アメリカの地方にはびこる反知性主義 -共和党を勝たせた根底にあるもの-

先日のアメリカ中間選挙で、オバマ民主党が「歴史的敗北」を喫したことを巡って多くの論評が既に発表されている。草の根保守派「ティーパーティー」旋風を背に受けた共和党の躍進の主な原因は、多額の公的資金を投入したオバマ政権の景気刺激策にもかかわらず雇用が改善せず失業率が高止まりし続けたこと、共和党が嫌う「大きな政府」の象徴である医療保険改革法を民主党多数派の議会が通したこと、2年前 ”Change, We can!”と熱狂的に叫んでオバマ氏を大統領に当選させた若者ら民主党支持者の熱がなぜか冷めてしまったことなど。それはその通りだろうが、今回はアメリカ保守の底流にある反知性主義について触れてみたい。

今回の中間選挙結果を伝えた各紙は、各州の選挙結果を赤(共和党)と青(民主党)で塗り分けたアメリカ地図を大きく掲げた。これを見ると一目了然だが、民主党の青は東海岸(大西洋岸)と西海岸(太平洋岸)の両側だけで、広い中央部の空間はほとんどが赤の共和党が押さえている。オレゴン州、カリフォルニア州の西海岸とニューヨーク州などニューイングランドと呼ばれる東部各州、つまり大都市を抱える人口の多い州は民主党。中西部、西部、南部とよばれる人口密度の薄い、広大な面積を占める多数の州は共和党の地盤であることが分かる。

前回の大統領選挙と同時に行われた2008年連邦下院選挙では、オバマ人気を受けて民主党が435議席中254議席を獲得した(共和党は178議席)。この時は共和党地盤の各州からも普段より多い民主党議員が選出された。下院議員の定数は人口割りで決まるから、人口の多いニューヨーク州、カリフォルニア州など民主党の地盤では一挙に多数の下院議員が選ばれるわけだ。2年後の今回中間選挙では両党間で61議席が移動し、共和党239議席、民主党186議席という結果になった。赤の州で前回当選した民主党議員は今回ほとんど涙を呑んだようだ。

日本もアメリカも選挙民のブレが激しく速いのが近年の特徴だ。有権者の判断はメディアが頻々と行う世論調査に影響を受けやすい。たかだか1000人余の有権者が、その時の新聞の見出しに流されて「イエス」「ノー」の回答をする、それが集約されてメディアに発表されると堂々たる世論になる。2002年、2004年のブッシュ共和党の大勝から2006年、2008年の大敗。日本でも2005年の衆院選自民党大勝から2007年の参院選自民党惨敗、2009年の衆院選民主党大勝、2010年の参院選民主党惨敗。こうしたブレがアメリカの場合、共和党の地盤とされてきた地方でも起きていることは何を意味するのだろうか。

一般に日本では、アメリカは民主主義で自由を愛する国、つまりリベラルな国と理解されている。しかしリベラルなのは民主党地盤のニューヨークやロサンゼルスに代表される大都会を擁する州であって、アメリカ国土の大部分を占める共和党の地盤、大まかに言うと人口密度の低い「田舎」は保守的なのである。その住民は保守的だが、民主主義と自由を愛することには変わりはない。だが彼らは都会のインテリが大嫌いだ。都会のインテリは、社会福祉とか国民皆保険が必要だとか言ってすぐ「大きな政府」を欲しがるからだ。大きな政府は多くの税金を必要とするではないか。

田舎の住民は原則として、自由をfreedomよりlibertarian(リバタリアン)と解するようだ。辞書を引けば「自由意志論者」とか「絶対的・無制限の自由を主張する人」などとあるが、要するに「ほっといてくれ、俺は俺で勝手にやるから」という流儀だ。ダーウィンの進化論を信じるインテリは「人間はサルと共通の先祖から進化した」とか言うが、とんでもない。アダムとイブが人間の祖先だという聖書の話のほうがはるかにまともだ。自分の子供に進化論など教えられては困るから、町の教育委員会選挙では進化論を教えるべきでないと主張する委員を選ばないといけない。事実こういう草の根民主主義で、アメリカ南部の田舎には教育委員会が進化論を教師に禁じている町が現存する。

ここでアメリカの原点を振り返ってみよう。英国から迫害を逃れてメイフラワー号で新大陸に向かい、現在のマサチューセッツ州に辿り着いたピューリタン(清教徒)が誓約に基づいて、自由な民主社会を築いたのが米国の原点だとされる。だがものの本によると、その自由・民主社会に異議を唱えて追放された人物がいる。ロジャー・ウィリアムズというキリスト教神学者だ。彼は厳格なピューリタン社会には「信仰の自由」がないと言って、仲間と袂を分かち、現在のロードアイランド州に新たな自由の地をつくろうとした。政教分離の原則は、無神論さえ容認したウィリアムズが確立したといわれる。ところがそのロードアイランド植民地でも、ウィリアムズの施策に異議申し立てをする人々が現れたというのだ。アメリカ人の理想である「自由・民主」のルーツを遡れば、田舎の保守主義の根が深いことが分かるというものだ。

ではなぜアメリカの地方は反知性主義なのか。日本をはじめ朝鮮、ベトナムなど中華文明の周辺に位置した国々は、孔子、孟子、老子をはじめとする「知の巨人」たちの教えと中国経由の仏教を学ぶことから、文明の全てをスタートさせた。そこには原初から「知」へのあこがれがあった。知識、知能から始めて知性の高みに登ることが究極の目標であった。中国文明周辺国の価値観からすると、新大陸における僅か二百数十年の歴史しか持たないアメリカ合衆国の知性とは何なのか。その反知性主義とは何なのか。

ひとつにはアメリカ人口の多数派を占める白人のルーツはヨーロッパからの移民であり、要するにヨーロッパの反体制派、異端、一旗上げたい者、食いつめ者の雑多集団であった。だからこそフロンティア・スピリット(開拓者精神)の名の下で、先住民インディアンをなぎ倒して牧場や農地を囲い込み、黒人奴隷を使って広い農園を開拓して、ヨーロッパと違う「自由の大地」を築き上げた。そこにはインディアンを殺す自由、黒人奴隷を売買する自由があった。新約聖書に従ってイエス・キリストへの信仰さえ守っていれば、精神生活は満たされたのである。

ヨーロッパとも中華文明圏とも異なるアメリカ文明、その特徴を “Anti-intellectualism in
American Life” by Richard Hofstadter (Alfred A.Knof, Inc., New York, 1963) (邦訳「アメリカの反知性主義」リチャード・ホーフスタッター著 田村哲夫訳 みすず書房 2004年刊)が解き明かしている。一言で言えば、アメリカでは知能は尊ばれるが知性は憎悪と疑惑の目を向けられる、というのだ。例えば発明王トマス・エジソンはアメリカの大衆によってほとんど聖人視され、エジソン伝説までつくられた。しかし同時期に現代物理化学の理論的基礎を築いたジョサイア・W・ギブズの業績は、エジソンに匹敵する賞賛をヨーロッパからは浴びたが、アメリカでは教鞭を執ったエール大学でさえ無名の人で終わった。

とはいえ、今やノーベル賞受賞者が世界で最も多いアメリカなのだから、知性が全く尊ばれないというわけではない。ティーパーティー旋風が共和党の勝利を下支えしたことは間違いないが、ティーパーティーがアメリカ有権者に完全に是認されたというわけでもない。ティーパーティーが推薦した上院議員候補6人の当選確率は50%だった。つまり3人は当選したが3人は落選したのだ。この6人の選挙区はいずれも田舎だった。アメリカ独立以来まだ234年しか歴史のない若い国、反知性主義の田舎とリベラルの都市を抱えて振幅の激しいこの国はこれからどう動くのか、2年後を見据えてオバマ再選か否か世界はやきもきし続けなければならない。

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