あれは中学三年生の時だった。エジフトのナセル大統領のイギリスやフランスに対する戦争が伝えられた。また、ハンガリーではソ連軍の侵入に対する民衆の抵抗が報じられた。スエズ動乱とかハンガリー暴動というような言葉であったように思うが衝撃的だった。1956年のことだ。いくらか早熟なところのあった僕は当時の雑誌や新聞などをむさぼるように読んだ記憶がある。僕はナセルやハンガリーの民衆の行動に深い共感を持ったがこの二つの事件はその後の僕の世界像や世界観に大きな影響をあたえたのだろうと思える。今、エジプト民衆の行動はあの当時のことを想起させているが、それが新しい歴史を切り開いて行くことに思いをはせてもいる。同時にこの革命と呼ばれる民衆の行動の今後についてはいろいろのことが思い浮かぶ。
エジプトの民衆の行動がそう簡単に分かるはずはないのであり安易な分析や論評などは意味がないことは自覚している。手慣れた風に見通しなどを語ることも同じである。精々のところこの革命の今後を見守るというのが最良のことであることも分かっている。だが、同時にこれを自分なりに理解し、今後の見通しについて想像したい欲求もある。この革命は構成的権力(国民あるいは民衆の意思を実現する権力)をめざすものである。この運動や行動は様々の形態を持ちながら世界で共時的にあるものだ。例えば、アメリカや日本での政権交代の動きとチュニジアやエジプトでの独裁権力の打倒をめざす動きは共時性の中にあり、構成的権力の登場として世界史的には連動しているのである。そしてこの構成的権力の樹立をめざす動きは、その結果として生み出す「代表する権力(構成された権力)によって変質させられて行く過程も存在させるからである。革命と革命後の動きとして僕らが歴史的に見てきたことでもある。構成的権力はその存続を果たし得るかということだが、構成された権力(代表されるもの)による変質(革命の纂奪)と闘い続けるかということでもある。アメリカや近隣の諸国の有形無形の干渉や旧権力の側の巻き返しもあるだろう。だがそれ以上に革命を「構成する権力」として存続する思想、政治的力《政党や諸個人》の存在が世界的に困難な事態にあるからだ。エジフトの革命が直面するであろうと予想される事態は僕らが目の前で見ている日本やアメリカでの政権交代後の状況と通底するのだと思う。構成的権力の登場を革命(民主主義)というならそれが構成された権力として存続した例はまだ世界には何処にもないのだからである。エジプト革命がその史的壁を超えることを願っている。
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