が俎上に載せられた。筆者はジャーナリストたちが米政府の占領と人道戦

争への批判を回避する問題を歴史的系譜から解き明かす。米国の“リベラル派ジャーナ

リスト”が権力に取り込まれる端緒となったのが、第1次大戦への参戦を正当化するた

め、ウィルソン政権が最も著名な進歩派記者・コラムニストを結集して組織した公共情

報委員会だったと暴き、人権・自由・民主主義の擁護を唱えるジャーナリストたちの意

識の根底に大衆蔑視があると指摘する。この「欺瞞の系譜」がいわゆる西側メディアを

シロアリとなって蝕み続け、今日のシリアでの“人道戦争”を支持させている。(編集

部)

■シリアでの“人道戦争”は第2の9・11につながる

米国の危険な企て

ワシントンズブログ

本稿は米国の自由主義思想に基づく建国精神を踏まえ、「イスラム諸国の占領こそが

自爆テロを促し、米国とその社会を危険にさらしている根本原因である」と主張してい

る。シカゴ大グループの研究成果を引用して、現地住民に自治権、とりわけ独自の武装

集団の組織化を容認すれば自爆テロが激減し、一方、被占領民への抑圧を強めれば自爆

攻撃が激増することをデータで裏付ける。そして、米国がシリアでの“人道戦争”を指

揮し、体制転換を図れば、自爆テロが急増してイラク、アフガンでの失敗が繰り返され

ることを示唆した上で、「米国はシリアでアルカイダを支援することで次の9・11を

引き起こそうとしているのか」と警告する。(編集部)

■アサド政権の転覆計画に隠微に関与するアムネスティ

国際人権団体の変節

フェリシティ?アーバスノット(ジャーナリスト)

国連との協議資格を有し、最も大きな国際的影響力を発揮する非政府組織(NGO)

であるアムネスティ・インターナショナル(本部・ロンドン)が隠微な形でシリアのア

サド政権転覆計画に関わっている。住宅地近くへの砲撃などすべての災難に対する責任

をアサド政権に押し付け、シリアの現体制をなにがなんでも崩壊させようとする西側諸

国と共同歩調を取り、情報操作に加わっているようだ。筆者は1991年の湾岸戦争時

にアムネスティが「イラクの兵士らがクウェートで重大な非人道行為をなした」との作

り話をでっち上げてその活動実績を傷つけたのに続き、現在のシリア騒乱でもその公正

さの実績にさらに泥を塗り、創設の理念と目標を失いつつある、と断じている。(編集

部)

■記者殺害はシリア反政府勢力の利益となる

アサド政権への攻撃手段へ

テレビ・ノーヴォスチ

日本では政府、マスメディアともに、フリージャーナリスト山本美香さんの殺害はシ

リア政府軍の犯行との反政府勢力・自由シリア軍の発表を追認した。山本さんが死亡す

る5日前に掲載された本稿はそのような断定に警鐘を鳴らす。シリア内戦ではすでに多

くのジャーナリストが命を落としたが、反政府勢力が意図的に記者を標的にし、殺害を

アサド政権への攻撃手段としているとの見方を紹介している。(編集部)

■自由シリア軍はアルカイダの傘下組織である

米・NATOに加え、国連も支援

トニー・カルタルッチ(ジャーナリスト)

2011年10月にリビアの最高指導者だったカダフィ大佐の無残な遺体が路上にこ

れ見よがしに放置されて間もなく1年━。“アラブの春”を偽装してリビアの体制転覆

を実行したのは米・NATOの支援で国外から送り込まれたアルカイダグループだった

。今やリビアの統治機構中枢に食い込んだアルカイダ傘下のリビア・イスラム闘争グル

ープ(LIFG)が続々とトルコ経由でシリアに戦闘員を送り込んでいる。アサド政権

側の圧倒的な軍事力により士気を失いつつあった反政府勢力・自由シリア軍(FSA)

はアルカイダと一体化することで蘇生した。FSAはLIFG、アルカイダに完全に組

み込まれているのだ。シリアの内戦にはリビアのカダフィ政権崩壊とまったく同じ体制

転換シナリオが導入されている。筆者はこの経緯を解き明かし、国連までが反アサドグ

ループを間接支援している実態を明るみに出す。(編集部)

■本格的な経済改革の実施に踏み切る兆し

北朝鮮に変化の風

ナイル・ボウイ(インディペンデント・ライター)

動画の解説文である本稿は同じく9月号掲載のペトロフ氏の論考「北朝鮮の表向きの

変化を過剰評価するな」と正反対の内容となっている。筆者は「故金正日の先軍政治か

ら離脱し、中国を手本とした本格的な経済改革路線の実施に踏み切る兆しが出ている」

とみる。(編集部)

■「北朝鮮の表向きの変化を過剰評価するな」

姿現わした金正恩新体制

レオニード?ペトロフ(シドニー大学講師、朝鮮問題専攻)

父親から権力を継承した北朝鮮の金正恩新体制の発足から8カ月余りが経過した。日本

をはじめ西側メディアには現状を変革への好機とみて「新体制が対外開放に向かってい

くのか、それとも故金正日総書記の軍事優先路線をかたくなに守り続けるのか」と問い

かける向きが多い。実際、7月には経済改革に反対したと言われる最側近の李英浩(リ

・ヨンホ)次帥が突然解任された。続いて、金正恩自ら企画したとされる西側文化を大

胆に導入した派手な催しが実行された。だが、筆者は「改革は表向きのものだ。経済改

革の本格導入が現体制の崩壊につながることを北朝鮮の指導部は深く認識している」と

断言する。(編集部)

■開放政策に向かうのか

英外交官を魅せた金正恩第一書記

テレビ・ノーヴォスチ

変化の兆しなのか。金正恩第一書記の動向を伝える映像が話題を提供し続けている。

英外交団を平壌の遊園地に招いて気さくに交流した背景に英国の北朝鮮人道支援活動が

あったとロシアメディアが伝えている。(編集部)

■再起動するならば第四、第五の深層防護を確立せよ

フクシマ以後も実行性の無い日本の対策

山崎久隆(たんぽぽ舎、劣化ウラン研究会)

深層防護の考え方について、IAEA(国際原子力機関)は、原発に対して

「工学的安全設計・設備」を要求し、周辺住民への対応として重要な「原子力防災体制

の確立」と「放射性物質拡散影響対策」を義務づけている。

これらは第1から第5の深層防護と呼ばれ、それぞれ事故の推移に応じて必要な措置

を講ずることとされている。シビアアクシデント対応は第4層、サイト外の緊急時対応

は第5層ということで、これら5つのレベルで公衆の放射線障害を防止する仕組みにな

っている。

ところが、日本はこれをサボってきた。これまでも市民運動が繰り返し要求していた

原子力防災は各自治体がそれぞれの裁量で決める「地域防災計画」の一部として整備す

ることとし、シビアアクシデント対策も事業者の自主的対応にまかせてきた。

■福島の悲惨な結末はチェルノブイリが暗示する

闇に包まれた被災実態

ジョセフ・マンガーノ(RPHP事務局長)

福島第一原発での炉心溶融事故発生から1年半が経過した。周辺地域の避難民の帰還

時期の検討が伝えられ、停止していた原発は一部再稼働を開始した。未曽有の大災害は

早くも風化の兆しをみせている。放射能被ばくによる健康被害は長い年月をかけて現出

するため、10年先、20年先を見据えた対応が必要となるが、被災の実態は闇に包ま

れたままだ。筆者は昨年12月に米インターナショナル・ジャーナル・オブ・ヘルスサ

ービス誌で米国での死亡率増加を指摘し、大きな反響を呼んだ。本稿では「チェルノブ

イリ原発事故の場合、20年以上経て100万人に迫る死者が出ていることが判明、死

亡数は今も増加中だ」と米国から日本に向け警鐘を鳴らしている。(編集部)

■国民生活を直撃する増税法案を弄ぶ談合政治に鉄槌を

醍醐聰(東京大学名誉教授)

■書評 森田実著『「橋本徹」ニヒリズムの研究』

半澤健市(元金融機関勤務)

■調査報道セミナー2012春(3月3日)

第2部:警察権力への迫り方

梶山天氏(朝日新聞特別報道部長代理)

石丸整氏(毎日新聞さいたま支局事件担当デスク)

飼手勇介氏(同県警担当キャップ)

進行:高田昌幸氏(ジャーナリスト)

※質疑応答も含めセミナーの全記録を収録。

※第1部「調査報道のテーマをどう見つけるか」は、「アジア記者クラブ通信」7月号

に収録。

※本文は通信上でお読み下さい。

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