ドイツのリベラル系日刊紙「Tageszeitung」(5/22)に載った、ポール・メイソンPaul Masonへのインタヴュー記事「左派と戦争に関するマルクス主義者―目を覚ませ!」をご紹介します。メイソン氏はマルクス主義者であり、NATOを擁護する立場に立っています。彼は、とかく中道を敵視しがち左派に対し、ファシズムの兆候に対峙する新しい人民戦線の必要性を呼びかけています。日本でもウクライナ戦争への態度をめぐっては、左派やリベラルの間でも意見の相違が目立ってきており、参院選を前にして野党側の危機を増幅させる原因ともなっています。見解の相違を理性的に処理して、野党統一の隊列を立て直し強化することが、喫緊の課題となっていると考えます。
Taz: メイソンさん、ウクライナ戦争において、あなたは左派として最初からウクライナへの武器供与に明確に賛成していましたね。なぜ、そこまできっぱりした態度をとったのですか?
ポール・メイソン:私はマルクス主義者であり、国際主義者です。私は侵攻の4日前にキエフにいました。そこで独立労働組合、人権団体、反資本主義左派の人たちと出会ったのです。その中には、今、最前線で戦っている人たちもいます。そして、彼らはウクライナを支持しないヨーロッパの左派の一部を激しく批判しています。彼らにとっても、私にとっても、マルクス主義には正義の戦争理論が含まれているのです。
Taz:それはどういう意味でしょうか?
ポール・メイソン:ある国が攻撃されたとき、人道に対する明確な罪があるとき、そのケースは明確です。そして、この攻撃された国が、一方ではイギリス、ドイツ、アメリカのような欠陥のある民主主義と、他方では全体主義的独裁との間のシステム的紛争の一部となるとき、マルクス主義左派もウクライナを支援しなければなりません。
Taz:あなたはまたドイツの論争もフォローし、ある論考で核戦争の危険性を警告し、武器供与に慎重な姿勢を求めたユルゲン・ハーバーマスへの反論も書いていますね。
ポール・メイソン:ユルゲン・ハーバーマスだけでなく、オラフ・ショルツとドイツ左派の一部の問題は、再考が十分な速さで行われていないことです。このことは、キエフから帰ってきてからずっと気になっていました。この紛争のシステム的性質は、私たちの世界を完全に変えようとしているのです。
Taz:どんな意味ですか?
ポール・メイソン:ロシアと中国という二つの全体主義的な独裁国家が、2月初旬のオリンピックを控えて、国際秩序のルールはもはや適用されないと公言したのです。そしてプーチンは行動を起こしました。 私の印象では、多くの人がハーバーマスやショルツと同じように感じています。 彼らは躊躇し、ウクライナでの戦争は西側の民主主義を擁護する戦争であるだけでなく、国連憲章に基づく世界秩序の戦争でもあるという事実を直視したくないのです。
核戦争の恐怖が、ハーバーマスとショルツの議論では大きな役割を担っています。もちろん、核戦争は恐れるべきです。 その場合、英国と同様にドイツがターゲットになります。 ただ、私たちがそれを恐れるかどうかにかかわらず、ウクライナは降伏しないでしょう。私はプーチンの論理に屈することを拒否します。それは次のような論理です。プーチンが存亡の危機と判断し、核の先制攻撃の引き金に指をかけたからには、抵抗してはならない、あるいはそのリスクを排除するために支援に手心を加えなければならない、というものです。われわれがこれを受け入れると、プーチンにウクライナを支配されるだけでなく、私たちも支配されることになる。核兵器の存在が、民主主義と人権を守るための私たちの闘いを制限するようなことがあってはなりません。しかしそれでもなお具体的な問題にこだわりがあります。
Taz:どのようなものですか?
ポール・メイソン:もしプーチンがウクライナで戦術核、小型爆弾を使ったらどうなるか、ということです。欧米やNATOはどう対応すべきか?私の考えでは、NATOは通常戦争で対応すべきです。そして、そのような事態にならないよう、事前にこの決意を示す必要があります。我々の知る限り、プーチンはまだ合理的に計算をしています。
Taz:外から見ていて、ドイツの議論に何か特徴はありますか?
ポール・メイソン:ドイツの左派からの声には、ウクライナに降伏を促すものがありました。それは他では聞いたことがありません。
Taz:あなたは左派的な立場から、NATOの将来についても考えていますね。それはむしろ珍しいことです。
ポール・メイソン:NATOはその歴史の中で重大な過ちを犯しており、アフガニスタンはその中でも最悪でした。そして、まだそこから学んでいないのです。私の知る限り、「こうやって壁にぶつかった」という報告はありません。しかし、ヨーロッパには本当に代替案がないのです。エマニュエル・マクロンは、EUの戦略的自律について話すのが好きです。10年後にはそういう選択肢もあるかもしれませんが、今はまだありません。しかし、NATOも変わっていくでしょう。それをチャンスととらえるべきでしょう。
Taz:どういうことでしょうか?
ポール・メイソン:フィンランドとスウェーデンの加盟とドイツの「転換点」は、NATOの中心を強力な福祉国家を持つ民主主義諸国家へと移行させる可能性があります。ドイツは軍事投資を増やすと言うこともできますが、そのためには何を変えるべきかということもいろいろ考えています。私は左派として、傍観して「NATO反対」を叫ぶよりも、同盟の将来について民主的な議論に参加した方が良いと思います。そうでない場合、得をするのはロシアと中国だけです。
Taz:改革案をお聞かせください。
ポール・メイソン:最優先課題として、米国は国際刑事裁判所に参加する必要があります。つまりその管轄に服する必要があります。さらに、NATOは核による先制攻撃を排除するべきです。地域外への介入を完全に放棄しなければなりません。そして我々は軍隊を民主化する必要があります。私はフィンランドのシステムを大いに支持しています。フィンランドのシステムでは、軍隊の専門家がいて、徴兵制と広く社会に根差した多数の予備軍がいます。このようにすれば、軍隊が右翼に支配されるのを避けることができます。
Taz:とても楽観的ではありませんか?例えばトルコを見れば、NATOのいくつかの国の民主化はそう遠くない。
ポール・メイソン:それがジレンマです。トルコはすでに25〜50パーセントをNATOの外に身を置いていると言っていいでしょう。NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長や官僚の演説を見れば、この問題意識は確実にあることがわかるでしょう。ひとつ提案したいのは、NATOが加盟国に対して、ポイント制による民主主義のランク付けを導入することです。これによって、トルコが急に民主的になることはないでしょう。しかし、目に見えて下位に位置するのであれば、他のメンバーから圧力をかけられて変わる可能性があります。
Taz:あなたの新しい本は、西側の民主主義の問題を扱っています。そのなかであなたはファシズムの復活を警告しています。これの出発点は何でしたか。
ポール・メイソン:2019年のBrexit危機の際、ボリス・ジョンソンが新たな選挙を強行したとき、私はロンドンで大規模な親欧州デモに参加しました。ところが、何人かのファシストたちが私たちの集会に向かって行進してきたのです。私は、反ファシストの活動をしていた1970年代を思い出しました。当時は、イスラム教のスカーフやジャマイカ人の隣に住まなければならないことに腹を立てていた人たちです。ナイーブな人種差別だったのです。
この2019年のデモでは、彼らは私の周りを取り囲み、「ポール・メイソン、お前はマルクス主義者だ。おまえのことは調べがついている。お前は国への裏切り者だ」と、叫びました。これは、もはやナイーブなものではなく、出来上がったファシズムでした。彼らは今日、大量殺戮のファンタジーを公然と語っています。70年代には、かれらは 「ユダヤ人なんか、600万人も死んではいない 」と言っていましたが、今日では、彼らはこう言っている、「600万では足りなかった 」と。
Taz:しかし、幸いなことに、このような発言は多数派を獲得することができません。
ポール・メイソン:危険なのは、右翼ポピュリストと暴力的なファシズムが街頭で相互に影響し合うことです。ちょうど2021年1月6日にトランプに煽られた国会議事堂の襲撃があったようにです。ファシスト思想は、政治学が我々に教えていないやり方で、右翼ポピュリストや保守政党に影響を与えています。
Taz:このようにファシズムが復活した理由は何なのでしょうか。
ポール・メイソン:経済的な理由だけではありません。近年、私たちは5つの危機を経験し、そのうちのいくつかは互いに重なり合い、補強し合っています。2008年以降の経済危機があり、その後、そのアルゴリズムによって私たちが見たり聞いたりするものを決定する、巨大なテクノロジー企業が台頭してきたのです。そして、パンデミックがあり、気候の危機がすべてに重なります。さらに、民主主義の危機が追い打ちをかけ、多くの人々が自分たちの言うことを聞いてもらえないという印象を抱いています。そして、パンデミックがあり、気候の危機がすべてを覆いつくします。その結果、世界がどのように機能し、私たちがその世界にどのように影響を及ぼしうるのかについての考え方は、もろくなりました。この脆弱な日常のイデオロギーを進歩的な代案に置き換えることができなければ、ファシズムは足場を固める可能性があります。
Taz:それに対してどういうことができるでしょうか?
ポール・メイソン:それはファシストの野望を制限することを可能にする、法律によって十分に強化された民主主義を必要とします。さらに人民戦線の新しいバージョンも必要です。中道と左派の同盟は、個別に戦うよりも有望です。そして、すべての勢力の反ファシストのエートスが必要なのです。これは社会全体の課題です。オラフ・ショルツとエマニュエル・マクロンを最大の敵とみなす左派の人たちに、私は言いたい。敵はすでにドアの前にいる。敵は、民主主義を破壊しようとするものたちです。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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