アメリカの覇権を放棄するトランプ大統領 - 失業した白人労働者層が支え -

トランプ米大統領は昨年1月ホワイトハウス入りして以来、第2次世界大戦後アメリカが指導的役割を果たしてきた国際機関から脱退を繰り返し、米国内はおろか世界を驚かせてきた。ユネスコ(国連教育科学文化機構)、パリ協定(気候変動抑制のための国際協定)、TPP(環太平洋地域経済連携協定)などからのアメリカ脱退が続出したのである。

これは大統領就任以前からのトランプ氏の信念であり、その目指すところはアメリカの世界的覇権を放棄することである。第2次大戦の圧倒的覇者であったアメリカは、1950年代から40年続いた東西冷戦を通じて西側世界の政治・経済・軍事のリーダーとして君臨した。さらに1991年にソ連が崩壊して冷戦が終結して以来今日までの30年近い年月、アメリカは押しも押されぬ世界的覇権国家であり続けてきた。

ところが一昨年、2016年の大統領選挙でロナルド・トランプという「異形の」人物が当選したことにより、アメリカは「覇権国家」の看板を下ろし始めた。政治的軍事的経歴のないトランプ氏を大統領に押し上げたのは、アメリカ中西部の旧鉱工業地域で失業した白人労働者階層の怒りだった。

俗に「ブルー・カラー」(肉体労働者)と呼ばれるこの階層の人々は、グローバル資本主義のうねりで中国や東南アジア、アフリカなど労賃の安い途上国に産業移転が進む中で失業し、かつてアメリカの産業を支えて鉱工業地帯は疲弊の一途をたどった。これら貧しい白人階層(poor white) の声が「玄人」のヒラリー・クリントン民主党候補でなくて「素人」のトランプ共和党候補を大統領の座に押し上げたのだった。

トランプ氏を熱狂的に支持するこうした階層の人々にとって、アメリカ合衆国が世界一の大国として尊敬されることは喜ばしいことではある。しかしそれ以上に、失業や地域荒廃に苦しむ「錆びた工業地帯(rust belt)」の窮状を国家が無視することは許されない。国際的な評価より国内の窮状を救うべきだというストレートな叫びが、トランプ氏をホワイトハウス入りさせたのだった。.

アメリカと言えば「自由」と「民主主義」を世界中に広める任務を持った大国として戦後世界をリードしてきた国であり、そのことは誰もが認めざるを得ない。しかし同時にアメリカは世界中に80もの在外軍事基地を持ち、巨大な原子力空母10隻、原子力潜水艦68隻を世界7つの海に遊弋させている、世界一の軍事大国である。つまり戦後70余年を経て、最大の帝国主義国家でもあるのだ。
つまり世界中に「自由」と「民主主義」を広げる使命を持ったアメリカ―というのは美名で、その内実はアメリカによる政治・経済・軍事的支配を世界中に展開する帝国主義国家―つまり覇権国家である、という現実を否定することはできない。

覇権国家としてのほんの一例を挙げれば、ソ連崩壊後旧ソ連の国々で起きた「カラー革命」と呼ばれた騒動には常にCIA(中央情報局)などの画策が背後ににあった。2003年ジョージア(グルジア)のバラ革命、2004年ウクライナのオレンジ革命、2005年キルギスのチューリップ革命などである。これらの革命ごっこはいずれも失敗したが、ウクライナだけは10年後の2014年2月に親露派政権が倒され、親欧米政権が樹立された。

言ってみれば、アメリカは第2次大戦直後のトルーマン政権から先のオバマ政権まで、「自由」「民主」の美名の下で世界の覇権を握り続けてきた。ところがトランプ政権は、覇権を護るためにアメリカが多額の資金を負担するのが嫌だというのだ。世界のリーダーとしてのプライドより、世界にばらまくお金が惜しいというわけだ。

こうしたトランプ氏の考え方にアメリカ中が同調している訳ではない。ヒラリー・クリントン氏に代表される旧来の支配階層(いわゆるestablishment)は、アメリカの覇権喪失に正反対である。故アイゼンハワー大統領がアメリカ政治を壟断しかねないと指摘した「軍産複合体」や「アメリカ奥の院」と言われるウォール街の金融資本がその中枢だ。

メディア界では、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ロサンゼルス・タイムズなどの有力紙、CNN、ABC、CBS、NBCなどのTV網は総じてトランプ政権に批判的だ。
トランプ政権を支持するのはFOXテレビだけだ。CIA、FBI(連邦捜査局)など、旧支配階層が育ててきた権力組織も反トランプだ。

トランプ大統領は2016年大統領選挙で共和党候補として選出されたが、共和党が全体としてトランプ流反覇権政策を支持しているわけではない。例えばつい先日病死した共和党マケイン上院議員は「軍産複合体」の中枢人物として反トランプの急先鋒だった。

トランプ大統の就任以来の支持率は45%(2018年7月)が最高であって、過去1年7カ月過半数を超えたことはない。そうした中で11月6日に行われる中間選挙で共和党が勝つか負けるかが、トランプ大統領の命運を決することになる。
中間選挙では米下院435議席全員が改選される。現在共和党が下院の過半数を占めているが、今年の中間選挙で共和党が引き続き過半数を維持できるかどうか。任期6年の上院は100議席中35議席が改選となる。現在共和党51議席対民主党49議席という、きわどい議席数がどう変わるか。

もし11月の中間選挙で共和党が大負けすれば、2020年の次期大統領選挙でトランプ氏の再選は絶望的になる。もし共和党が善戦すればトランプ大統領再選の目が強くなる。トランプ再選が実現しようとしなかろうとアメリカの覇権が次第に衰えるのは必定。次なる覇権の担い手として習近平主席の中国が登場してくるのは、歴史の必然と言えるだろう。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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