イスラム圏でアフガン和平交渉の準備進む -まだ覚悟決まらぬオバマ政権だが-

オバマ米大統領は今年7月からアフガニスタンからの米軍撤収を始めることを公約している。その意味で今年はアフガン和平にとって勝負の年だが、現地情勢は必ずしも米軍撤収戦略に有利に進んでいる訳ではない。一方、アフガニスタンのカルザイ大統領は、同じイスラム圏のトルコ、イラン、パキスタンと将来の和平交渉を睨んだ接触を重ねている。場合によっては米国を出し抜く形で、アフガン反政府勢力のタリバンを含めたイスラム圏和平交渉が急進展するかもしれない。

1月6日付け米誌ウォールストリート・ジャーナルは、ゲーツ国防長官がアフガニスタン南部に海兵隊1400人を今月中旬にも追加派遣方針だと報じた。派兵規模が3000人に膨れる可能性もあるという。米政府は昨秋のアフガニスタン南部のタリバン討伐作戦が順調に進んで治安改善が進んだので、追加派遣は治安改善を確実にするためだと主張している。

オバマ政権は2009年12月、アフガンに3万人の米軍を増派する一方、11年7月に撤退を開始する方針を打ち出した。さらに10年11月のNATO首脳会議は、NATO軍主体の国際治安支援部隊(ISAF)の戦闘任務を14年末までに終了させ、治安権限をアフガン政府に移管する方針を確認した。

つまりオバマ政権の描く出口戦略の大枠は今年7月から外国軍の撤退を開始、14年末までにアフガン政府に治安権限を委譲して、外国軍の撤退を進めるというものだ。昨年12月のホワイトハウス戦略会議では、現地情勢はおおむね出口戦略を進められる方向にあることが確認されたと伝えられたが、それに逆行するような1月早々の米海兵隊1400人追加派兵のニュースは何を意味するのか。

バイデン副大統領が1月12日、予告なしにパキスタンの首都イスラマバードに飛び、ザルダリ大統領、キヤニ陸軍参謀長らパキスタン要人と相次いで会談したのは、追加派兵関連の協議であったろう。同時に、パキスタンとアフガニスタンの間でタリバンを含めた和平交渉の動きが急進展していることをつかんだオバマ政権が、真相を知るために急遽副大統領を現地に派遣したという経緯があったようだ。

前日の1月11日には、ラバニ前大統領を団長とするアフガン和平最高評議会(HCP)代表団25人の一行が、ギラニ・パキスタン首相の招待でイスラマバードを訪問、パキスタンの実力者キヤニ参謀長と会談した。パキスタン軍部は、その指揮下にある諜報部門ISIを通じて1990年代からタリバンを育成、強化してきた。

パキスタンは今でこそ多大な援助をくれる米国のタリバン掃滅戦争に協力する建前を採っているが、将来のアフガニスタンに親パキスタン政権をつくるために、タリバンとの関係を維持しておきたいというのが本心だ。そのタリバンの敵だったラバニ氏を受け入れ、キヤニ参謀長が「双方の共通の利益について意見を交換した」と公式発表したことは、パキスタンがアフガン和平に向けて大きく方向転換をしたことを意味する。

ラバニ氏は、1996年にタリバンに攻め滅ぼされた暫定連合政府の大統領だったイスラム学者で、反ソ聖戦時代の大立者だ。2001年秋米軍と同盟してタリバン政権をカブールから追放した北部同盟の主力、タジク民族の出身である。タリバンを構成するパシュトゥン民族とは水と油の関係だが、イスラム信仰を中心に国造りを考えるという点では共通する要素もある。このラバニ氏が議長を務めるHCPは昨年12月、パシュトゥン民族が多く住むナンガルハル州で800人の部族長、長老を集めて平和を求めるジルガ(大集会)を開き、外国軍とではなくアフガン人同士で和平を話し合おうと訴えた。

カルザイ大統領はこの平和ジルガの成功を受けて、12月にラバニ氏をテヘランに派遣した。イラン当局とアフガン和平について協議するためだった。イランは東西の隣国、すなわちイラクとアフガニスタンに米軍の大部隊が駐留していることに不安を感じているから、アフガン和平が実現して早急に米軍撤退が実現することを望む立場ではある。

しかしタリバン勢力が温存されるような政権がアフガンに出現することは望むところではない。イランとしては北部同盟系の影響力が強い現在のアフガン政権の方が望ましいのだ。カルザイ政権はこの後さらに、やはりタジク人のファヒム第一副大統領をテヘランに派遣してイラン当局と話し合いを続けた。

キリスト教世界がクリスマス休暇に入った昨年12月下旬、イスタンブールではトルコのギュル大統領、アフガニスタンのカルザイ大統領、パキスタンのザルダリ大統領の3国首脳会議が開かれていた。トルコはイスラム国だが古くからNATOに加盟して旧ソ連に対する南の防波堤の役割を努めてきた国だ。冷戦終結後は、旧ソ連の中央アジア諸国も含むイスラム圏で独自の外交を展開して存在感を発揮してきた。イスタンブールでの首脳会談は、トルコの肝いりで定例化した第5回3国首脳会談だったが、ここでタリバンとの和平交渉を進めるべきだとの大筋の合意が、アフガニスタンとパキスタンの間で交わされたと見て間違いなかろう。

こうしたイスラム圏の動きをオバマ政権がどこまで把握していたかは明らかでない。現地のペトレアス米軍兼ISAF軍司令官は、昨秋伝統的なタリバン根拠地である南部ヘルマンド、カンダハル両州で展開した掃討作戦で一定の成果を挙げたと自負しているようだ。この両州は米海兵隊と英陸軍の担当地区だが、昨年米英軍の死者は米軍介入以来最高の700人を超えており、楽な戦いだったわけではないようだ。ペトレアス将軍は、7月の米軍撤収開始前にもっとタリバンを叩いておく必要があると判断していると言われる。やはり軍人は軍事解決を優先したいようだ。

一方バイデン副大統領は、タリバンを完全に掃滅することは不可能であり、将来のアフガン政権にタリバンが残留しても、米国の安全保障に重大な危険を及ぼし続けることはないと考えていると言われる。ビンラディンやザワヒリなど米国の宿敵アルカイダ首脳陣がタリバンの根拠地に匿われているとはいえ、アフガニスタン東部とパキスタン北西部の土壌に深く根を下ろしたパシュトゥン民族を敵に回して、いつ終わるか分からない戦争続ける意味を疑問視する声は米国内の識者に広がっている。一般国民の世論調査でも、アフガン戦争を続ける意味はあるか?との設問にイエスと答える比率は辛うじて40%台にとどまっている。

こうした状況下バイデン副大統領らはホワイトハウスのアフガン戦略会議で、タリバンとの交渉で政治解決を目指す方向に進み始めたカルザイ政権の方針を承認すべきだと主張しているようだ。しかしペトレアス司令官を始めとする軍高官や、現地軍を支える立場のペンタゴン(国防総省)は、タリバンを相手とする和平交渉を認める段階には至っていない。
オバマ大統領もバイデンとペトレアスの間に立って、まだどちらに進むのかはっきりさせていない。

昨年12月初旬、アフガン南部に駐留する英軍を慰問・激励に訪れたキャメロン英首相は2011年に英軍を撤収させる方針を明らかにした。米軍に次ぐ人数の将兵をアフガニスタンに駐留させ、米軍に次ぐ多数の戦死者を出した英国の首相の現地発言である。ドイツ、フランス、スペイン、ポルトガル、ポーランド、チェコ等々ブッシュ前政権への義理立てでISAFに参加している大半の国は、なるべく早くアフガニスタンから部隊を引き揚げたいのが本音である。

これまでNATO加盟国として、米国のアフガン政策に付き合ってきた欧州諸国は、自国軍を出来るだけ早くアフガニスタンから撤収させたいのが本心で、ドイツも2011年に撤収させる方針を明らかにしている。こうしたISAF撤収の雪崩現象を見ている現地のアフガニスタンとパキスタンの政府が、今のうちにタリバンとの和解を探ろうと考えるのも無理はない。現地の空気に触れたバイデン副大統領はこの後イラクを訪問して帰国するが、オバマ大統領にどのような報告をするのか。7月までのあと半年、アフガン情勢は大きく転換しそうに思える。

 
 
 

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