ニューヨークの超高層ビル「世界貿易センター」と「ペンタゴン」ことワシントンの国防総省ビルなどに、ハイジャックした民間航空機を体当たりさせるという「9・11」同時多発テロ事件が起きてから10年。アメリカではこの間大規模なテロ事件は起こらなかったが、「9・11」を口実にブッシュ前政権が始めたアフガニスタン、イラクでのテロ戦争はアメリカを弱体化させた。
イラクとアフガニスタンでは合計6000人以上の米兵が死亡、戦費は総額1兆3000億㌦(約100兆円)に上り、米国史上最悪の財政赤字を引き起こした。二つの戦争を通じて推定数十万人の現地人が戦火やテロに巻き込まれて死亡、当然のことながらアラブ・イスラム世界の対米感情は悪化の一途を辿っている。イラクではアメリカの介入の結果、米国を敵視するイランと同じイスラム教シーア派が主導権を握る政権が成立して、イランの影響力が強まっている。アメリカのイラク戦略にとっては完全な逆効果である。
アフガニスタンでも、10年前に米軍が現地北部同盟と組んで政権から追放したイスラム武装勢力のタリバンがほぼ全土で復活、米軍やカブール政権を脅かしている。米軍やISAF(国際治安支援部隊)という名の外国軍が撤退する2014年末以後は、タリバンが表に出て来てアフガン情勢は「元の木阿弥」になるかもしれない。
米海軍特殊部隊は今年5月、パキスタンに潜んでいた「9・11」の“首謀者”ウサマ・ビンラディンを殺害、オバマ大統領は「テロとの戦い」の成果を誇示した。しかしそれでも米国内で、テロの脅威がなくなった訳ではない。全米の空港では保安検査場に長蛇の列ができて、幼児まで含めた旅客の念入りなボディーチェックや全身を透視するスキャナー検査が行われている。
さらに連邦捜査局(FBI)はウェブ上でイスラム教徒の通信を監視し、過激派予備軍をみなした人物にテロ計画参加を持ちかける「おとり捜査」まで実行している。「9・11」以降の特例で、FBIにはテロ防止目的の盗聴さえ認められている。これが「自由の国」「人権の国」アメリカの偽らざる現況である。
こうして、あれから10年後の米国ではイスラム教徒に対する差別やいじめがいっそう広がっている。内攻するイスラムへの憎悪は反作用を引き起こしかねない。人権を唱える米国が抱えた矛盾や不正や人種的不公正への怒りと絶望がテロの動機となり、米国社会に報復しようとするテロリストを生む。テロ戦争はまた、こうした悪循環を米国社会の底流に定着させてしまったようだ。
オバマ政権は世界規模の「テロ戦争」に踏み切ったブッシュ前政権とは違って、対テロ戦略をウサマ・ビンラディン率いる国際テロ組織「アルカイダ」の打倒に絞って、成果を挙げた。だが前政権から引き継いだより大きな問題、イスラム世界に根付く米国への怒りや不信感は解消できていない。不信感を解消するために最も必要なことは、イスラエルとパレスチナの紛争を解決することだ。
オバマ大統領は和平交渉の前提として、イスラエルとパレスチナの国境線を1967年の第3次中東戦争前の境界線を基礎にすべきだと宣言し、イスラエルに妥協を要求した。しかしタカ派が主導権をにぎっているイスラエル政府は妥協を拒み、第3次中東戦争で占領した「67年境界線」の外側へユダヤ人入植地を拡大するという「違法な」実力行使を続けている。このままでは将来のパレスチナ国家の領土は縮減する一方だ。
そこでパレスチナ自治政府は、近く始まる国連総会に「パレスチナ国家」としての国連加盟を申請する。和平交渉が進まない以上、国連総会という場を使ってパレスチナ国家の独立を国際社会に承認してもらおうという「合法的な」実力行使である。国連総会では圧倒的多数がパレスチナ支持派だから、パレスチナ加盟決議が採択されることは間違いない。
しかし国連加盟には安全保障理事会の承認が必要だ。安保理常任理事国で拒否権を持つ米国は既に「拒否権を行使する」ことを明らかにしている。国連総会で世界の圧倒的多数がパレスチナ国家を承認、イスラエルを保護する米国がただ1国、拒否権を行使してこれを葬る。誰の目にも明らかな「アメリカの弱体化」が現出する。
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